第6+2話 日常 もらっちゃった

「エリックってさ、いつもお菓子持ってるけどどこから手に入れてるの?」


 リウは、エリックの持ってきたジャム入りクッキーのような焼き菓子をひとつ摘んだ。


ひとつひとつが綺麗な形をしていて、手作りとも店で買ったものともとれる。


食堂や喫茶室で貰ったものという可能性も捨てきれないし、誰かにもらったものかもしれない。


エリックはティーカップの中味をぐるぐるかき混ぜている。


「実家から。母さんがお菓子作りが好きなんだ。毎週僕らに送ってくる」


「お母さんの手作りなんだ。いつもありがとうって伝えておいて」


「手紙に書いとくよ」


生徒が家族宛てに手紙を送るには、書いた手紙を用務員に渡せばいいだけだが、入学してからまだリウは一通も手紙を出していない。


課題やら授業やらで忙しかったし、今まで家族に手紙を書いたことがほとんどなかったから、どう書けば良いのか迷っていた。


エリックの様子からすると、エリックは定期的に家族に手紙を送っているらしい。


リウは焼き菓子をかじって、紅茶をすすった。


「私も家族に手紙書こうかな」


「書いてなかったの?書きなよ。僕のレターセット、一組あげようか?」


「そっか、レターセットもないや。そういうのちゃんと持ってるんだね」


「購買部で買ったよ。ノートのページを破って便箋びんせんがわりにしようとしたらマックスに怒られたんだ」


「なるほどね。私もマックスに怒られる前に自分のレターセットを用意しなきゃ」


「……私の悪口か?」

  

突然背後から現れたマックスに驚いて、紅茶を変に飲み込んでしまったリウは激しくむせた。


ラウンジの奥にある代表生専用の事務室から出てきたらしい。


いつも通り無表情で、手に書類入れを持っている。


「違うよ。家族に手紙を書くのにレターセットが欲しいって話してた」


「レターセットなら購買部においてある。

家族に手紙を書くのに、ノートの端になんて書くな」


エリックをちらっと見て、次にテーブルの上にある焼き菓子に目をやる。


エリックはマックスの視線を追い、その先にあった焼き菓子が入っている箱をマックスの前に出した。


マックスは焼き菓子を一つ取って食べると、

「久しぶりに食べたけど変わらないな」と感想を言った。


「久しぶり」という兄の言葉を聞いて、エリックが少し驚いたような顔をした。


「え、マックスのとこには来てないの?」


「私の分もエリックに送ってくれと言ったんだ」


「通りで。最近量が増えたと思った」



 マックスは焼き菓子に触った手をハンカチで拭ってから、書類入れから何かを取り出し、リウに差し出した。


受け取ってみると、封筒が一枚と便箋が数枚。レターセットだった。


「くれるの?ありがとうマックス」


「早く家族に手紙を出してやれ」


マックスは現れた時と同じ表情のまま、男子の部屋がある方に歩いていった。

もらった一組のレターセットを広げて見る。


便箋も封筒も、青色をベースにしたシンプルで爽やかなデザインでマックスらしいものだった。


「もらっちゃった」


「良かったじゃん。早めに書いて出しなよ」


「そうするよ」



 その日、リウは自室に帰ると、机に向かった。


小学生の時の授業でしか書いたことがない家族宛ての手紙を書くのに、ああでもないこうでもないと書いたり消したりを繰り返した。


ようやく書き終えて寝る頃には、消灯時間すら過ぎていたのだった。

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