第5話 お役に立てましたか?
授業日初日の夜の自由時間、リウは寮のラウンジでソファの肘掛けにだらしなくもたれかかっていた。
隣に置かれた紙袋には、参考書だの資料集だの教師の手作り問題集だのが入っていた。
学期最初の授業はオリエンテーションのみで、教科書の内容に本格的に踏み込むようなことはなかった。
どの授業でもリウは終わり際、教師に呼び出されて課題を渡された。
二年生から編入したリウの一年分の遅れを取り戻すための
厚手の紙袋にも関わらず、重さで持ち手がちぎれそうになったので底を支えて寮まで持ち帰ってきた。
向かいのソファに座っているアズサは紙袋に目をやって、苦笑いした。
「わからないところは教えてあげるから、頑張って、リウ!」
「去年僕らがやった分だよ」
突然話に入ってきたエリックに驚く。
いつの間にかエリックがリウの背後にいた。
後ろからソファの背もたれに寄りかかって、腕を伸ばして紙袋の口を少し開いて中身を見た。
人差し指と親指を広げて中身の紙束の厚みを計っている。
出された課題の提出期限は短くはないが長くもない。
アズサに助けてもらったとしても、提出できるまではリウの自由時間の予定は決まったようなものだろう。
それから、リウは毎日時間があれば課題を進めた。
最初に出された課題に加えて、日々の授業で出される宿題も片付けなければいけなかったのだ。
授業の合間も早足で教室移動をして、次の授業が始まるまでの数分さえも無駄にしなかった。
食事もなるべく短い時間で済ませ、夜の自由時間も消灯時間までラウンジでアズサにわからない所を聞きながら課題に取り組んだ。
休日も授業のある日と同じくらいの時間ペンを握っていた。
ラウンジで課題を広げているとたいてい側にエリックが来た。
リウの隣に座りその日の授業で出された宿題をやっている日もあれば、ただお菓子をもぐもぐと食べているだけの日もあった。
ただ、リウがわからない問題にペンを止めると、すかさずエリックが横から助言した。
リウが全ての課題を終わらせようとしている頃には、エリックが隣にいるのが普通になった。
アズサが他の友人といる時はエリックと二人並んで授業を受け、食事をとった。
花を咲かせるほどのおしゃべりではなかったが、それなりに雑談もした。
失礼なことをお互いに言いまくっていたが、二人とも全く悪意はなく、当然傷つくこともなかった。
相変わらずエリックはあまり表情を変えなかったが、
エリックの笑顔と言える表情を初めて見たのは、リウが一番最後の課題を提出した夜の自由時間のことだった。
リウは課題を手伝ってくれたアズサとエリックを前に深々と頭を下げ、改まった態度でお礼を言った。
「二人とも本当にありがとう。おかげで無事課題が提出できた」
「おつかれさま、リウ。
これからはご飯もゆっくり食べれるし、夜も自由に過ごせるようになるね」
よかったね、と笑うアズサとは対照的に、エリックはいつも通り感情が読み取り難い表情でリウの右隣に座っていた。
ふと、リウはひそかに疑問に思っていたことをエリックに質問した。
「本当に感謝してるけど、エリックはなんで手伝ってくれたの?」
「なんでって、僕が風紀委員だからに決まってるだろ」
リウが思わず「えっ?そうなの」と口に出すと、それを聞いたアズサも驚いた顔をしてリウとエリックを交互に見た。
アズサの顔が、「なんで知らないの?なんで教えてないの?」と訴えていた。
エリックがリウの目を真っ直ぐ見て口を開く。
「僕、役に立ったろ」
少しだけ首を傾けて聞くエリックに、リウは笑顔を浮かべて返した。
「うん」
短い返事だったが、それを聞いたエリックは柔らかい笑みを浮かべた。
エリックの無表情に慣れていたリウは目を丸くした。
「笑ったとこ初めて見た。綺麗な顔してるんだしその方がいいよ」
「綺麗な顔だからそのままにしといたんだ」
自覚はあったんだ、と呆れ顔になったリウといつもの無表情に戻ったエリックのやりとりを聞いてアズサが声を立てて笑った。
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