LとE〜魔法学校に入学したけれど、杖もホウキも使わず、大層な魔法は使わない。〜
佐藤祥万
春
第1話 初登校したら落ちた
「どうしてこんなことになっちゃったのかな」
少女を乗せたゴンドラリフトは狂ったように空中を小刻みに移動していた。
「狂ったように」というが、実際狂っていた。
新入生・
リウはきょうという日が来るのを待ち望んでいた。
「来る人にしか来ない」という魔法学校への入学案内を受け取った日から、この入学式の日を指折り数えて待っていた。
魔法を勉強するための学校であるフジサキ魔法学舎は、本来十二歳で入学する。
どういうわけか、リウはその歳を一年過ぎた十三歳になってから入学案内を受け取った。
その上、リウが受け取った入学案内には一年生からではなく二年生として編入してくださいと書いてあった。
しかし、入学案内を受け取った十三歳のリウはそのことすら気にも留めず狂喜した。
去年、入学案内が届かなかった時は食事をとらず部屋に引きこもるくらい落ち込んだ。
魔法使いである祖母は「魔法くらいおばあちゃんが教えてあげるから」、
魔法使いではない父親は「普通の学校だって楽しく過ごせる」
と三日間の説得の末、引きこもるリウを部屋から出すことに成功した。
入学案内を手にしたリウは落ち込んだ分を取り返すべく、夕飯の時に何杯もご飯をおかわりし、家中を踊りながら移動した。
孫の狂喜乱舞につられ、祖母も喜んでくれたが一緒に踊ることは断固拒否した。
娘の奇行を横目に見ながら、父親は入学のしおりに目を通していた。
必要なものは全て入学時に学校側で用意するが、日常生活に必要なものはこちらで用意するように書かれている。
特別なものを用意する必要はないらしい。
父親は踊り続ける娘を見た。
入学式前日、リウは気合を入れるため髪を染めた。
風呂場から明るい茶髪で現れたリウを見て、父親は「張り切ったね」と賞賛とも激励とも言えない感想を漏らした。
「おばあちゃん、どうかな。似合う?」
「髪の色を変えたいならおばあちゃんが魔法で変えてあげたのに。子供のうちからそんなことすると将来髪が薄くなっちゃわないか心配だよ」
祖母は孫の頭皮の心配をした。
入学に先駆けて届けられた制服のブレザーを抱きしめて家中を跳ね回り、
大量のリウのお気に入りの生活用品を持っていくかどうかで祖母とああでもないこうでもないと言い合っているうちに入学式の日になった。
リウは朝起きると、祖母のお下がりの大きなトランクケースの中身を確認してから閉じた。
真新しい制服に着替え、鏡の前で何度も髪型を確認した。
家族と朝食をとると、自室に戻って学校からの迎えを待った。
窓から外を見ると、祖母が玄関の前をホウキで掃いて掃除しているのが見えた。
祖母もフジサキ魔法学舎で魔法を学んだ魔法使いで、年に一度か二度は旧友が訪ねてきていた。
祖母と同じ寮だったという老人たちに魔法学校の話を聞くたびに、リウは自分も魔法の学校に行くんだと言って、市販されているアニメの魔法使いの杖のおもちゃを構えて見せた。
老人たちは「杖は今はもうほとんど使ってないよ」と言いながらも、魔法使いに憧れる少女を見て微笑んだ。
やがて、車輪も馬もない馬車のような箱――ゴンドラリフト――が、祖母が先ほど掃いていたあたりに音もなく現れた。
突然現れたゴンドラリフトを見たリウは、驚きより興奮の方が勝っていた。
トランクケースを引っ掴んで勢い良く自室の扉を開けると、父が額をおさえてうずくまっていた。
迎えが到着したことを知らせに来たところで、リウが開け放った扉が額を直撃したらしい。
足元につるが片方なくなった眼鏡が落ちている。折れたつるはどこにも見当たらなかった。
「お父さん、眼鏡大丈夫?」
「お父さんは大丈夫。眼鏡は大丈夫じゃなかったけど。お迎えが来たよ」
「うん、もう行かなきゃ」
「下までカバン持つよ」
「ありがとうお父さん」
父は壊れた眼鏡を拾って立ち上がり、片手で眼鏡を抑え、反対の手でリウの重いトランクケースを持って階段を降りた。
リウは父に続いて階段を降り、玄関で新品のスニーカーを履いた。
玄関の戸を開けると、ゴンドラリフトがドアを開けてリウが乗るのを待っていた。
自室の窓から見るより大きく感じる。
祖母が懐かしいというように目を細め、ゴンドラリフトを眺めていた。
つっかけを履いてよろよろと歩いてきた父からトランクケースを受け取る。
「いってきます!」
リウは両手でトランクケースを持ち、胸を張って言った。
「体に気をつけて。つらかったら戻ってきてもいいからね」
こめかみあたりで眼鏡を支えている、魔法使いではない父は心配そうに言った。
親の心子知らず、リウは「大丈夫だもん」と口を尖らせて返した。
「リウちゃんなら大丈夫。これね、おばあちゃんから入学祝い」
祖母の差し出したものがペンダントだとわかったリウはトランクケースから手を離さず、頭を下げてそのまま直接首にかけてもらって受け取った。
「ありがとうおばあちゃん。大事にするね」
うんうんと頷いた祖母は、孫の期待と興奮が映る目を見た。
その気持ちが心に移ったように大きく息を吐いて、孫の背中を力強く叩いた。
父は眼鏡を支えていた手を下ろして、空いた手で目の端をぬぐっていた。
父の涙を吹き飛ばすように、リウは思いっきり口角を上げ、大きな声で言った。
「じゃあ、いってくるね!」
両手にトランケースの重さを感じながら、リウはゴンドラリフトに乗り込んだ。
リウを乗せた数分後、
一瞬、窓の外が真っ暗になって、次の瞬間にはどこか別の場所の上空にいた。その直後、ゴンドラリフトは空中で小刻みに跳ね出した。
「魔法ってスゴいなあ」と窓に張り付いていたリウは顔面を窓ガラスに打ち付けた。
自分が扉を直撃させた父の痛みを理解した。
窓のへりにしがみつきながら必死に外を見ると、はるか下の方に建物が見えた。
どうやらあれがフジサキ魔法学舎の校舎らしい。
木立と湖に囲まれ、近くには校庭のような場所も見える。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろ、ほんと」
もう一度同じ独り言を言って、窓のへりから手を離して座席に身を任せるように座った。
床に置いたトランクを座席に引き揚げて抱きかかえる。
揺れにうんざりしながら腕時計を見ると、自分が入学式の開始時間に三十分も遅刻していることを知った。
「どうしよう、退学かな」
数時間前に涙ぐみながら送り出してくれた父とまたすぐ再会するのはバツが悪いな、と考えているとゴンドラリフトの揺れが止まった。
窓の外を見ようとした矢先、ゴンドラリフトが急降下――というより、ほとんど落下――しているのを感じた。
まさか死にはしないでしょ、と気楽に捉えたリウは着地の衝撃で抱えたトランクケースごと座席から床の上に投げ出された。
床を転がりながら、お尻の痛みにうめいているとドアが開いて温かい風が吹き込んできた。
狂ったゴンドラリフトはフジサキ魔法学舎の庭園に墜落した。
庭園の前に建つ講堂の前では入学の式典が行われていて、新入生から在校生までの全校生徒、教師陣が集まっていた。
開始時間に新入生が一人来ていないことを除いて、入学式は滞りなく進んでいた。
そして滞りなく三十分ほど進んだところで、庭園に何かが降ってきた。
地響きのような大きな音に、まず教師陣が何ごとかと講堂から外へと飛び出し、落ちてきたゴンドラリフトを見つけた。
教師陣につられ、在校生たち、さらには新入生も講堂からぞろぞろ出てきて、ゴンドラリフトの周りに集まった。
集まった中から何人かの教師が進み出てゴンドラリフトの中を確認した。
床の上に新入生が転がっているのを見た養護教諭が慌てて走ってきた。
庭に出てきた生徒たちの中の一人、プラチナブランドの髪色をした顔の良い男子生徒がぼそっと言った。
「何食べたらあのゴンドラが落ちるんだろうね」
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