第43話 朝食でさえ見張りつき

 試験前の自習期間、リウはアズサと、時々マックスに見張られながら寮のラウンジで勉強する羽目になった。


朝は、いつも通り授業がある日と同じ時間にアズサが起こしに来たので、監視の目を掻い潜って自室でサボるのも無理だった。


「リウ、きょうは数学の公式を頭に叩き込むからね。

夕食までに終わらせて、夜は歴史学。年号のゴロ合わせを暗記しちゃおうね」


起こしに来たアズサにそう言われて、朝にリウの部屋の扉を叩くようにリウの頭を叩くアズサを想像してしまって、リウは思わず笑った。


ラウンジに降りると、エリックと一緒にマックスまでいた。


マックスが朝から一緒ということは、昼まで休みなく数学だな、とリウはげっそりとした。


「マックス、きょうは打ち合わせ無いんだ」


「打ち合わせは午後からだ。

私がいなくても勉強はアズサが見るから安心しろ」


「それは安心だね」


「そうだろ」


マックスはリウの嫌味をあっさりとかわした。


こういう言い方は兄弟でそっくりだとリウは心の中で毒づいた。



「兄ちゃんも一緒なの? 

じゃあ、きょうはおれも魔法勉強する」


「きょうは魔法じゃなくて数学だ」


 近頃、ネオンは魔法に興味を持ったらしく、リウが勉強している隙にマックスや他の生徒達に魔法を教えてくれとせがんでいた。


さすが一級品の媒体が採取できる動物といったところで、教えてもらった魔法をすぐに上手に使うことができた。


リウたちが花火の練習をしている時にVJに魔法の花火を教わった時は、リウより繊細な花火を撃ち出していた。


リウはそれを見て複雑な気持ちになったが、ネオンが喜んでいる姿を見るとその気持ちも吹き飛んだ。


ネオンは誰よりも、一年生よりも、二年生として編入したリウよりも魔法にワクワクしているようだった。


こういう所がカナコと気が合うのかな、とリウは特別生として入学してきた大人の学生のことを思った。



「すうがく、魔法のやくにたつ?」


「魔法の役に立たないものなんてない。何を学んでも魔法の上達に役立つ」


 マックスがそういうと、ネオンが目をキラキラさせた。


数学を勉強するって言うんじゃないだろうなと思ったら、案の定そう言い出した。


「おれも数学勉強する!」


「ああ、そこの馬鹿に教えてもらえ」


マックスが顎でリウを指した。


馬鹿呼ばわりされたリウが抗議する。


「ちょっと、マックス」


「人に教えることで理解が深まるからな」


ぐぬぬ、と唇を噛み締めたリウをなだめ、空気を変えるようにエリックが言った。


「ほら、食堂行こうよ。勉強するのに必要なエネルギーを摂取しなきゃ」


エリックはソファの肘掛けの上にいたネオンを抱き上げ、さっさとラウンジを出て行った。


リウもエリック達を追いかけてラウンジから出、しかめっ面のマックスと並んでアズサが出た。



 食堂まで歩きつつ、マックスにもだいぶ人間味が出てきたな、とリウは思った。


最初に会った時の鉄面皮とは大違いだ。


表情が乏しかったエリックも、色んな表情を見せるようになった。


まだ悪い顔の方が得意のようだが、笑顔も見せるようになったし、あくびもするしくしゃみもする。



 食堂ではヒューゴとイジーが明らかに寝不足の顔で座っていて、VJも一緒に眠そうな顔をして同じ卓にいた。


自習期間の割に朝早くから活動している生徒が多く食堂内は混み合っていたため、リウ達はヒューゴ達とは離れたテーブルに座った。


マックスがテーブルの横を通る時にヒューゴに何か声をかけ、

ヒューゴは大丈夫だと言うように手をひらひら振って、イジーとVJが顔を引きつらせながらも笑顔を作っているのが見えた。


おおかた、カワセミ寮でVJを巻き込みながら勉強会でも開いたのだろう。



 黙って朝食を食べながら、ここ数日ウーナの姿を見なかったことに気付く。


花火の練習中に一度姿を現したきりで、全く会っていなかった。


もしかしたらウーナは六年生で、研究生を目指しているのではないかとリウは推測した。


研究生になるためには優秀な成績と教師のお墨付きが必要なので、六年生時の試験結果は特に重要だ。


この夏至祭の特別演出の反響が良かったら、私がプロデュースしましたと言って教師陣に売り込むつもりなんじゃないかと邪推をしてしまう。


そんなこと言うウナちゃん嫌だなと思っていると、横から伸びてきた手がリウの皿のプチトマトをかっさらっていった。


「ちょっと、エリック」


思わず隣にいたエリックに文句を言おうとすると、手が伸びてきたのは左側で、エリックが座っている所とは逆方向からだったことに気付いた。


「あれ、ウナちゃん、久しぶり」


リウの朝食だったプチトマトを頬張りながら、ウーナが両手を広げて指をピロピロさせて挨拶してきた。


トマトをよく咀嚼し、飲み込むとウーナが「やっぱ朝は野菜だよねー」とカラカラと笑った。


「おひさ〜。

皆が練習してるのは見てたんだけどさ〜、ちょっと忙しくて。

自習期間だから授業も無いんだっけ。きょうもこの後練習する?」


リウはマックスに聞こえないよう、小声で言った。


「ちょっと試験までは勉強しないとヤバくてさ。

見張りまでつけられちゃったから、抜けれないんだよ。

ウナちゃんも勉強してたんじゃないの? 」


「あたしはちょっとね。そか、勉強か〜。

じゃあ、あたしはちょっと別のことやろうかな。

……ん? 」


ウーナがテーブルの上にいたネオンに気付いた。


頭を上げたネオンと目が合うと、ウーナは黄色い声を上げた。


「きゃー! なになに? かわいい〜! 

この子、リウちゃんのペット?! かわいい〜ふわふわ〜

トリモドキなんて珍しいね〜」


ウーナがネオンを抱き上げ、羽毛でフカフカの腹に顔を埋めた。


ギャルにかわいいを連呼されて、ネオンは満更でもないらしくされるがままになっていた。


「ちょっと待って、ウナちゃん、今なんて言った? 」

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