第20+2話 日常 なんというか、ワイルドな人だね

「エリックにお兄ちゃんが二人いるって知らなかった。

アズサは知ってた?」


「話したことはないけど、いるのは知ってたよ。カワセミ寮の人ね」


 リウとエリック、アズサは食堂までの道を歩いていた。


最近日に日に暑くなってきて、もう三人とも制服のブレザーは着ていない。


リウとエリックは半袖のシャツを着て、暑いからと二人とも一番上のボタンを外していた。


これからどんどん暑くなることを考えると、ネクタイすら着けたくなかった。


アズサは校舎内の室温を管理している冷房の魔法が効き過ぎていると言って、長袖シャツを着て袖をまくっていた。



「あのヒューゴって人、すごくイカつい感じだったね」


「ヒューゴは僕ら兄弟の中では一番肉体派だから」


「魔法使いなのに?」


「フィジカル系魔法使いだから」


 フィジカル系魔法使い。


聞いたことのない言葉だが、背が高くて運動が得意そうなヒューゴを思い出すと、しっくりくる言葉だ。


突然、エリックが前につんのめって転びそうになった。


背後から歩いてきたヒューゴが、エリックの背中を強く押したのだ。


背後から来た男子生徒がそれを見て笑っていた。


ヒューゴと同じくらい背が高くてヒョロっとした赤毛で、くりんくりんの癖毛だ。


ネクタイの色を見ると、ヒューゴと同じカワセミ寮生らしい。


ヒューゴの友人なのだろうか。



 ヒューゴはエリックの背中をばんばん叩いた。


「おい、朝から兄の悪口か?」


「悪口じゃないよ。褒め言葉」


そうかよ、とだけ返してリウたち三人を追い抜いていった。


カールした毛先をふわふわさせながら、ヒューゴたち二人組の背中は遠ざかっていく。


いつの間にかアズサはリウとエリックから少し離れていた。


滲み出るヒューゴ粗暴さに危機を感じ、遠ざかったらしい。


「なんというか、ワイルドな人だね」


アズサが言葉を選んでヒューゴを表現した。



 ヒューゴと一緒に三人を追い抜いていった赤毛の男子生徒はイジーといった。


ヒューゴと同部屋で、入学してすぐに仲良くなって、以来ずっと二人でつるんでいる。


同じクラブに所属し、同じ授業をとった。


舟を作ったり、運ぶのを手伝ってくれたのもイジーだ。


イジーが後ろを歩いているリウたち下級生三人組を振り返った。


「あれ、弟だよな。やっぱり似てないよな。雰囲気っつーか。」


「エリックは一番下だし大人しいからな」


お前が大人しくなさすぎなのかもしれないけど、というイジーの軽口にうるせーよ、と軽口で返す。



 ヒューゴは、おかしな女子生徒とつるみ始めた最近の弟の様子が気になった。


孤立しているとまでは言えなかったが、今までは特に仲のいい生徒はいなかったと思う。


マックスと同じカラス寮の風紀委員に入り、ずっとマックスにべったりだった。


それが、新学期になってからは、中庭に落ちてきたヤバい編入生と四六時中一緒にいる。


授業の間にすれ違った時も、食堂でも、ずっとあのプリン頭と二人だ。


カラス寮の生徒が食堂までショートカットするのによく使っている、池の近くを通る道を二人で歩いているのも見た。


カワセミ寮の部屋からは池がよく見えたのだ。


弟に仲のいい生徒ができたことに安心し、二人で座れるようなベンチを作って置いてやった。



 弟が変わったことと言えば、今まで頼み事なんてしてこなかったくせに、いきなり舟を作ってほしいと言ってきたこともあった。


舟ぐらい作ってやるのは全く問題なかった。


けれど、できるだけ早く作れというのだから、理由を聞かずにはいられなかった。


「作るけど、なんだよいきなり。何に使うんだよ、舟なんて」


「ちょっと池の真ん中の島に行きたい。

友達のためなんだ、お願い。ベンチを置いたのもヒューゴでしょ。

あれみたいなの、作れるでしょ」


「舟を作るのは余裕だよ。マックスには言ったか?

危ないことしようとしてるなら……」


「マックスには言えない。お願い」


弟があまりにも真っ直ぐな瞳で頼んでくるので、ヒューゴは折れて舟を作った。


運び込みやすいよう、部屋で作っていたので同室のイジーも巻き込んだ。


イジーは、弟のために舟を作っていると聞くと、面白がって手伝ってくれた。


結局、弟はこの舟に乗って池の小島まで行ったあと溺れて帰ってきたが、何があったのか聞くのはこの後のことだった。

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