第2話 寮と風紀委員
入学式に遅刻してフジサキ魔法学舎に到着したリウは保健室にいた。
狂ったゴンドラの墜落の時に、
女性の養護教諭はリウの怪我の有無を確認し、体調はどうか尋ねた。
入学式に遅れてしまったことを心配するリウに、優しく「大丈夫よ」と言って飴玉をくれた。
「カラス寮の代表生徒が迎えに来てくれるそうですよ」
養護教諭はリウの首元の黒いネクタイを指差して言った。
フジサキ魔法学校は全寮制で、三つの寮がある。
紫がシンボルカラーのカワセミ寮、
白がシンボルカラーのヤマセミ寮、
そして黒がシンボルカラーのカラス寮。
入学前に届けられる制服のネクタイの色を見て、初めて新入生たちは自分の寮を知る。
リウは自分に届いた黒いネクタイを見た時、祖母と同じカワセミ寮ではなかったことを少し残念に思った。
祖母が「カラス寮に分けられたなんて、リウちゃんは将来有望なんだねえ」とフォローしてくれて、やっと自分がカラス寮になったことを誇らしく思えた。
保健室に、リウと同じ黒い色のネクタイをした男子生徒が入ってきた。
白髪――リウはプラチナブロンドをどう表現したらいいかわからなかった――のような色の前髪をきっちりと上げた、整った顔の男子生徒は自分よりものすごく年上に見えた。
フジサキ魔法学舎は六年制で、最上級生よりひとつ下の五年生から、各寮の代表生徒が選ばれる。
目の前の代表生徒はリウと三つか四つしか歳が違わないはずなのに、
大人っぽい雰囲気で堂々とした出で立ちだ。
制服のシャツのボタンは一番上まできっちり閉じ、
綺麗な結び目のネクタイは少しも曲がっていない。
スラックスの折り目もピンとしていた。
「カラス寮の代表生、マクシミリアン・ヴァーグナーです。
君が二年生に編入する新入生ですね。フジサキ魔法学舎へようこそ」
全世界から生徒を集めるフジサキ魔法学舎では、多様な言語を翻訳する魔法がかかっている。
男子生徒はリウの喋っている日本語とは別の言語を話しているのだろう。
やっぱ魔法ってすごいなと感心して、男子生徒への返答が遅れたことに気づいて慌てて頭を下げた。
「
「入学式に遅れたのは事故だったので今回は不問としますが、時間を守って行動するように」
マクシミリアンと名乗った男子生徒はニコリともせず、事務的に話した。
保健室を出て寮がある建物に案内されている間もほとんど言葉を発さず、無表情のように見えたので、リウは歓迎されている気がしなかった。
居心地の悪さを覚えつつも、移動中に周りを観察した。
生徒たちはみんな寮にいるのか、ほとんど見かけなかった。
校内は広く、どこも天井が高く感じた。
校舎の東側の門を出ると、同じような造りの建物が三つ見えた。
あれが寮の棟なのだろうか。
三つの建物のさらに奥に、木立のようなものが見える。
校舎から建物に繋がる道は平たい石がきっちりと敷かれ、形良く手入れされた植木や彩り豊かな花壇が道を縁取っていた。
どの建物も、アニメや映画の中で見たような建物ではなかったが、以前いとこに呼ばれて行った大学の文化祭で見た校舎のように綺麗だった。
リウが寮だと思っていた建物を通り過ぎ木立の近くまでくると、
木々に埋もれて建造物があるのがわかった。ここがカラス寮らしい。
寮の入り口は大きなガラス製の扉で、すぐ向こうはラウンジなのだろうか。
生徒たちが集まってゆっくり話すのには快適そうなソファやテーブルが置いてあるのが見えるが、人の姿は見えない。
人が見えないことを疑問に思ったのは、代表生が扉を開けるまでの数秒の間だけだった。
開かれた扉の中から生徒たちの
外からは見えなかったが、ラウンジにカラス寮の生徒たちが勢揃いしていた。
皆同じ黒いネクタイを着け、寮章のついたブレザーを着ている。
扉が開いて現れた代表生とリウに寮生たちの注目が集まり、興奮した声はますます大きくなった。
みんながリウを遠巻きに観察する中、男の子が近付いてきて代表生とヒソヒソと何か話していた。
男の子は代表生と同じ
奇抜すぎる到着をキメたリウのことを、みんなが知っていた。
遅刻をかまして入学式を中断させ、騒ぎの中心である本人は入学式に参加できずに初登校して十数分で保健室送りになった相当ヤバいやつだとみんなが思っていた。
「代表生の隣にいるのが編入生?」
「ゴンドラで落ちてきた子だよね」
「入学式に来れなかった子だ」
「静かに」と言う代表生の声が、騒がしかった中で不思議と響いた。
声を張っているようには見えないことを考えると、これも何かの魔法を使っているらしい。
寮生たちが口を閉じる。
「これでカラス寮の全員が揃った。
彼女が二年生として編入する
アズサ、彼女の部屋まで案内してやってくれ」
代表生徒が淡々と告げると、同い年くらいの黒髪の女子生徒が前に進み出てリウに握手を求めた。
「私、
差し出された手を握り返すと、アズサはニッコリと笑った。
代表生と違って仲良くできそうな余地があって安心した。
生徒たちがまた好き勝手に騒ぎ出す。
代表生が一言発した瞬間だけ休んだおしゃべりは、蜂の巣をつついたような騒がしさだった。
代表生は腕を組みながら、先ほど近寄ってきた同じ
男の子は相槌をうつように頷きながらリウの方を見た。
目が合ったと思うやいなや、男の子は慌てて目線を代表生の方に戻した。
リウはその目線の外し方に、不思議と悪い印象を受けなかった。
それどころか、さっきとっつきにくいと思ったのも的外れだったかもしれないと考えた。
アズサがこっち、と言ってリウをラウンジの奥へと呼ぶ。
「よろしく、アズサ。
私の荷物なんだけど、保健室に行ってる間にどこかに行っちゃって……」
「もう部屋に運ばれてるはずだよ。心配しなくても大丈夫」
アズサの後についてラウンジの奥にある
上がりきった先に伸びる廊下は等間隔で照明が点いていて、ホテルのような雰囲気だった。
これまた等間隔に扉がずらりと並んでいる。
「男子生徒は階段をあがれないの。男の子は入ってこないから安心してね」
立ち止まったアズサがリウに向かって微笑んだ。
そうなんだ、と返事する。
アズサが並んでいる扉のうち、一番手前の扉を開けた。
「ここがリウの部屋」
「私だけ?寮は相部屋だって聞いたけど」
「リウは編入生だし、この部屋少し狭くて一人しか入れないから」
リウは部屋の中を見ながら納得した。
ベッドと机が一つ、簡素な洗面台だけで部屋はいっぱいだ。
ベットの脇に自分トランクが置かれているのを見て安心した。
机の上には翌日からの授業で使うであろう教科書が積まれていた。
「個室は嬉しいけど、一人だと寝坊しちゃいそう。
マクなんとかっていう代表生に時間を守れって言われたのに」
「マクシミリアンでしょ。皆マックスって呼んでる。
マックスが時間に厳しいのはいつものこと。
大丈夫、この部屋一番手前だし、私がラウンジに行く時に毎朝起こしてあげる」
「ほんと?ありがと、アズサ」
リウが荷解きをしている間、アズサは邪魔にならないよう部屋の端っこに寄っておしゃべりの相手になってくれた。
まだ校内を全然知らないリウにとって、アズサが学校のことを教えてくれるのはありがたかった。
教師陣のこと、この後の夕食のこと、明日からの授業のこと、在学期間が一年長い同学年の先輩は色んなことを教えてくれた。
しかし、どうしてあんな初登校の仕方をしたのかは聞かれなかった。
リウにもわからなかったので、これ幸いとリウも言わなかった。
おしゃべりに手を止めながらも、あらかたの荷解きが終わった頃には夕食の時間になっていた。
食堂は寮内に無く、生徒たちは校舎のすぐ北にある食堂棟で食事をとる。
リウもアズサと一緒に急いで食堂棟に向かった。
各寮のうち、カラス寮は食堂棟から一番離れていたからだ。
食堂棟自体はカラス寮の西側にあり、距離としてはさほど離れていない。
しかしカラス寮は木立と低木に囲まれている上、食堂棟との間には池がある。
それらを
リウは代表生と歩いてきた道を思い返し、アズサに遅れないように歩いた。
ラウンジに、先ほど代表生とヒソヒソ話をしていた男の子が一人でソファに座っていた。
早足で歩いていたアズサの歩調がゆっくりになる。
男の子がリウたちを見た。
「君たちで最後。時間に遅れないように。急いで」
行った行った、とリウたちを急かすように手をひらひらさせた。
アズサが「あなたもね」と返した後、ため息をついて再び早足に戻った。
「今の子、誰? あの子は間に合うの?」
寮を出て少し離れたところでアズサに聞いた。
「今のはエリック。代表生のマックスの弟。私たちと同じ二年生」
アズサは歩調を緩めずに寮を振り返り、また前を向いた。
「エリックは抜け道を使って行くつもりなんだと思う。きっと私たちより先に食堂についてるよ」
「抜け道?」
「カラス寮って木に囲まれてるでしょ。
その間を抜けて、池の近くを歩いて食堂まで行ける抜け道があるの」
「私たちもそっちから行った早いんじゃない?」
「そうなんだけど。蜂が飛んでて嫌なの。
リウだって新しい制服を木の枝にひっかけて破きたくないでしょ」
それもそうだね、と
抜け道のことを聞いている間に他の寮棟を過ぎ、本校舎の横を通り過ぎて、
やっと食堂棟に辿り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます