第13話 オールを任せる
エリックの言った舟ができるという「明後日」の土曜日がきた。
リウは舟のことを考えていたら、休日にも関わらずいつもの癖でつい制服を着てしまっていた。
朝食の時間に遅れたくなかったし、早くエリックに舟のことを聞きたくてそのまま部屋を出てラウンジに向かった。
ラウンジでは半袖シャツにハーフパンツの、いつもよりラフな姿のエリックがソファで待っていた。
エリックは制服姿のリウの頭からつま先まで見下ろして言った。
「リウ、きょうは授業ないよ」
「舟のこと考えてたら間違えたの。
食堂から戻ってきたら着替えるから、早く行こう」
「きのうの夜に仕上げに入ったって聞いたし、もうできてると思うよ。
僕も食堂から戻ったら行ってくる」
エリックは朝食のトーストにいつも通り大量に『オガタのおいしいハチミツ』をかけて食べていた。
抜け道を通って食堂に行った帰り道、池のそばに小さな舟が浮いていた。
「すごい、本当にできてる」
「僕らが朝ご飯を食べてる間に運んだみたいだね」
二人は舟を繋いである岸辺まで駆け寄って、舟を見た。
木製の小さな舟で、中に同じように木製のオールが一組置いてあった。
ベンチより荒い仕上がりではあったが、池の中央の小島まで行くには十分だ。
風が吹いたら簡単にひっくり返ってしまいそうで、きょうは風が吹いていなくて良かったとリウは思った。
それにしても、本当に二日間で小舟を仕上げられる生徒とは誰なんだろうか。
探し物が終わったらエリックは教えてくれるだろうか。
エリックがオールを取って舟に乗り込もうとしている。
一緒に行くつもりらしい。
揺れる舟の上でバランスを取りながら体の向きを変えた。
オールを両手で持ち、舟の上に座る。
ハーフパンツの裾から細い膝を覗かせて、
リウが乗り込んでくるのを待っている。
エリックが乗り込んだことで動いてしまった舟のロープを引っ張って岸に寄せながら、リウが大きな声で聞いた。
「一緒に来るの?」
「当然だろ。前みたいに溺れたら一人じゃどうにもならない。
それに、舟を漕ぐのは得意だよ」
舟にはオールを固定できる部分が無かったので、エリックは支点となる部分を舟の本体に「くっつける魔法」を使って固定した。
「また溺れたらなんとかしてね」
エリックの返事を待たず、リウが舟の縁に足をかけ、乗り込んだ。
舟の揺れが収まるのを、エリックは身を屈めて待ってからオールを水に入れた。
「なんとかできたらね」
信じていないわけではなかったが、舟を漕ぐのは得意というエリックの言葉は本当だったらしい。
舟は滑るように水面を進んだ。
あまり大きくない池ということもあって、すぐに小島に着きそうだ。
リウは向かい合って座っているエリックがオールを回しているのを見ていた。
エリックは後ろ――舟の進行方向――を気にして、ずっと首を回したままだった。
ふいにリウの方を向いたので、目が合った。
「僕じゃなくて、前を見てくれる?」
「あぁ、綺麗な顔ばっかり見ててごめん」
“綺麗な顔”と言われて照れもせず、エリックはまた後ろを見た。
「あっちに着いたらいくらでも見てていいから」
「アズサのネクタイピンを探すから、着いたらもう見ないよ」
「舟を降りたら用済みか、冷たいやつだな。
……探してるのはネクタイピン?」
エリックの軽口のせいでうっかり口を滑らせ、
探している物をバラしてしまった。
しょうがない、と開き直ってエリックにも一緒に探してほしいと頼むと
「当然だろ」といつもの返事が返ってきた。
「そろそろ着くよ」
リウが舟の進行方向を指差した。
二人が順番に舟を降りる。
柔らかい泥を踏んで当たりを見回す。
池の周囲とほとんど変わらず、低木や草が茂っていた。
カエルが多いのか、舟に乗る前より大きくカエルの声が聞こえてきた。
舟が離れていってしまわないように、二人で岸に引っ張り上げた。
靴を泥まみれにしながら、島の真ん中あたりを目指して歩き始めた。
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