第22話 出稼ぎ先生

 生物学の授業が始まる前、リウはノートの端に色んな生徒の名前を書き出していた。


ネオンについて調べるため、誰か答えに繋がりそうな知識を持っている人物を探したかった。


熱心に名前をリストアップするリウの右隣で、エリックは生物学のノートを見返していた。


「中間やばいんじゃないの?」


「最悪一夜漬けでなんとかする」


「がんばって、リウ。私とエリックでヤマを張っておくね」


リウの左隣にはアズサがいた。


エリックがなんで僕が、と言いつつ生物学の教科書をペラペラめくって授業中にマーカーを引いた箇所を確認していた。


アズサはネクタイピンの捜索を頼んだ負い目があるらしく、リウ用の虎の巻を作ることに乗り気だった。


エリックは特に負い目はないが、エリックの性格からして虎の巻制作に協力するだろう。



 問題であるネオンは朝からヒューゴが預かっていた。


ヒューゴが、というか彼の友人であるイジーについて行くと言って聞かなかったのだ。


というのも、朝食を食べに食堂に行き、たまたまヒューゴたちに会った時だった。


いつもの席で、三人――きょうはアズサも一緒だった――で座っていると、ヒューゴたちが後から来た。


朝食のイチゴをガツガツ食べる変わったトカゲを面白がったイジーが、自分の分のイチゴをネオンにくれてやった。


「イジー、ヒューゴとちがっていいやつ。

おれ、きょうこいつと一緒に勉強する」


口の周りを赤い果汁まみれにして、いそいそとイジーの肩に這い上ってしまった。


動物が好きだと言うイジーは肩に果汁のシミがついても、嫌な顔もせずハンカチを出して口の周りを拭いてやっていた。


リウは迷惑だからと止めたが、イジーといっしょがいいと言い続ける強情なネオンの態度に折れて、イジーとヒューゴに任せることにした。


「俺がこのトカゲちゃんにきっちり礼儀ってもんを教えといてやるよ」


そう言ってネオンを掴むヒューゴに一抹の不安はあったが、良い経験にはなるだろう。



 ノートに挙げられた名前は、マックス、ヒューゴに始まり、ボードゲーム部の部長、ティーパーティー・クラブの部長、副部長。


先生たちの名前を書き出したところで、授業開始を告げる鐘が鳴った。


鐘と同時に生物学の担当教師がもう一人、生徒たちが見知らぬ男性と共に入ってきたが、リウはリストアップに夢中で気付かなかった。


教師の後に続いて教室に入ってきた、濃いグレーの細身のスーツ、黒い手袋、明るい色の革靴を履いた三十代くらいの男は生徒たちに向かって一礼した。


緑がかった青色の髪に、インナーカラーが白。

赤い髪を一束おさげにして背中に垂らしている。


やけに派手な髪をした男だった。


しかし、教師が男を紹介した瞬間、エリックは固まった。


「中間試験も近いが、新しい助手の先生が入ったので紹介する。ベラ先生だ。

まだ若いが、知識も豊富で君たちの疑問にもしっかりと答えてくれるだろう。

私よりベラ先生の方が歳が近いし、話しやすいだろう。試験前の質問は彼に聞いてもいいからな」


ベラ先生と呼ばれた男はもう一度頭を下げた。


・ベラです。どうぞよろしくお願いします」


聞き覚えのある掠れ声に、リウも顔を上げて――固まった。


ベラ先生はリウとエリックの方を見てにっこりと笑って手を振った。


生徒たちの視線が固まったままの二人に集まる。


アズサも不思議そうに隣の二人を見た。


「二人とも、と知り合いなの?」


「クエンティン・ベラ……」


「クエンティン!?」


「さあ、授業を始めよう。

ベラ先生と話したいのはわかるが、授業が終わってからにしてくれ」



 教師により、さっさと授業が始められた。


リウもエリックもベラ先生の登場に気が気でなかったが、今回の授業も中間試験の範囲内であるため、真面目に授業を受けた。


教師の話を聞き、教科書を見、板書を写している間にも、ベラ先生は教室内を歩いて生徒たちの様子を見ていた。


リウたちの席の近くにも回ってきて、ノートを覗き込んですぐに他のところへ行った。



「きょうはここまで。次はここの続きをするから忘れないようにね」


教師が開いていた教科書を閉じ、授業の終わりを告げるとともに、

リウとエリックは全速力で机の上に広げたものを片付けて鞄に突っ込み、教室を出て行こうとしていたベラ先生を捕まえた。


「ちょっと、クエンティン!? 何してるの!?」


「おや、リウ君、エリック君、質問でしょうか。

今の授業、何かわからないところがありましたか?」


「しらばっくれないでよ! 僕たち、自分の名前も言ってないよ!?

クエンティンだよね!?」


「名簿で見たんですよ。

生徒たちと早く仲良くなりたくて、必死で覚えたんですよ」


「トカゲを返そうか?」


「勘弁してくださいよ、バレましたか」とベラ先生、

もとい“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”のクエンティンは頭を掻きながら笑った。


「その姿もそうだけど……先生ってどういうこと?」


「冬に向けて食料を集めてるんじゃなかったの!?」


「そのことなんですが、人間として働いて、人間の通貨で食料を買おうと思いまして。

出稼ぎってやつですね。人間の姿になるのは久しぶりだったので上手くいくか心配だったんですが、おかしいところなかったですかね」


自分の腕や体を確認するクエンティンを前に、リウとエリックは開いた口が塞がらなかった。


水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”は人間の姿にもなれるなんて、『魔法を使う生物図鑑』には書いてなかった。


人間の姿になった上、自分たちの学校に教師の助手として平然と出稼ぎに来た。



「ねえ、二人ともベラ先生と知り合いなの?」


「あぁ、アズサ、知り合いというより……」


追いついてきたアズサが会話に加わった。


クエンティンがアズサを見て、すぐに頭を下げた。


「あなたがアズサさんでしたか。先日は本当にご迷惑をおかけいたしました。

お怪我はありませんでしたか?」


「え?」


「アズサ、この人……人かどうか知らないけど、

このクエンティンはアズサに体当たりした“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”だよ……」


アズサが今まで見たことのない表情をして固まった。


「もう昼食の時間ですよね、一緒に食堂に行きましょう。

ところであの大飯食らいはどうしたんですか?」


クエンティンが処理落ちしている三人ににこやかに言った。

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