第26話 下見と嫌味
「一緒に見に行きましょうよ」
ヒューゴ達を待っていたかのように、目的地の前にいたベラ先生はにっこりと笑った。
「こんな時間に、せっかくここまで来たんですから」
ベラ先生はくるりと背を向けて展望台へと続く扉を開けた。
消灯時間にも関わらず、校舎内に戻ってきた二人を注意する気も、罰則を与える気もないようだ。
やけに協力的な態度だった。
ヒューゴは警戒したが、笑顔に気押されて仕方なくベラ先生に続いて展望台の扉をくぐった。
展望台は平べったい皿の上のような場所だ。
落下防止の手すりこそあるが、他に目立つものは何もない。
東の方に食堂棟や池、寮の建物など小さく見えた。
その向こうに、学校の敷地を示すように囲っている壁と湖が見える。
ヒューゴとイジーは展望台に何度か来たことはあったが、夜に来たことはなかった。
曇っていて星は見えなかったが、晴れている日だったらさぞかし綺麗な星空が広がっていることだろう。
そんなヒューゴの思考を読んだかのように、ベラ先生が近づいて来て話しかけた。
「曇ってて残念でしたね。晴れてたら星がよく見えたでしょうに」
「そうですね」
「高いですねえ、学校の中で空に一番近い場所ですね。
ほら、雲がこんなに低く見えますよ。
あ、ジャクソン君、落ちないようにね」
ヒューゴに話しかけながらも、ベラ先生は西のグラウンド側の手すりから身を乗り出して下を見ようとしていたイジーに声をかけた。
はーい、と間延びした返事をしてイジーが手すりから離れ、ヒューゴたちの近くに来た。
「ベラ先生、なんで俺たちを叱らないんですか?。
俺たち、先生を出し抜くようなことしたのに」
イジーが申し訳なさそうな顔をしているのも気にかけず、笑顔のまま新任教師は答えた。
「特別演出のための下見でしょう? 必要なことです。
確かに君たちは出し抜くようなことをしましたが、出し抜けなかったじゃないですか」
一呼吸おいて、ベラ先生は腰に手をあてて大げさに胸をそらした。
「新人ですけど、生徒に出し抜かれるようなわたくしじゃないですよ」
芝居がかった言い方をして、わざとらしく鼻まで鳴らした。
これにはイジーだけでなく、ヒューゴまで吹き出してしまった。
「敵わないなあ。先生にはお見通しだったってわけか」
「先生ですからね。
それに、夜に立ち入り禁止の校舎を探検するなんて楽しそうじゃないですか。
生徒と仲良くなるのには最高のシチュエーションですよ」
「そうですね、生徒と仲良くなって点数稼ぎするには最高ですね」
ちくりとヒューゴが言ったが、ベラ先生は気にする風でもなくそうですよ、と言い切った。
ヒューゴとイジーはなんとなくベラ先生と打ち解けた気分になって、一緒に校舎を降りて東門を出、寮に戻った。
ベラ先生はまだ施錠が済んでいないからと言って校舎に残った。
二人が東の扉を出ると、すぐに扉に錠をおろす音が聞こえた。
今度こそ寮に戻った二人を、カワセミ寮のラウンジで勉強していた同学年の生徒グループが白い目で迎える。
その中の一人の男子生徒が代表するようにヒューゴたちに声をかけた。
「こんな時間まで何してたんだ? また二人でデートかよ。
中間も近いってのに余裕そうじゃないか、ヴァーグナー、ジャクソン」
ヒューゴは相手にせず部屋に戻ろうとしたが、イジーが食ってかかった。
「特別演出の打ち合わせに時間がかかってね。
代表生たちに反対されて、ヘソを曲げちまったチームのおかげで忙しくて最高だよ」
ヒューゴたちに嫌味を言った生徒のグループは、代表生徒たちと内容で揉めて辞退してしまった元・有志チームだった。
元・有志チームは魔法による投影で映画を上映するという提案をしていた。
しかし、映画の内容や上映権の問題、そしてステージでの出し物の鑑賞を阻害していまうといった数々の問題点を代表生徒たちから指摘された。
結果、有志演出を代表生徒選抜のための点数稼ぎとしか考えていなかった元・有志チームは代案を出せず、辞退したのだった。
代表生徒たちの温情で外側向きには辞退という形にはなっていたが、内情は解散させられたようなもので、代わりに結成されたヒューゴたちの現行チームのことを元チームは良く思っていなかった。
イジーが言い返したのにますます腹を立てた元チームの生徒が一人立ち上がって、二人ににじり寄ってきた。
「なんだよ、やるか?」
イジーが挑発するようにその生徒達に言ったが、ヒューゴは何も言い返さなかった。
むしろ、イジーを止めて部屋に戻ろうと促した。
「イジー、やめろ。ここで問題を起こしたら俺たちのチームも解散になる」
「わかってるよ。
けど、ここで何も言い返さなかったらあいつらますます俺たちを舐めてかかってくる」
「言いたいだけ言わせておけ。
今の有志チームは俺たちだ」
元チームがヒューゴをやっかむのは、カラス寮の現・代表生徒であるマックスの弟だったからというのも拍車をかけていた。
しかし、こういったことに先に手が出るはずのヒューゴがいつもと違って冷静だったのも、カラス寮の代表生徒・マックスの弟だったからだ。
ヒューゴは元チームが考えていたような、有志チームとして夏至祭に参加して評価され、代表生徒となること自体に興味はなかった。
兄が自分に有志演出を任せたのは、自分を信用しているからこそだと考えていた。
ならば、兄の期待に応えて演出を成功させたい。
そのために、夏至祭本番までは何とかしてでも持っていかなければならない。
先ほどまでの行動とは矛盾しているようだが、消灯時間を破って展望台の下見に戻ったのはヒューゴなりの焦りだった。
兄弟の前では余裕そうに見せてはいたが、ヒューゴは自分が焦っているのを自覚していた。
何しろ、準備期間は一ヶ月もない。
その上、チームの半分は二年生、ついでそのうちの一人は入学して一年も経っていない編入生だ。
まだ何か言いたそうなイジーを連れ、ヒューゴは部屋に戻った。
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