第3話 失礼野郎エリック

 アズサが言った通り、エリックは先に食堂に着いていた。


カラス寮の生徒たちが固まっているテーブルの、一番端の席に座っている。


リウを見ると、何も言わず自分の隣の空いているイスを引いて背もたれを叩いた。


他に空いている席を探すのも面倒だと思ったリウは「どうも」と言って素直にエリックの隣に座った。


「アズサ、こっちこっち!」と遠くの方で女子生徒が手を振って呼ぶので、

アズサは「ごめんね」と言ってリウたちとは離れた席に行ってしまった。



 リウは周りを見回した。


同じテーブルの上座の方――リウたちの席とは反対側の端っこ――には、エリックの兄であり寮の代表生徒であるマックスがいるのが見える。


カラス寮生たちが固まって座るテーブルとは離れたところのテーブルには、リウのネクタイの色とは違う、白や紫のネクタイの生徒が同じように固まって座っていた。


テーブルの上にはご馳走が並べられ、既に生徒たちが好き勝手に取り分けて食べ始めていた。


どの皿も新入生の入学を祝うように華やかな料理が乗っていた。


多国籍な料理たちは、リウが食べたことのあるものも多かったが、名前や食材もわからない美味しそうなものもたくさんあった。



 リウは手始めに、目の前にあったちらし寿司を自分の皿によそった。


自分がよく知っている料理だったし、入学前日の夜に祖母がリウの門出を祝うために作ってくれたのと同じ料理だった。


きのうの夜に食べたばかりのはずなのに、久しぶりに見る料理のように感じた。



 取り分けスプーンを大皿に戻すと、間髪を入れずに右隣からペーパーナプキンに包まれた箸が差し出された。


エリックが左手でリウに箸を差し出しながらも、右手に持ったスプーンを止めずに野菜と肉の角切りを炒めた料理を口に運んでいる。


リウはエリックの器用さと気遣いに感心しながら箸を受け取った。


「ずいぶん気が利くね。ありがとう」


「どういたしまして」


 エリックはそれ以上話さなかった。


エリックが黙って食べているのを見て、リウも食べることに没頭した。


周りの寮生たちが楽しそうにおしゃべりしながら食べている中、リウとエリックだけが黙々と食事に集中していた。



 リウが満腹になった頃、料理はあらかた食べ尽くされていた。


空になった皿を給仕が下げていって、入れ替わりに食後のデザート――これもまた多国籍のかわいいお菓子――が並べられた。


コーヒーや紅茶を提供するために給仕が忙しく動いているのをリウが眺めていると、エリックが「こんなに気が利いてるのは今夜だけだよ」と言った。



「それってどっちのこと言ってるの?食堂?エリック?」


「初対面なのに失礼だね。食堂だよ。いつもはセルフサービスなんだよ。

給仕がいて世話をやいてくれるのは今夜だけ」



 失礼だとは指摘しながらも、エリックは全く気にする素振りがなかった。


リウも失礼なことを言ったのに欠片とも思っていなかった。


二人はその点では似た者同士だった。



 給仕が回ってきたので、二人とも紅茶をもらった。


エリックがすかさずシュガーポットとミルクピッチャーをリウの前に置いた。


砂糖もミルクも必要ないリウは無言でエリックの前に置き直した。


エリックは砂糖を二杯とミルクをたっぷり紅茶に入れた。


エリックがカップの中身をかき混ぜている横で、リウが熱い紅茶を冷ましながらすする。


ソーサーにティースプーンを置いたとき軽い音を立てたのが気になってエリックの方を見ると、エリックも気付いて体を少しリウの方に向けた。


先に話し始めたのはエリックだった。


「日本の料理と肉料理ばかり食べてたね」


「人が食べてるのを細かく見るのは失礼なんじゃない?」


「それは失礼しました。

あのゴンドラを落とすのに何を食べたらいいのか気になってね」


「ちらし寿司を食べたら良いよ。きのうの夜も食べたから」



 エリックは「来年はそうしようかな」と興味があるのかないのかハッキリしない返事をした。


エリックの視線が上にあがった。リウの頭髪明るい茶髪を観察しているらしい。


「それ、染めたの?」


「うん。わかる?」


 リウが自分の前髪をつまみながら聞き返す。


「わかるよ。眉の色と違う。魔法で染めたの?」


「まさか。市販の髪染めだよ」


「若いうちから頭皮にダメージ与えたら将来良くないハゲるよ」


「おばあちゃんにも同じこと言われた」



 エリックはリウの髪の下を透かし見ようとするように頭部をじっと見てから、紅茶を飲んだ。


 初登校で疲れているリウへの気遣いなのか、もともと言葉数が少ないタイプなのか、エリックはあまりしゃべらなかった。


リウの方に少し向けていた体すら、もうテーブルの方へ真っ直ぐに戻していた。

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