第19話 ネオンサイン

 その日はずぶ濡れのまま寮に帰った。


ラウンジでエリックと別れ、自室に着替えをとりに戻って、寮の風呂に行った。


リウが自室に戻ると、トカゲは大人しくなって机の上で丸くなっていた。


濡れた髪をタオルで拭きながら、トカゲに話しかけた。


「トカゲちゃん、大人しくなっちゃってどうしたの?」


トカゲはしゅんとして謝った。


「おれを助けようとして、おまえらおぼれた。

おれのせい。おれがわるい。ごめんなさい」


「やけに素直じゃん」


「だって、おれ、お前らに出てけって言われたら行くとこない」


悲しそうに見つめてくるトカゲがいじらしく見えてきて、リウは頭を撫でた。


ざらざらとした鱗の感触が指先でわかる。


「私が助けたくてとびこんだから、謝らなくていいよ。

それより、助けようとしてくれてありがとうって言われたいかな」


「ごめんなさい。お前、助けようとしてくれてありがとう」


トカゲはトゲトゲの尻尾をぶんぶんと振った。


尻尾を振るたびに鱗が反射してキラキラと輝いている。


「でも、エリックは巻き込まれて落ちちゃったから、謝った方がいいかもね」


「おれ、謝る。あいつ、エリック? でかいのは?」


「そう、エリック。でかいのはヒューゴ。エリックのお兄さん。

私もきょう初めて会ったから、よく知らないけど」


トカゲはヒューゴに摘まれたのを思い出したのか、また丸くなった。



 さっきからトカゲちゃん、と呼んではいるが名前も種類も知らない。


本人も自分がどういう生物なのかは知らないと言っていた。


生まれた時から一匹で、“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”の住処に潜り込んで生きていた。


「トカゲちゃん、名前はなんていうの?」


「おい、とかお前って呼ばれてた」


「名前がないの?」


「ない。お前、おれの名前きめて」


名前もない孤児みなしごを追い出したクエンティンたちの態度が冷たいものに思えてきたが、クエンティンたちも冬を生き残るために必死だったのだからしょうがない、とリウは納得することにした。


名前を決めて、と言われてすぐに返事をできるようなネーミングセンスがリウにないことは『ミッドナイトスター事件』で証明されている。


腕を組んでうーん、と唸りながら必死に考えた。


トカゲが期待した目でリウを見つめている。


尻尾を振って、鱗がキラキラと光っているのをしばらく見つめて、リウはふっと頭に一つの言葉が浮かんだ。


「ネオンっていうのはどうかな」


「ネオン?」


「ネオンサインのネオン。

すごく派手な色でキラキラ光ってて綺麗だから」


「おれ、ネオンみたことないけどかっこいい名前。

おれ、ネオン!」


ちぎれんばかりに尻尾を振って、ネオンとたった今名付けられたトカゲが答えた。


「じゃあネオン、よろしくね。リウだよ」


「リウ、よろしく!」


名前をもらって興奮するネオンと少しだけおしゃべりして、リウはベッドに入った。


 あしたはヒューゴとマックスに“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”のことを話さなければならないし、なによりアズサに、ネクタイピンを渡してあげなければ。


これを渡したら、きっとアズサは喜んでくれるだろう。



 ネクタイピンを見つけられたのは良いが、一難去ってまた一難。

あしたからも、大変な一日になりそうだ。


枕元でネオンが丸くなって寝息を立てていた。

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