第21話 ネクタイピンの贈り主

 喫茶室に五人の生徒と一匹のトカゲが集まっていた。


カラス寮二年生のリウ、アズサ、エリック。


エリックの兄二人、

カラス寮五年生で代表生であるマックス、カワセミ寮四年生のヒューゴ。


そして、謎のトカゲ、ネオン。


カラス寮組は皆まだ制服のままだったが、ヒューゴは私服姿だった。


運動用らしいハーフパンツに、長袖のスウェットを着ていた。


脚はほどよく筋肉がついていて、エリックがフィジカル系と表現したのも頷ける。



 ヒューゴがマックスにどう説明したのかは知らないが、二人が溺れかけたことは聞いているらしい。


弟が死にかけたことに対する心配なのか、そんな目に遭わせたリウに対する怒りなのか、マックスの表情は険しかった。


そんなマックスの表情を見たアズサはとても緊張している雰囲気だった。


リウとエリックは精一杯反省している空気を出そうと、

殊勝な顔をして口を結んで下を向いていた。



 重い空気の中、マックスが口を開いた。


「きのう、何があった?」


「私のせいです。

リウとエリックは、私が落とした物を探してくれてたんです」


真っ先にアズサが答えた。


ネオンがマックスの前まで進み出て、上目遣いで見上げながらアズサに続いた。


「おれのせいでもある。

二人が水に落ちたの、おれが飴を落としたせい」


死にかけた当事者ではない一人と一匹が先に話し出したことで、マックスはいくらか雰囲気が和らいだ。


その空気に乗じて、リウとエリックはさっさと今まであったことを説明することにした。


アズサのために探し物をしていたこと、ヒューゴに頼んで舟を作ってもらったこと、池の中央の小島で“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”の住処に案内されたこと、彼らからこのトカゲを託され、ネオンと名付けたこと。


ヒューゴもマックスも茶々を入れずに真剣な顔で二人が話すのを聞いていた。


水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”について話した時には、「おお」とか「すげーな」と感心したような声を漏らしていた。


「事情はわかった。今回はヒューゴが見ていたから二人とも無事だったが、今後はよく考えて行動するように」


「次こういうことがあったら気をつけます」


「何かあったらマックスに相談するよ。話せることならね」


マックスが髪をくしゃくしゃとかき上げて、心の底ではあまり反省していなさそうな二人に呆れるような仕草を見せた。


「おれも気をつける」


ネオンが言うと、トカゲが何を気をつけるんだとでも言いたげな目をした。


「まあ、こいつのせいで色々あったけど、“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”と話せたのはすごいことじゃん。また彼らと話すことがあったら、俺も呼べよ」


こいつみたいに迷惑はかけないからさ、とヒューゴがネオンの前で指をくるくるさせてからかった。


ネオンは鱗を声も体も大きいヒューゴに強くでるのは得策ではないと思ったのか、逆立てかけた鱗を寝かせた。


「今後、“隣人”のことで何かあったら先生たちにも相談する。

何か起こるまではひとまずは何もしない」


マックスは、今は“隣人”についてはそっとしておくつもりらしい。


冬への準備で忙しい“隣人”にこれ以上負担をかけたくなかったので、

マックスがそう言ってくれて安心した。


何もなければ助かるのだが。



「舟についてもそうだが、エリック」


マックスは頬杖をついているエリックの方に体を向け直した。


「もっと兄弟を頼れ」


長兄らしく、強く言い切るとヒューゴが茶化すように付け足す。


「そうだよ。頼りになる兄が二人もいるんだからな」


エリックは戸惑うような顔をしたが、すぐにうん、と返事をした。


マックスはエリックの返事を聞くと、次にアズサの方を見た。


「アズサもそうだ。同じ風紀委員なんだから、もっと頼ってくれていい。

探し物くらい私だって手伝えた」


マックスの言葉に、アズサは何も言えず顔を赤くして首を振った。


その様子を見たエリックがピンと来た顔になり、うっすらと笑みを浮かべた。


「そういえば、そのネクタイピンって去年の誕生日に貰ったものだって言ってたよね。誰にもらったの?」


リウがアズサのネクタイに目をやると、例の蜂のモチーフの装飾がついたネクタイピンがついている。


アズサ以外の三人もアズサのネクタイピンに注目していた。


マックスが首を傾げた。


「それは、私が去年やったものか?」


「そ、そうです。そうですけど! 」


アズサ耳まで赤くして、ネクタイピンを隠すように体の前で手を振った。


慌てて取り繕おうとしているアズサを見て、ヒューゴがニヤニヤしてエリックと顔を見合わせた。


リウがでへえ、と呑気に言った。


「へえ、それマックスからもらった物なんだ」


「うん……」


アズサはこれ以上注目されたくなかったのか、ネクタイピンを外して手に握り込んで体の後ろに隠した。


「なくして思い詰めるほどか? 

高い物でもないし、言ってくれたら何か別のものを代わりに……」


「そうじゃないよ、マックス。あれは何にも代わりになれないって。

ね、アズサ」


「そうだよ。アズサがめちゃめちゃ大事にしてたやつだぞ」


ほとんど空気と化していたネオンが喋ると、ヒューゴがお前は黙ってなトカゲちゃん、と言って抱き上げた。


ネオンが悲鳴を上げてヒューゴの手の中で丸くなる。



 重苦しかった空気は、アズサのネクタイピンの贈り主の話になった途端に消えていた。


アズサはネクタイピンから話題を逸らそうと、“隣人”のことやネオンのことをしきりにリウに聞きたがり、会ってみたいと言った。


“隣人”の姿がカエルに似ているから大丈夫かとリウが確認したが、“隣人”はカエルじゃないから大丈夫と笑っていた。


ヒューゴも“隣人”の話題には乗っていたが、時々意味ありげにアズサとマックスを交互に見た。


マックスは弟の視線を気にせずに、いつも通りあまり表情がわからない顔で座っていた。


通常運転に戻ったマックスにアズサはホッとして、“隣人”のことをリウたちと話していたが、内心では今回の件をマックスがどう思ったか気になっているようだった。


そんな友人の気持ちもよそに、リウはこの場をやり過ごせたことに安堵していた。


マックスが抜け道を使うのを禁止したり、危険な行為の罰として自由時間の外出禁止を言い渡してきたらどうしようと考えていた。


ネオンのことについても、学校で預かると言われるんじゃないかと思っていたが、マックスはリウが世話をした方がいいと判断した。


ペットについては――ネオンがペットにあたるのかはおいておいて――、飼育の申請書を出せば問題ないということらしい。


最近は申請書を出さずにこっそり飼っている生徒もいるらしいが、リウはきょう一日ネオンを肩に乗せて過ごしていた。


当然、生徒たちにも教師陣にも見られている。


申請書を出さずにいるより、きちんと許可してもらって、助けが必要になったら助けてもらった方がいいということだった。


マックスが、ネオンの世話はリウがと言ってくれたのはありがたかった。


クエンティンから預かったからにはリウ自身で世話したかったし、ネオンと同じ種族の仲間がいれば探してやりたいと思っていた。



 マックスがヒューゴにじゃれているネオンに目を向けた。


視線に気付いたネオンがヒューゴの手を抜け出して、マックスの肩に駆け上った。


ふん、と胸を張ってふんぞり返ってヒューゴを見上げる。


「この人が一番兄ちゃん、この人が一番偉いんだ。

どうだ、でかい人間」


「こいつはよくわからないが、

魔法を使う生物に詳しい生徒か先生に当たってみたほうがいいな。

私も中間試験の勉強ついでに図書館で調べておく」


マックスは肩で喚くよくわからない生き物を無視した。


ネオンの強がりに対抗してヒューゴが腰に手を当てて凄み、ネオンはマックスの肩の上で小さくなった。


「生き物に詳しい人を探さなきゃ。

試験勉強で忙しくなければいいんだけど」


エリックもそう言って、誰かいたかな、と呟いた。



“中間試験の勉強ついでに”、“試験勉強で忙しくなければいいんだけど”



リウは二人の言葉をよく反芻したあと、叫んだ。


「中間試験のこと忘れてた!!!!」


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