第11話 抜け道と蜂
食堂のほぼ指定席となった窓際の席で、リウとエリックは並んで座っていた。
ランチのパンケーキにハチミツをかけて、エリックに渡した。
自分の分のパンケーキに際限なくボトルからハチミツをかけながら、エリックが話し始めた。
「舟のことは心配ない。明後日にはできるって」
「明後日? すごいね。そんなにすぐ出来るものなの?」
小島に渡るのに必要な舟を作るのを、エリックはDIYが得意な生徒に依頼できたらしい。
その生徒が誰なのか知らないし、舟を作ったことがないリウは心底驚いた。
ハチミツをかけ終えたエリックが皿の横にボトルを置く。
「魔法を使えば簡単だって言ってたよ。確かにあの人の得意分野だし」
リウは池近くに置かれていたベンチを思い出した。
丁寧に加工されていた板のことを思い浮かべて、納得した。
エリックがその生徒に対して少しよそよそしい物言いなのが気になった。
急な頼み事を飲んでくれるという点では仲の良い生徒だとは思うが、それにしては少しトゲがありすぎやしないか。
自分に対するエリックの態度を考えると、同じようなものなのだろうか。
「受け取りに行く時は一緒に行くから。一人じゃ運べないでしょ。お礼も言わなきゃ」
「来なくていい。多分直接池に持ってくるだろうし、口でお礼を言われるより行動で示せって言うと思うから」
どんな人なんだろう、とますますその生徒に対する疑問は深まるばかりだった。
エリックが同じ寮の生徒たちと話している姿は見かけるが、どの生徒もリウも話したことがある生徒たちで趣味がDIYの生徒はいなかった。
となると、他の寮の生徒なのだろうか。
他寮の生徒の色んな顔を思い浮かべてみたが、どの生徒にも心当たりはない。
――同学年の生徒の中には。
「そうなの?それでもお礼は言っておいてね」
「言っとくよ。どう借りを返すか考えておいて」
「その人のこと知らないのにどう返すの?
どんな人なの?」
「僕らと違う色のネクタイをしてて、口より先に体が動くタイプ」
もうエリックからそれ以上その生徒の情報を得られそうになかったので、リウは聞かなかった。
ただ、エリックから質問が出た。
「詳しくは聞かないけど、何かを探してるんでしょ。どうしてアズサは自分で探さないの?」
「抜け道に蜂がいるから。蜂が飛んでて嫌だって」
リウから蜂という言葉を聞いて、エリックは即座に反応した。
「アズサが蜂が嫌なわけないだろ」
「誰だって刺されたくはないでしょ」
「そうだけど、そうじゃなくて。アズサの実家が何してるのか聞いてないの?」
知らない、とリウが首を振る。
はあ、とため息をついたエリックも首を振った。
さきほど皿の横に置いたハチミツのボトルをリウの前に、わざと音を立てて置いた。
「なに?もういらないよ」
「ラベルをよく見て」
ボトルを手に取って、手の中でくるくると回してラベルを自分の方に向けた。
ラベルをよく見ると、『オガミのおいしいハチミツ』とかわいいフォントで文字が並んでいる。
オガミって、アズサと同じ苗字だなと思った瞬間、リウはエリックが伝えたいことを理解した。
ハチミツのボトルを持つ手に思わず力が入って、ボトルがへこむ。
「アズサのおうちって、ハチミツ作ってるの?!」
「そう。品質が良いからこの学校にも
この前、リウがハチミツをおいしいって言った時にアズサが嬉しそうにしてたろ」
やっとわかった?とでも言いたげなエリックを尻目に、リウはボトルを握ったままだった。
しかし、アズサの実家が養蜂業だとしても、蜂が嫌だと言うのは無理はないんじゃないかとも思った。
一度蜂に刺されたことがあるなら蜂を避けるのもわかる。
首を傾げて、握っていたボトルを離した。
「でも、だからって蜂が嫌ってのはおかしくないんじゃない?」
エリックが、リウは今年来たから知らなくて当然だけど、と前置きしてから言った。
「アズサは去年、蜂について観察したレポートで校内の賞を取ってる」
「観察できるくらい近付けるのなら確かにそうは言わないか」
本当は「蜂が嫌」でないのなら、アズサはリウに嘘をついたことになる。
リウは嘘をつかれた事は全く気にせずに、どうして嘘をつく必要があったのかという方が気になった。
自分であれこれ想像するよりも、本人に聞いた方が良いだろう。
アズサの悩み事を聞けるまで時間がかかったから、長い時間をかけずに解決してあげたい。
そう思ったリウは、流し込むように昼食を食べ、食堂を出てアズサを探した。
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