第23話 点数稼ぎ先生

 クエンティンは他の授業にも出ていたのか、食堂に行くまでの間、生徒たちに名前を呼ばれたり、手を振られたりしていた。


教師陣の中では若いということもあって、特に女子生徒から多くの歓声を集めていた。


「クエンティン、一緒にお昼に行くのはいいけど、私たちきょうはエリックのお兄さんと友達と食べる予定なんだ。ネオン……トカゲちゃんをきょう二人に預かってもらってて。一緒でも大丈夫?」


「エリック君のお兄さんということは……

五年生のマクシミリアン君ですか?それとも、四年生のヒューゴ君? 

生徒名簿で見ました」


「ヒューゴの方」


「エリック君のご兄弟なら問題ないですが、友達の方にはわたくしのことは内緒にしておいた方が良いですかね」


「うん。うっかり喋っちゃったらまずいでしょ。

ていうか先生たちも知ってるの?」


「いーえ。言ってません。説明がめんどくさそうだったので」


遠くから女子生徒にベラ先生!と手を振られて、クエンティンはにこにこと手を振り返した。


クエンティンは立ち止まると、口元に指を当て、アズサに向かって言った。


「なので、アズサさんもわたくしの正体は他言無用でお願いしますね」


エリックとは系統が違うけど画になるな、とリウは思ったがアズサは微妙な表情を浮かべたまま黙っている。


“隣人”はカエルじゃないから大丈夫とは言っていたが、人の姿で現れたので、いざ目の前にしたらどう対応したらいいのか困っているらしい。



 きょうは人数が多いので、いつもの窓際の席には座らず、あまり目立たないような場所のテーブルを選んだ。


長方形のテーブルに、リウ、エリック、クエンティンが並んで座り、その向かい側にアズサ、ヒューゴ、イジーが座った。


ヒューゴとイジーには、クエンティンは生物学の新しい助手とだけ紹介した。


二人はネオンのことで新しい教師に相談したと思っているらしく、クエンティンについては詮索しなかった。


ニコニコと愛想の良い笑顔をしていたクエンティンだったが、イジーの肩にいたネオンを見る時、一瞬鋭い目つきになった。


出稼ぎまでしなければいけなくなったことを相当根に持っているらしい。


一族の危機の原因であるのはネオンの暴食なのだから、無理はない。


そんなの目つきに怯えたのか、ネオンには本来のクエンティンの姿が見えているのか、静かにしていた。


イジーが肩のネオンをテーブルに下ろして、クエンティンに質問した。


、ネオンについて教えていただけるんですか」


「わたくしもそのトカゲのことを聞いたばかりで、よくわかっていないんです。

少し、校内にある文献を調べてみます。

みんな試験勉強や夏至のお祭りの準備で忙しくて時間も限られているでしょうから」


「そうなんですか。生物の先生に手伝ってもらえるなら、何か少しでもわかりそうだな。良かったな、ネオン」


小皿に取り分けてもらった昼食を食べ始めたネオンに向かってイジーが話しかけたが、ネオンは食事に夢中なふりをして返事をしなかった。



 ヒューゴは新任教師のを警戒しているのか、いじめるような質問をした。


「この時期に新しい先生が来るなんて珍しいですね」


「ええ、少し家のことに気を取られて、春の職員募集に出遅れてしまって。

フジサキ魔法学舎なら常時募集していたので、ダメ元で聞いてみたんです。

是非にと言っていただけて本当に良かった。これで家族に仕送りができます」


「家族? お子さんがいるんですか?」


「いえ。うちにいるのは老いた父と親戚だけですが、親戚が多くてね」


ヒューゴの質問に対しても、クエンティンはにこやかに返した。


リウとエリックはクエンティンの地がいつ暴かれるのかと、内心ヒヤヒヤしていた。


クエンティンの応答に不自然さはなく、ヒューゴも納得したようだ。


クエンティンがヒューゴやイジーと話している間、リウたち下級生三人は黙々と昼食を食べていた。


きょうの昼食メニューは目玉焼きの乗ったガパオライスだった。


スプーンをひたすら口に運び、聴覚だけはクエンティンたちの方に向けていた。


「きょうは下級生の授業だけですが、あしたは四年生の授業にも出ますから、

その時はまたよろしくお願いしますね」


「あまり若い先生がいないから、一緒に昼飯食ってくれるような先生がきてよかったです。

なあ、ヒューゴ」


イジーが人懐っこい笑顔を浮かべた。


ヒューゴはまだクエンティンに警戒心を解いていないのか、生返事だった。


「そんなに警戒しないでください、ヴァーグナー君。

新任教師が点数稼ぎのために生徒たちと仲良くなりたいだけなんですよ」


「ちょっと、?」


クエンティンの地が出そうなことに焦ったリウが慌てて口を挟んだ。


「冗談です。ヴァーグナー君、ジャクソン君、あしたはよろしくお願いしますね」


――ジャクソンというのはイジーのファミリーネームだ。


イジー・トーマス・ジャクソンという、ヒューゴに言わせれば“ご大層なお名前”を、イジー本人はとても気に入っていた。――


クエンティンは終始愛想笑いを崩さず、六人での昼食は終了した。


半日イジーと過ごしたことでネオンは満足したらしく、大人しくリウの元へ戻ってきて、ポケットの中に潜り込んだ。


食堂の前で、それぞれ次の授業に向かうために別れた。



 リウたち三人は午後の最初の授業である歴史学の教室に向かった。


「クエンティン、大丈夫かな」


「大丈夫って信じるしかないよ」


「私、とちゃんと話せるか自信ないかも」


「“隣人”はカエルじゃないよ、アズサ」


「カエルじゃないけど……正体を教えてもらえなかった方が良かったなあ」


ため息をつくアズサに、「そのうち慣れる」と適当な言葉でエリックが励ました。

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