第7話 ハンカチは返さない
二年生からフジサキ魔法学舎に編入した
授業初日の日こそ扉に穴を開けんばかりの勢いで叩いてくれていたが、日が経つにつれて扉を叩く勢いは落ち着いていった。
たまにアズサと一緒に朝食のために寮から食堂に行く時、アズサは絶対に抜け道を使いたがらなかった。
入学当初は肌寒い日も多かったが、今は暖かい日ざしが気持ちの良い新緑の季節になっており、あまり手入れされてない自然豊かな抜け道には多様な生物――主に虫――がうようよしている。
「蜂が嫌」と言っていたアズサに、抜け道を使うことを強要するわけにもいかず、リウは大人しく遠回りの道を歩いた。
エリックとばかり一緒にいたので、リウはアズサが落ち込んでいることになかなか気付けなかった。
アズサと同じ風紀委員会に所属していたエリックの方がむしろ、アズサの表情が曇りっぱなしなことに早く気付いた。
委員会の会議で他の生徒に話しかけられた時に返事が遅れたり、議事録をとっていてペンを何度も取り落としたり、明らかにアズサの様子はおかしかった。
エリックは何かあったのかと遠回しに尋ねたが、アズサはなんでもないといって笑って誤魔化した。
エリックに遅れて、リウもアズサの異変に気付いた。
ラウンジでエリックが持ってきたお菓子を食べていた時だ。
アズサがティーカップをひっくり返してしまい、こぼれた紅茶がリウにかかった。
最初の一滴がリウの膝に落ちた瞬間に、エリックはリウにハンカチを差し出した。
一拍置いて状況を理解したアズサが慌てて謝り、タオルを取りに自室に行こうとしたが、それほど大量にかかったわけではなく、エリックのハンカチだけで対応できると思ったリウはアズサを止めた。
「大丈夫、紅茶も冷めてたし」
ごめんね、と繰り返すアズサに気にしないで、と言いながら膝に垂れた紅茶を拭った。
「アズサが紅茶をストレートで飲む人で助かった。エリックのカップだったら砂糖でベタベタになってたもん」と冗談を言うと、申し訳なさそうな顔をしながらも笑ってくれた。
アズサが紅茶をこぼした翌日の夜の自由時間、リウは寮のラウンジで近くにアズサがいないことを確認すると、話したいことがあるとエリックに耳打ちした。
宿題をやっていたエリックは、ここではダメなのかと移動するのを渋ったが、小声でアズサのことなんだけど、と告げるとすぐにテーブルに広げていた文房具を片付けた。
カラス寮を出ると、魔法を練習している生徒や、他の寮の生徒たちとおしゃべりしたりボードゲームをしている生徒が多くいたので、抜け道で話すことにした。
寮の入り口のガラス扉に向かって左側、植え込みを手で押さえ、寮の壁に服の肩を擦らないように注意しながら進む。
さらに左の植え込みの穴をくぐると正面に池、左手に
エリックやリウが抜け道を使いすぎているせいか、踏ま続けた下草が倒れ、獣道のようになっていた。
池の円周の、時計の文字盤で言うと1時か2時くらいの位置にあるベンチのところまで来た。
二人は、他の生徒がいないか周囲を確認してからベンチに座った。
このベンチもぬかるみ避けの板と同様、リウが抜け道を使うようになってから置かれたものだった。
誰が置いたのか、リウが興味がなかったわけではないが、今はベンチがいつ誰の手によって設置されたかより、友人の様子の方が気掛かりだった。
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