第42話 中間試験どころだろうが

 毎日授業と練習とを交互に続けているうち、中間試験まであと三日になった。


試験前の三日間は授業は全て休講となり、生徒の自習期間として当てられた。


相変わらず、VJとエリック以外の有志チームは中間試験の対策をあまりしていなかった。


完全に中間試験を無視していたリウとヒューゴ・イジーはマックスに捕まって喫茶室に連れて行かれた。


「夏至祭に力を入れているのはわかる。

中間試験の方はどうなんだ。お前達、全く勉強している様子が見えないぞ」


腕組みをしているマックスの隣で、困り顔のアズサがマドラーでアイスティーをぐるぐるとかき回している。


喫茶室でアズサが先に座って待っていたのを見たヒューゴとイジーはお互い目配せしあったが、マックスは見て見ぬフリをした。



「ほら、俺たちは寮に帰ったあと勉強してるんだよ。な、イジー。」


 罰が悪い顔をしたヒューゴが、言い訳をするように言った。


実際、言い訳だったが、寮の違うマックスにはわからないだろうとこの言い訳で押し通すつもりらしい。


イジーもそれに乗ったらしく、取り繕うように笑って「そうそう」と首を縦に振った。


カワセミ寮の二人はそれ以上追求できないと思ったのか、マックスはため息をついてリウの方を見た。


「リウはこれから私と勉強するんだもんね。ね、リウ」


マックスが口を開くより早く、アズサがリウに助け舟を出した。


「そう。授業がないから、これから大詰め」


ありがたい、とリウはアズサの助け舟に素早く乗り込んだ。


アズサに口を出されたことで、マックスはそれ以上何も言えなくなったらしい。


マックスはアズサとしばらく目線で鍔迫り合いをしていたが、マックスは微笑んだままのアズサに押し切られた。


負けたマックスは、三人の方に向き直って宣言した。


「ならいい。有志チームで赤点を取った者がいたら、そいつは特別演出への参加は禁止にする」


「だ、大丈夫だ。俺たち、ちゃんと勉強してるからな。

もう行っていいか? 寮に戻って勉強しなきゃ」


ヒューゴが立ち上がるとリウとイジーも急いで立ち上がって、逃げるように喫茶室から出た。


マックスとアズサは小走りに出ていく三人の背中を見送った。


「……大丈夫だと思うか? 」


「大丈夫にしなきゃいけませんね」


アズサも席を立って、喫茶室から出た。



 リウ達三人は食堂棟から出ると、カワセミ寮の前まで小走りのまま移動した。


カワセミ寮の前まで来ると、息を整えながら言い合いを始めた。


「大丈夫なの?! あんなこと言って」


「大丈夫って言うしかないだろ! 

絶対赤点なんか取るなよ! 」


「俺たちもだぜ、ヒューゴ。とにかくこの三日間は試験対策をしないと。

せめて、マックスの目のつくところで勉強して、お情けを……」


「兄貴がお情けなんてかけるわけないって! 

カンニングでもなんでもして、赤点だけは絶対回避しろ! 」


「カンニングするんですか?」


赤点対策に夢中になっていた三人はアズサが近付いてきたのに気付かなかった。


三人は青ざめた顔をして、先ほどまでマックスと並んで座っていたアズサを見た。


「やだな。カンニングなんてするわけないよ。

アズサちゃん、どうしたの? 」


イジーが誤魔化すように一歩進み出たが、三人が先ほどまで何について話していたのかは、

全て聞いていなくても“カンニング”という一言で察せられてしまっていた。


「リウが勉強するっていうから、一緒に勉強しようと思ってついてきたんです。

ね、リウ、行こう」


アズサがリウの手を取ってカラス寮の方に引っ張っていくのを、二人は何も言えずに見送った。


「とにかく、座学の方をなんとかしよう。実技はなんとかなるだろ」


「俺も同じこと思ってたよ」


ヒューゴとイジーはカワセミ寮に入ると、ラウンジで勉強している生徒達には目もくれずに自分たちの部屋に戻った。



 アズサに引きずられるようにしてカラス寮に戻ったリウは、ラウンジにエリックとネオンがいるのを見て助けを求める視線を送ったが、

エリックは「諦めて」という風に首を小さく振って答えた。


ネオンは尻尾をバサバサ振ってエールを送った。


アズサはエリック達が座っているテーブルに着くと、置いてあったノートをリウの前にドスンと置いた。


「さ、リウ。各教科、ヤマを張ったからそこを重点的に勉強して。

それから……生物学はこれを見て」


中をめくると、大量に書き込みがされている薄いテキスト本のようだ。


ただし、書き込まれている文字は明らかにアズサのものではない。


アズサの文字は几帳面で綺麗に整った文字だが、書き込みの文字は流れるような癖字だ。


エリックの文字でもないし、かといってマックスのものでもない、リウが知らない誰かの文字だった。

「これ、アズサの文字じゃないね。誰か上級生からもらった虎の巻?」


「……ベラ先生クエンティンに、リウがピンチだって相談したらくれたの。

目を通したけど、これまでの授業の要点はばっちりだったよ。

もし応用問題が出ても、この基礎ができてれば大丈夫だと思う」


リウとエリックはアズサの勇気に驚き、感服した。


カエルではないといえ、元の姿が限りなくカエルに近いクエンティンに、カエルの苦手なアズサから話しかけたのだ。


そこまでしてくれたアズサには、もう足を向けて寝られないなとリウは思った。


もともと足を向けて寝るようなことはするつもりも無かったが。


リウが有志チームに入る時に宣言した通りに、各教科のヤマ張りをしてくれたアズサの努力を無駄にするわけにはいかない。


リウはこの三日間、死に物狂いでこの虎の巻の山を頭に叩き込むことを誓った。



 エリックが書き込みされたテキストを見て、「これ、僕の分もコピーしていい? 」とアズサに聞いた。


「どうぞ」と言われ、エリックはテキストのページ数と同じ枚数分の白紙を出すと、指で叩いて転写した。


その様子を横で見ていたリウが「それ、テスト用紙にも使えないかな」と漏らした。


「テスト用紙にはカンニング防止の魔法がかかってるから無理だよ」


エリックがリウにテキストを返した。


「それに」とアズサが付け足した。


「教室にもカンニング防止の魔法がかかってるから、他の方法でもバレちゃうよ。

去年、カンニングしようとした生徒が叩き出されてったわ」


「ああ、そんなこともあったね。そいつ、どうなったんだっけ。停学? 」


「一年生だからって停学で許してもらってたけど、居づらくなって結局退学しちゃった」


二人のやりとりを聞いて、ヒューゴが本当にカンニングしなきゃいいなとリウは心配になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る