第12話 抜け道とアズサ

「じゃあ、は嫌じゃないんだね?」


「うん。嘘ついてごめんね」



 アズサの実家のことを本人に聞くと、アズサはすぐにリウに謝った。


リウのベッドに座って、アズサは申し訳なさそうな顔をして組んだ指をもじもじと動かした。


「うちが養蜂してるの、内緒にしてた訳じゃないの」


「それは私が気付けなかっただけだから、謝らないで」



 実家で養蜂をしているアズサは、蜂が苦手どころか大好きだった。


だから一年生の時のレポートの観察対象に蜂を選んだし、将来的に家業に携わった時に役に立つ。


魔法で蜂に刺されるのも防いでいるから、刺されたこともない。


蜂が嫌というのは嘘だったが、なぜ抜け道に近寄りたくなかったのだろう。


「ねえ、じゃあどうして抜け道を使いたくなかったの?」


「……笑わないでくれる?」


恥ずかしそうに上目遣いで見つめながら、アズサが話し始めた。




――リウが入学する一週間前のことだった。


入学式で披露する寮の出し物の準備をするため、風紀委員会に所属しているアズサは新入生たちより早く学校に来ていた。


もうすぐ新学期・進級ということもあって、気合いを入れるためにアズサは去年の誕生日プレゼントにもらったネクタイピンを着けることにした。


寮の代表生徒であり、風紀委員長であるマックスの仕切りのおかげで例年より比較的早く出し物について話がまとまった。


当時一番下の学年だったアズサは、毎日細かい事の確認や打ち合わせに追われていた。


その日も寮のラウンジで会議をしていたが、長引いたので夕食を取りながら会議の続きをすることになった。


カラス寮の風紀委員みんなで食堂まで歩いていたが、

食堂に近くなったところで、アズサはラウンジに議事録を置いてきてしまったことに気付いた。


短時間だし取りに行かなくてもいいとマックスは止めてくれたが、責任感の強いアズサは走って取りに戻った。


ラウンジの机の上にあったバインダーを取ったアズサは、他の委員を待たせてはいけないと食堂まで抜け道を使うことにした。


薄暗い抜け道を早足で歩いていると、突然何かに体当たりされて転んでしまった。


立ち上がり、何事かと思って当たりを見ると、自分を真っ直ぐ見つめてカエルがゲコゲコと鳴いていた。


もともとカエルが苦手なアズサは、

転んだ痛みと苦手なカエルに体当たりされた恐怖で半泣きになりながら、

落としたバインダーを拾って食堂まで駆け抜けた。


その日の会議が全て終わって自室に戻ったところでネクタイピンを無くしたことに気付いた。


翌日食堂を探したがなかった。


ラウンジの中もくまなく探したが、見つけられなかった。


思い当たるのは抜け道で転んだ時だ。


抜け道を探したかったが、またあの変なカエルに体当たりされるかもしれない。


どうしようか迷ったまま入学式を迎え、新入生の世話やリウの課題に付き合っているうちに時間が経ってしまった。


――



そこまで話し終わると、アズサはうつむいてしまった。


「そっか、嫌なのはカエルだったんだ。人に体当たりしてくるなんてひどいカエルだね」


「急いでたし、突然だったから余計怖くなっちゃって。情けないよね」


リウは大きく首を振った。


「そんなことないよ。私がちゃんと見つけるから、安心して待ってて」


「ありがとう、リウ。……このこと、エリックには話してないよね?」


「話してないよ。何か探してることくらいは勘づいてると思うけど」


「うん、ならいいの」


同じ委員会に所属しているエリックにさえ、無くし物のことを言いたがらないアズサの態度は少し不思議だった。


抜け道使用の常習犯であるエリックに頼めば、探し物くらい手伝ってくれただろうに。


もしかして、と思ってリウは聞いた。


「なくしたネクタイピンって、エリックから貰ったものだったりする?」


「ち、違うよ。くれたのはエリックじゃなくて……」


アズサの慌てた態度で、リウは聞かなくてもよかったかなと思いながら「冗談だよ」と言って笑って、話を変えた。



 消灯時間の前にアズサが帰って、リウは自室で一人、ネクタイピンを見つけるのに便利そうな魔法がないか教科書を開いた。


小一時間ほど色んな教科の教科書をペラペラとめくっていたが、以前見たものばかりで役に立ちそうなものはなかった。


あったとしても、リウには難しすぎてまともに使える気がしなかった。


魔法を使うには集中力と想像力が大切だ。


一年間遅れて入学したリウは、他の生徒より魔法を使う機会が少なかった。


そのため、何にどうやって魔法を使えば効果的なのか、理解が遅れている。


課題をこなしたはいいものの、紙の上だけでの理解では足りていない。


もっと魔法の練習を積まなければ、と思いながらリウは教科書を閉じた。

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