第9話 アズサのなくしもの
翌日、リウは早めに起きて朝の支度をした。
自室でアズサが扉を叩きに来るのを待ち構えた。
扉が叩かれると、リウは急いでドアを開けた。
リウが出てくることを想定していなかったアズサは驚いた顔で立っていたが、「おはよう、リウ」と少し微笑んで挨拶した。
「おはようアズサ、食堂一緒に行こ」
リウが先立って
ラウンジを通って寮を出て、道なりに食堂へと向かった。
きのうの夜から考えてはいたものの、どう切り出せばいいのか迷っていた。
道中、当たり障りのない会話をしながらアズサの様子を注意深く観察していた。
やはり、いつもより沈んでいるように見える。
リウのためにモーニングコールを買って出るほど朝に強い自信があるアズサなので、朝だから元気がないというのは考えにくい。
結局本題を切り出せずに食堂に着き、朝食をとった。
期待していたほどワクワクしない授業を受け、昼食をとり、午後の授業を受けた。
抜け道で決めた通り、エリックはリウに近寄ってこなかった。
夕食前に寮のラウンジですれ違った時リウに目線を送ってきたが、リウが首を左
右に振ったのを見て小さく何度か頷きながら離れていった。
エリックの隣にいた兄のマックスが不審そうに二人を見た。
エリックに早く聞けとせっつかれたような気がして焦ったリウは、夕食のために寮から食堂までの道でアズサに話を切り出した。
「アズサ、最近なにか悩んでる?」
わずかに目を見開いて、アズサは「わかっちゃうかあ」と困り顔になり、足を止めた。
ネクタイの結び目を触って、遠くを見つめるような目をした。
リウがアズサの顔を覗き込むと、アズサもじっとリウの目を見つめ返した。
数秒見つめたあと、決意したように「うん」と頷いた。
「このあと、リウの部屋に行ってもいい?他の人にとっては大したことじゃないかもしれないんだけど、ちょっと人には聞かれたくなくて」
「もちろん」
夕食を終え、二人は足早に食堂を後にした。
一旦自室に戻った後、パジャマに着替えたアズサがリウの部屋の扉を静かに叩いた。
扉を開けて、アズサにベッドに座るよう勧め、自分はイスに座る。
アズサは意を決したように話しはじめた。
「私、去年の誕生日に貰ったネクタイピンを無くしちゃったの」
「ネクタイピンか。そんなに落ち込むほど大事にしてたんだね」
「うん。すごく大事にしてたのに、無くしちゃったのが本当にショックで……」
「どこで無くしたとかわかる?」
「それが……抜け道を通ったあとになくなってて」
アズサが曇った表情になり、言いにくそうにネクタイピンをなくした場所について言う。
嫌な思いをしたから抜け道を通りたくなかったのか、と気付いたリウは自分が抜け道を探すと買って出た。
「私が抜け道を探してみるよ」
力強く言うリウに曇った表情が和らぎ、アズサは申し訳なさそうに謝った。
「お安いご用だよ、毎日起こしてもらってるしね」と笑うリウにようやく安心したのか、少し笑みを浮かべてアズサは自室に帰っていった。
翌日、アズサの無くし物を探すためにリウは抜け道の池の周りを歩き回っていた。
あんなに落ち込むほど大事にしていたものだ。
家族か誰か、大切な人にもらった特別なものなのだろう。
しかもアズサは「蜂が嫌」だと言っていた。池の周りは虫が多い。
自分で探すのも限度があったのだろう。
自分が探して見つけてあげなければ。
使命感にかられ、リウは目を皿のようにしてアズサのネクタイピンを探した。
日があるうちはいいが、日が沈んだあとに探すとなると苦労した。
習った魔法を使って光の球を出して当たりを照らしてみたが、光の加減を間違えて出すと、明るすぎて手元が暗くなってむしろ見にくい。
しかも光の球の消し方がよくわからなかったリウは、出した球が消えるまで強烈な閃光を放つ球に照らされたまま探すことになった。
時間が経ってやっと球が消えた時には目がチカチカして、小さなものを探せる視界ではなくなった。
何度か光の球が消え、出すのを繰り返しているうちに上達してきて、ちょうどいい加減で光る球を出せるようになった。
ベンチの近くで何かが光った気がして拾ってみると、金属の小さな金属の板だった。
ネクタイピンではなかったことにガッカリして板を光にかざして見た。
板には男子生徒の名前が刻まれている。誰かのネームプレートらしい。
アズサのように、抜け道を使った誰かが落としたのだろう。
リウはネームプレートをスカートのポケットにしまって、再びネクタイピンを探した。
アズサの悩み事を聞けた日の翌日から、再びエリックと一緒に行動するようになったが、取り決め通りリウから何も聞き出そうとしなかった。
光の球の明るさを調節する方法はないかと聞いた時にはアドバイスをしてくれたが、リウが探し物をするためちょっと用事があるからと言った時にはついてこようとはせず、抜け道から戻ってきたリウをラウンジで待っていた。
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