第10話 池の小島

 アズサの無くし物を探し始めて三日。


 気温は日々上がり、池の周りを探し回っていると暑くてたまらくなって、リウはブレザーを脱いでベンチに掛けた。


池に落ちてしまったかもしれないと思って、裸足になって池の浅いところを探していたが、いまだにネクタイピンは見つからない。


誰かが拾って教師や用務員に渡したのかもしれないと思って届けられたものを見せてもらったが、それらしきネクタイピンはなかった。


教室移動の合間に学校中を見て回ったが、やはりなかった。



 探すのに疲れて、ベンチに腰掛けた。


風が吹き、水に浸かっていた足を撫でて冷やしていく。


もしかして、アズサがネクタイピンをなくした場所は抜け道じゃなくて他の場所で、自分は全然見当違いの場所を探しているのでは無いだろうか。


そうだとしたら、アズサのためとはいえすごく無駄かもしれないな、という考えが脳裏を掠めた。


リウはぶんぶんと頭を振った。


日が傾き、虫やカエルの大合唱が聞こえてくる。


前にリウが助けたカエルも一緒に歌っているのだろうか。


ぼんやりと考えながら、池を見つめる。



 突然背後からガサガサと草を踏む音が聞こえ、振り返るとエリックだった。


「どう?見つかった?」


日々キョロキョロしているリウを見て、探し物をしていることはエリックにもわかったらしい。


「ない。ここら辺で探してないのは、あの池の真ん中だけ」


リウが指差すと、エリックは顔の前に手をかざして指差した方を眺めた。


池の中央の陸地からひときわ低く鳴くカエルの声が聞こえる。



 エリックが来たので、リウは池を渡って中央に踏み込む決心がついた。


もし池が深くて溺れたとしても、エリックが助けてくれるだろう。


リウはベンチから立ち上がり、池の水に足を踏み入れた。

 

「危ないよ。深そうだし。それに、泳ぐにはまだちょっと早いんじゃないかな」


「ヤバかったらエリックがなんとかしてくれるし」


「なんとかできたらね」


エリックの言葉を聞いて、リウはじゃぶじゃぶと池の中を進んでいく。


すねあたりまでの深さのところに差し掛かり、そこから一歩踏み出したところで体勢を崩した。


リウの予測に反して、今まで歩いていたところより急激に深くなっていて足が届かなかった。


自分が水中に沈んでいることが理解できず、リウは静かに溺れた。


「ちょっと!リウ、大丈夫?」


突然視界からリウが消えたことに驚いたエリックが声をかけたが、返事はない。


さっきまでリウが立っていたところに、ゴポゴポと水の泡が浮かんで消えた。


数秒のち、エリックはリウが深みにはまったことを理解した。


池の中を、水飛沫を跳ね上げながら走って水の中に手を突っ込む。


魔法も使わずにリウを深みから引っ張り上げて、浅瀬まで引きずっていく。


エリックの制服はずぶ濡れで、水に浸かった革靴が歩くたびにガポガポと音を立てた。



 ぜえぜえと肩で呼吸しているエリックと対照的に、愕然としたままのリウは黙り込んだままだった。


二人とも呼吸を落ち着かせながら、草の上に座り込んで今の状況を整理していた。


「なんとかしてくれてありがとう」


「なんとかなって良かったよ」


額に垂れてくる濡れた前髪をかき上げて、エリックがスラックスのポケットからビショビショのハンカチを出した。


ハンカチを雑巾みたいに雑に絞ってリウに投げたが、リウはそれを頭に乗せたまま、まだぼーっとしている。


リウの髪から水滴が落ちて地面に染み込んでいった。


頭の上のハンカチを取ると、ボソッとこぼした。


「生身じゃ無理だね」


ハンカチで顔を拭い、エリックに投げ返した。


頭を振って水を撒き散らすリウを見て「犬じゃないんだから」と、エリックはすでにずぶ濡れの腕で水滴を防ぐ。


水に濡れて冷えた体を、通りぬけていく風がさらに冷やしていく。


リウが大きなくしゃみをしてから「寮に戻ろう」と立ち上がった。



 寮までの抜け道を歩きながら、どうにかして池を渡れないかと考える。


水の上を歩けるような魔法はないのか、浮き輪の代わりになるようなものはないか、と案を出したところでリウが思いつく。


「舟とかあれば濡れずに渡れるかな」


「舟?」


「小さいやつでいい」


エリックは少し考えるような素振りをしてみせると、首をひねった。


「心当たりがある」


「ほんと?なんとかならないかな」


「なんとかしてくれると思うよ。人に貸しを作るのが好きな人だから」


どんな人なの?と思いながら、靴をガポガポ言わせながら歩くエリックの後に続いて寮に戻った。

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