第25話 扉の前に

「花火は良い案だな。ここ十年くらいは夏至祭でもやってない」


有志チームの輪に加わったマックスが、リウとヒューゴの案に頷いた。


有志演出の最終的な決定は三寮の代表生徒の許可が必要だが、マックスが肯定したことでカラス寮の代表生徒の分はクリアだ。


「夏っぽくて、良いと思うな」


アズサもリウたちの案を後押ししてくれた。


「じゃあ、俺たちの特別演出は花火で決まりだな。

打ち上げ場所はどうする?」


「なるべく高い場所から打ち上げた方が良いだろうな。

下から打ち上げると、高度を上げている間に魔法が弱まる。

去年、私たちが雪雲を作った時も展望台から上げた」


「展望台か、いいね」


イジーはずっと上にある展望台を見透かすように教室の天井を見上げた。



 展望台は本校舎の屋上をさらに登ったところにある。


展望台はリウたちが入学するよりはるか昔、占星術の授業があった頃は星見台として使用されていた。


占星術の授業が行われていない現在は、悪い生徒たちによって授業をサボる際にたびたび活用されているようだ。


リウはまだ展望台に行ったことはなかったので、どういう場所かいまいち想像がつかなかったが、

とにかく高い場所ということだけはわかった。


「花火を打ち上げる方法も考えなきゃだけど、展望台の下見にも行きたいよな」


「この時間は展望台には入れない。きょうは諦めろ」


「え、もうそんな時間?」


ヒューゴが自分の腕時計をみると、夜の九時を過ぎていた。


展望台は夜九時以降は立ち入り禁止になっている。


さらに、本校舎の消灯時間は夜十時だ。


展望台どころか、そろそろ本校舎を出なければいけない時間になっていた。


あと十分もすれば見回りの教師が来て、リウたちを追い出すだろう。


「きょうはここら辺で解散。どんな花火を打ち上げたいか各自考えておけよ」


ヒューゴが取り仕切り、この場はお開きとなった。


机に広げていたファイルを片付け、空き教室から出た。


消灯時間が近く、照明が間引きされていて薄暗い廊下の先に光の玉がいくつか浮いていた。


教師が近くまで見回りに来ていたらしい。


薄暗い中でもわかる派手な髪色に、リウは見回りに来た教師が誰かわかった。


向こうもリウたちがわかったらしく、手を振りながら近付いてくる。


中途半端な時期に赴任してきた出稼ぎの生物学の教師、クエンティンだった。


ネオンはクエンティンとわかった瞬間、素早くリウの制服のポケットに潜り込んで隠れてしまった。


アズサもリウの後ろに回って、なるべく目立たないようにした。


と言ってもアズサの方がリウより身長が高いので、あまり意味があるようには思えなかったが。


「やあ、もう消灯時間になりますよ。

みんなで試験勉強でもしてたんですか?」


「夏至祭の特別演出の打ち合わせです。

ベラ先生は夏至祭は初めてですか?」


「夏至祭ですか、教師としては初めてですね。楽しみにしてますよ。

さあ、真っ直ぐ寮まで帰ってくださいね。

アズサさんも、足元に気をつけて。転ばないようにね」


隠れたのも虚しく、クエンティンはリウの後ろのアズサを覗き込むようにして笑いかけた。


「気を付けます……」


「はーい、おやすみなさい、ベラ先生」


イジーが軽く手を振って挨拶し、歩き出した。


クエンティンは「おやすみなさい」と返し、見回りの続きをするために元来た方に戻っていった。


歩きながら、イジーがぼそっと呟いた。


「教師としては初めてってことは、ベラ先生ってここの卒業生なのかな」



 本校舎から出て、カワセミ寮の前でヒューゴ、イジーと別れた。


リウたちカラス寮生の四人は薄暗い中、木に囲まれて一層暗くなっている自分たちの寮に戻った。


ラウンジには、まだ中間試験の勉強をしている生徒のグループがいくつかあった。


「この時間なのによくやるね」


「そうだろうね。残ってるの、みんな四年生だよ。

みんな寮の代表生徒になりたいんだよ。

秋に次の代表生徒を決めるから、この中間試験の結果も結構大事なんじゃない?」


「そうなんだ。大変だね」


リウは他人事だと思って、興味のない返事をして自室に戻った。



 一方、ヒューゴとイジーは本校舎に戻っていた。


寮の前でカラス寮組と別れ、四人がカラス寮に入っていったのを見届けると、

ヒューゴとイジーは顔を見合わせて笑い、カワセミ寮に背を向けて走り出した。


マックスの手前、解散と言ったが思い立ったが吉日のヒューゴは、時間だからと言って大人しく下見を諦めることができなかった。


さっきくぐったばかりの東門をまたくぐって、門が開いたままの本校舎に入る。


薄暗い廊下を走り抜け、すぐ近くにある東階段を駆け上がった。


教師たちの見回りのルートを、ヒューゴたちは知っていた。


下の階から上の階まで順番に見て、もう一度一階に戻ってきてそれぞれの門の施錠をする。


まずはグラウンドに面した西の扉、生徒寮に近い東の扉、教員棟に近い本校舎の正面の扉を最後に施錠して、教師たちは教員棟に帰るはずだ。


先ほどが空き教室の近くにいたこと、そして東側の扉が開いていたことを考えると、今頃は西側の扉を施錠している頃だろう。


 

 今、ヒューゴたちが上っている東階段は展望台まで続いていない。


展望台まで登れるのは中央階段だけだ。


どこかの階で中央階段に移動しなければいけないが、見回りが終わっているとなれば教師と会う心配もないだろう。


適当な階で移動すればいいとヒューゴは考えていた。


ヒューゴとイジーは東側階段で展望台の下の階まで上がると、足を休めた。


運動部に所属している二人だが、階段を何段も止まらず駆け上がっていたのでさすがに息が切れていた。


中央階段までの廊下を静かに歩き、息を整える。


ゆっくりと中央階段を上って、この先の角を曲がれば展望台に続く扉だ。


しかし、二人は違和感を覚えた。


曲がり角の先がやけに明るい。


ヒューゴたちの見立てでは、見回りは終わってもう上の方の階には教師はいないはずだった。


まだ残っていたというのか。


予想外のことに、二人が立ち止まると角からひょっこりとが現れた。


「やっぱり戻ってきたんですね。

気になりますよね、展望台」


唖然としている二人を前に、はにっこりと笑って言った。


「一緒に見に行きましょうよ」

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