第16話 隣人たちの食糧難

 “水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”のクエンティンに住処へと案内されたリウとエリックは、彼の父親のギーと向かい合って座っていた。


 二人がクエンティンに勧められて飲んだお茶が入ったティーカップをソーサーの上に戻すと、ギーがゆっくりとした口調で話しはじめた。


「息子を助けていただいたのは……どちらの方ですかな」


「父さん、そちらの女性です」


クエンティンは手のひらを上にしてリウの方を示した。


ギーはリウの方を見て礼を言いながら頭を下げ、エリックに「ご友人もよくいらっしゃいました」と、また会釈をした。


二人はそれぞれ軽く頭を下げ返した。


「わしは、ここら辺一帯の……

あなたたちが“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”と呼ぶ種族の長をしております。

息子を助けていただいたこと、改めてお礼を申し上げます」


ギーはもう一度深く頭を下げた。


「それで、探し物をしているということでしたな。

ネクタイピンのようなものでしたら、数ヶ月前に仲間が拾って持って帰ってきまして……。

見ていただけますかな」


ギーが両手をポンと合わせると、テーブルの上にネクタイピンが現れた。


蜂の飾りがついていて、蜂の頭の部分にキラキラした黄色のガラス玉がはまっている。


実家が養蜂業をしているアズサのためにデザインされたようなネクタイピンだ。


アズサが落としたものに違いない。


リウの反応を見て、クエンティンとギーは少し申し訳なさそうにした。


「ありがとう。きっとこのネクタイピンだと思う」


リウはお礼を言って、

ネクタイピンをハンカチに包んで大事にポケットにしまった。


「いやはや、申し訳ない。このネクタイピンをここに持ってきてしまったのも、訳がありまして。

もしお時間がありましたら、聞いてもらえますかな。

まだお茶も茶菓子もありますし……」


ギーがお菓子の入った皿をリウたちの前に押しやるので、二人はお菓子に手を伸ばした。


中心に赤い木の実がちょんと乗った、花の形をした絞り出しクッキーだった。


固めに焼かれていて歯応えがある。控えめな甘さで、素朴で美味しい。


「何かあったの?」


クッキーを飲み込んでから、リウが聞いた。


ギーはふう、とヒゲの間からため息を吐いた。


「今、我々は冬に向けて食料を集めている最中なのですが、それがなかなか進みませんで……。

というのも、我々の種族でない、居候いそうろう……いや……大食漢……違うな……えーと」


「大飯食らいのよそ者がわたくしたちの住処に居座っていて、

そいつが、皆が集めた食料を片っ端から食い尽くしていってしまうのです」


ギーは必死で丁寧な言葉で表そうとしていたが、クエンティンがキッパリと言い直した。


息子の汚い言葉遣いをとがめようとしたが、そうとしか言いようがないでしょうと言い返されて黙った。


情けない表情になってしまったギーに代わり、クエンティンが続けた。


「いつの間にか住処に入り込んでおりまして。

相手が子供なもので、無理やり追い出すわけにもいかず。

片っ端から食料を集めていたところ、蜂の飾りがついているあのネクタイピンも間違えて持ってきてしまった」


“隣人”の食料難の話を聞いて、三つ目のクッキーに手を伸ばそうとしていたエリックは、手を引っ込めた。


ギーはお気になさらずと言ってくれたが、リウもこれ以上茶菓子に手を伸ばす気になれなかった。



 リウとエリックが何と返事をしようかと考えていると、クエンティンは言葉を区切りながらハッキリとした口調で言った。


「あなたたちに、あの者を、ここから連れ出してもらうことは、できますでしょうか」


クエンティンが言い切った瞬間、ドタドタと足音を立てて“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”ではない生き物が部屋の中に転がり込んできた。


「やっぱりおれのこと追い出したいんじゃないか!!!」


幼い男の子のような甲高い声と共に、トカゲのような生き物が床の上を転がってきた。


角度によって色を変える、虹色の鱗。


ところどころ鱗が逆立ってトゲのようになっていた。


自分の尻尾を咥え、床を転がって体を輪のように丸めている。


ブレスレットみたいだな、とリウが眺めているとクエンティンとトゲトゲのトカゲが言い争いを始めた。


「出ていってほしいって、遠回しに前から言ってただろうが!」


「遠回しになんか言われてもわかんないよ!」


「じゃあ、今直接言うが、出ていってくれ!もう限界だ!」


リウたちと話していた丁寧な口調の時とは打って変わって、荒い口調になったのは種族の食糧難に切羽詰まってのことだろう。


しかし、そのギャップにリウは申し訳ないと思いながらも笑ってしまった。


笑うリウの隣のイスで、エリックが呆然としてクエンティンとトカゲを見ていた。


トカゲは口から尻尾を離して、素早くリウが座っているイスを伝ってリウの肩へと駆け上った。


「わかったよ、出て行くよ!おれを連れてけよ!にんげん!」


キーキーと大きな声で叫び、肩からテーブルへと飛び降りて皿からクッキーを一枚咥えてすぐにリウの肩へと戻った。


耳のすぐ横でパリパリとクッキーを噛み砕く音がするのを聞きながら、リウはクエンティンの方を見た。


クエンティンの視線はリウの肩の上のトカゲに向けられている。


「いいよ、この子を連れてくよ」


リウはまだクッキーを食べているトカゲを摘み上げ、クエンティンとギーに向けて見せた。


「申し訳ないが、お願いできますかな。

少し前に、どうにか人間に相談できないものかと息子が人間に話しかけようとしたのですが、力加減を間違えまして、転ばせてしまって」


「えっ、アズサに体当たりしたカエルってクエンティンだったの?

このネクタイピンの持ち主だよ。転んだ時に落としちゃったんだって」


「ご友人でしたか。

それは本当に申し訳ないことをした。アズサさんにもぜひ謝罪を」


クエンティンはそう言ってくれたが、カエルが苦手なアズサに“水辺の隣人ゲローダ・メ・マギ”を会わせていいものか悩み、大丈夫だとやんわりと断った。

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