第47話 演劇部ってすごいらしいね
中間試験前再最後の夜がきた。
三日間のスパルタ勉強会を終え、リウはへとへとになっていた。
勉強会をする前よりわかる問題が増えたので、リウはかすかに手応えを感じていた。
リウの苦手な教科が数学なことは入学する前からのことだったが、この魔法の学校特有の科目に関しては得意科目のようだった。
クエンティンからもらった、ほとんどカンニングペーパーのような教材を見たところ、生物学は魔法生物に関しての出題がメインだった。
リウは魔法生物のザ・ファンタジーなところが気に入っていたので、魔法生物に関しての記憶力は冴えていた。
魔法基礎の授業に関しても、問題は無かった。
細かいコントロールは依然として苦手だったが、二年生の実技試験ではそのようなことは求められないはずなので、これも赤点にはならないはずだ。
ラウンジでお茶を飲み、エリックの持ってきたヴァーグナー家のママ特製の焼き菓子を頬張っていた。
「夏休みの間はこのお菓子ともお別れかあ」
「演劇部の夏季公演の時に渡せるよう焼いてもらおうか。
今年は兄弟三人で応募したけど、当たったのは僕だけだったんだ。
あ、でもリウは来ないんだっけ」
演劇部? 夏季公演? と頭の上にはてなを浮かべるリウに、アズサが思い出したように言った。
「そうだ、リウ、私が誘おうと思ってたの。
応募したチケット当たったの。一枚で二人まで入れるから、一緒にどう? 」
エリックが意外だという目でアズサを見た。
「アズサ、応募してたんだ。マックスは誘わなくていいの? 」
「マックスは代表生徒だからチケットなくても観れるでしょ。
リウはまだ演劇部の公演見たことないから」
フジサキ魔法学舎の演劇部の公演は生徒や保護者だけでなく、学校関係者以外にも絶大な人気がある。
夏季休暇の間に学校で一度公演がされ、あまりの人気ぶりにチケットは抽選になっていた。
アズサは去年の夏至祭の公演を見てから演劇部のファンになったらしく、公演の際は必ず観劇に行っていた。
リウはアズサと同室ではないので知らなかったが、アズサの寮の部屋の机の上には演劇部の花形の写真がこっそりと飾ってあった。
「演劇部ね。見たことないかも。いいの? 一緒に行って」
「行こ。一度見たらあの素晴らしさがわかると思うの。
特に今年の春から主役を張ってるテオ様なんて、まだ二年生なのにすごくて! 表現力もすごくて、手の動きだけで感情を表現してたあの公演のシーンとか最高……」
「アズサ、わかった。ぜひ一緒に見に行かせてください」
アズサがあまりにも饒舌に演劇部のことを語り始めたので、慌ててリウは夏季公演を見に行く約束をした。
アズサは演劇部の前回の公演の時のパンフレットを取ってくると、自室に戻って行った。
跳ねるように螺旋階段を上がるアズサを見て、リウとエリックは顔を見合わせた。
「そんなに演劇部のファンだなんて知らなかった」
「すごく人気なんだね」
「すごいよ。クラブに入るのもオーディション制なんだって。
非公認のファンクラブがあってさ、生徒や外の人たちにグッズを売り捌いてるんだ」
「そのグッズに使われている写真に盗撮されたものが含まれているが、
売り上げから演劇部に多額の寄付をしているから、部員も強く言えなくて困っているらしいがな」
マックスが代表生徒専用の事務室から出てきて、ソファにだらしなく座った。
試験勉強と夏至祭の打ち合わせで多忙なマックスは、声に疲労が滲み出ていた。
エリックが焼き菓子が入った箱をマックスの前に押して食べるよう勧めると、マックスは箱からクッキーを取ってもそもそと齧った。
「ここ数年……劇の内容が……娯楽化……しすぎていると思う。
派手な表現……だけでなく……もっと啓発や伝統を重んじた……劇にするべきだ」
クッキーを咀嚼しながらマックスは言った。
リウの前で行儀良くするのは得ではないと判断したのか、行儀良くいられないほど疲れているのか、口に食べ物を入れたまましゃべる行儀の悪いマックスを見るのはリウは初めてだった。
「マックス、それ、アズサの前で絶対言わない方がいいよ」
マックスはエリックの使っていたカップに冷めた紅茶をそそぎ、口の中のクッキーを流し込むように飲んで、苦い顔をした。
「ファンなのか」
「ファンみたいだよ」
マックスはますます苦い顔をしたが、螺旋階段を降りてくるアズサを見て姿勢と表情を正した。
それから消灯時間になるまで、アズサの演劇部への愛のこもった熱烈なトークを聞かされ続けた。
逃げ出そうとしたマックスが紅茶を淹れ直してくると席を立とうとしたが、アズサは左手でマックスのシャツの裾をがっちり掴んで逃さなかった。
途中で寮に戻ってきたネオンが聞き手に加わってリウの代わりに相槌をうってくれていたので、リウが舟を漕いでいるのはバレずに済んでいると思っていた。
消灯時間になって解散するときに、アズサに「公演中は絶対に寝るな」と釘を刺されたので、完全にバレてはいたのだが。
中間試験はあっさりと来て、あっさりと終わった。
リウは昨夜のアズサの演劇部トークですっかり勉強内容は完全にトんだと思っていたが、思った以上に思い出すことができた。
苦手な数学もひとまずは全ての欄を埋められたので良しとしよう。
採点されて成績が返ってくるのは試験終了から二日後だ。
その翌日には夏至祭なので、生徒達は点数の良し悪しも吹き飛ばして遊び回る。
点数が悪かった生徒は、現実を忘れようと特に遊ぶことに打ち込む。
教師が採点に集中するため、採点の間は授業は行われない。
生徒たちはそれぞれ夏至祭の後の帰省に備えて軽く荷造りしたり、夏至祭で出し物をするクラブに所属している生徒たちは最後の大詰めに取り掛かる。
リウたちも特別演出のため、有志チームで集まっていた。
五人はいつもの空き教室ではなく、抜け道のヒューゴの作ったベンチの周辺にいた。
ベンチにはVJとエリックが腰掛け、残りの三人は足元の草の上にだらりと座り込んでいる。
よほど追い込んだのか、ヒューゴとイジーは目の下にクマを作っていて、そのまま寝てしまいそうだ。
リーダーのヒューゴは、ミーティングだと言って有志チームを集めたが、資料も何も持っていなければ、集合場所も抜け道だ。
本当にミーティングをする気があるのかと、下級生三人は疑い出した。
「ミーティングするんでしょ? 」
リウが聞くと、ヒューゴは寝転んだまま、ワンテンポ遅れて返事をした。
「ああ、そうだよ、ミーティング……あ、配置図忘れた」
「おい、しっかりしろよヒューゴ、リーダーだろ」
ヒューゴは長身を重そうに起こして、髪をかき上げた。
「取ってくる」と、カワセミ寮の方に向かって歩き出した。
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