第39話 ミラーボール

 時間は、有志チームの演出が花火に決まった時点まで遡る。


ヒューゴとイジーは花火と聞いて、すぐにの準備をし始めた。


去年雪を降らせた時は使わなかったが、今年は絶対にが必要だと考えた。


「材料はどうする? 」



 イジーは自室の本棚から『魔法道具技師の入門書』を抜き出してヒューゴに渡した。


本の帯には「魔法道具の全てがわかる! 魔法道具技師を目指すあなたのための決定版!」という文字が踊っている。


「初心者のための」という謳い文句の割に、様々な魔法道具の作り方について詳細に書いてあった。


魔法の道具のを作るのはそう難しくはない。


重要なのは、に入れる中身の方、つまり魔法道具にかける魔法が重要だ。


いくら立派なを作ろうとも、中身がお粗末ならきちんと動作しない。



 ヒューゴは受け取った本の目次を見て目的の道具が載っているページ数を確認し、ページを捲った。


開かれたページには『の作成方法』が載っていた。


夏至祭の開催中ずっと魔法の花火を打ち上げ続けるには、このを使う他ない。


「校内で調達するより、村に行った方が手っ取り早く集められるだろうな」


イジーはヒューゴの後ろから、材料が書いてある部分を見た。


必要なのは中が空洞になっている球体、鏡、そしてかけた魔法を増強させるためのだ。


球体と鏡については、村にある魔法道具店に行けば安価で買える。


手に入りにくいのは媒体の方だ。


だいたいの魔法道具を作るのに媒体が必要だが、この媒体というのは、

魔法を使う動物の体の一部だとか、特殊な鉱石だとか、とにかく手に入りにくい珍しい材料なのだ。


ミラーボールが高価な道具であるのは、この媒体に強力な物質が必要だからだ。


媒体には一級品から三級品まで、性能によってランクがつけられている。


ミラーボールには一級品にあたる媒体が必要だ。


村の魔法道具店でも媒体は高価な上、三級品のものですら長らく入荷しないままのこともある。


「媒体、入荷してればいいけど」


「入荷してても、俺たちの小遣いで買える値段じゃなかったらどうする? 

一級品なんて目が飛び出るくらい高いだろ」


「ツケにしてもらうしかないだろうな」


「ツケにしてもらっても、卒業した後何年払い続けたら良いんだ? 

払い終わる頃には、俺たちの子供がここに入学してるかもしれないな」



 イジーが軽い冗談を言って自分で笑い、ヒューゴはため息をついて本を閉じた。


「やっぱり、自分たちで作るより、どこか貸してくれる人を探した方がいいか」


「媒体が手に入っても、中身の魔法を上手くかけられるかどうかわからないもんな。もし魔法をしくじったら媒体もだめになっちまうし」



 ヒューゴはこの学園に入学してから、趣味として密かに魔法道具を作っていた。


入学する前からモノ作りをするのは好きだった。


この学校に入学して、自分が作ったモノが魔法の力を持って働くということに魅力を感じ、ますますモノ作りに力が入った。


魔法道具に使う媒体は中々手に入らず、たまに訪れる魔法道具店で棚に並べられている媒体は三級品ばかりな上、それですら高価で買えない時がある。


そういう訳で、魔法道具を作る機会はごくわずかだった。


作れたとしても、魔法道具技師の資格を持っているわけではなかったので、作った魔法道具を見せられるのは同室で仲の良いイジーくらいだ。


それでも、ヒューゴは媒体を購入する費用に充てるため、魔法をこめていない魔法道具のだけを村の魔法道具店に持ち込んで買い取ってもらっていた。


もっと色々な魔法道具を作りたいというのが、ヒューゴの野望だった。


もちろん、ミラーボールだって作れるものなら作ってみたかった。



 その日はそれっきり、二人は自分たちでミラーボールを作ることについて話すのをやめた。


自分たちでミラーボールを作れる可能性があることが再燃したのは、後日、と話している時だった。


微妙な時期に赴任してきたベラ先生は、学舎の教師陣の中では比較的若く、優しくて人気がある先生だ。


ヒューゴとイジーも、この前消灯時間にも関わらず本校舎に忍び込んで、展望台の下見に行くのを見逃してもらったことで親しみを持った。


が本当はリウたちが遭遇した水辺の隣人ゲローダ・メ・マギのクエンティン・ギーソン・ベラであることは、二人はまだ知らない。



「ミラーボールですか」


「はい。先生、誰か持ってる人を知りませんか? 」


ヒューゴに聞かれ、うーんとベラ先生は顎に手を当てて考えた。


「さあ、わたくしは心当たりがないですね。

ヒューゴ君くらい手先が器用なら、自分で作ってしまえると思いましたが」


「先生、媒体が手に入らないんですよ。

村の魔法道具店にあったとしても、ミラーボールに必要な一級品の媒体は俺たちが買える値段じゃないし。それに、道具を作るのにかける魔法も難しいし。」


「媒体ですか。近くで手に入りそうですけどね」


えっ、とイジーが声を上げた。


媒体になりそうなものが身近にあっただろうかと、ヒューゴも必死に考えた。


「ほら、リウ君が飼ってる子。あれって魔法を使う生物だと思うんですが。

あの子の鱗か何か、数枚引っこ抜いてやったらいいんじゃないですか」


にこにこと提案するベラ先生に、イジーが眉をしかめた。


動物好きでネオンにも懐かれているイジーは、あの可愛らしい生物の鱗を剥がすなど想像しただけで痛々しい。


しかし、媒体をネオンから採取するという案には頷けた。


正体もわかっていない魔法を使う生物であるネオンの一部なら、一級品の媒体に値するだろう。


「引っこ抜かなくても、抜け落ちた鱗があれば良さそうですね」


ヒューゴは生体ネオンから直接採取するという案は視野に入れなかった。


「そうですね。抜けてくれませんかね、鱗。

もし媒体が手に入るのなら、魔法をかけるのはわたくしも協力します」


「本当ですか、先生」


ベラ先生の言葉に、眉をしかめていたイジーが前のめりになり、ヒューゴは思わず笑みを浮かべた。


ミラーボールを作るためのハコはヒューゴが作れる、媒体もネオンから採る、魔法もベラ先生が協力してくれる。


つまり、誰かに借りる必要はなく、自分たちでミラーボールを用意できる。


「ええ、もちろん。いくらでも協力しますよ。

媒体が手に入ったら、教えてください」



「ネオンの鱗ねえ」


「最近、あいつ見ないよな」


「部屋で寝てるって、リウが言ってた」


 ヒューゴとイジーはネオンの鱗の入手方法について話し合っていたが、ネオンが目の前に現れないのでは話し合おうが意味がない。


ひとまずはネオンを探そうという話に落ち着いた時、二人の前に丁度よくネオンが現れた。


久々に見たネオンは大きくなり、しかも鱗ではなく羽毛が生えていた。


「どうしたネオン、一人で来たのか? そんなにふわふわになっちゃって」


わしゃわしゃとイジーが撫で回すと、ネオンはキャッキャと嬉しそうにしてじゃれついた。


「いろいろあったー」


間の抜けた声でネオンが返事をした。


「あーなんかちょっとここかゆい。イジー、かいてー」


ネオンが下げた頭をイジーの方に突き出した。


そうかそうか、とイジーがゴリゴリと掻くと、羽毛が数枚抜け落ちた。


ヒューゴが抜けた羽根を拾い、手にした羽根を見つめて言った。


「都合が良すぎないか?」

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