その③
目を開けた時、光の中に立っていた。
どこだ、ここ…? と思おうとした瞬間、すぐに気づく。
「…ああ、死んだのか」
脱力した僕は、ふにゃりと笑い、肩を落とした。
「死んじゃったかあ…」
後悔に塗れていたが、もう、いいや…。もう僕は、十分頑張ったよな。
その時、僕の肩を、誰かが叩いた。
「青葉君」
聞き覚えのある声。
顔を上げ、振り返ると、そこに、死んだはずの静江さんが立っていた。
「…あ」
感情が沸き上がるよりも先に身体が動いて、僕は彼女に抱き着いた。
涙にぬれた顔を、彼女の胸に押し付け、慟哭する。
「ああああああああああっ! ああああっ! ああああああっ!」
柔らかい。温かい。良い匂いがする。
静江さんだ…。
「よく頑張ったね。偉いよ」
静江さんは僕を抱きしめ、頭を撫でた。その懐かしい振動に、僕の心に喜びが宿り、一層声をあげて泣いた。
一通り泣いたあと、僕は恥ずかしくなって静江さんから離れた。
その時、静江さんの周りに、他に人がいたことに気づく。
赤波夏帆、尼崎翔太、そして、幸田宗也と、間宮穂乃果だった。
みんな穏やかな顔をして僕のことを見ている。
ああ、やっぱりここは天国なのか。僕は、死んだのか。
その事実を突きつけられた途端、僕の胸にはまた、寂しさが過った。
「ごめんな」
僕の声がした。いや、幸田宗也のものだった。
幸田宗也は、一歩前に出ると、僕の頭を撫でた。
「僕のせいで…、お前には、迷惑を掛けた」
「よしてくれよ」
僕は彼の手をやんわりと押しのけた。
「…もう、いいんだよ」
「本当に…、ありがとう」
幸田宗也は涙を堪えるように、そう言った。
幸田宗也が、僕を抱きしめる。その時、コーヒーにミルクを入れるような、とろんとした感覚が、僕の胸の奥に流れ込んできた。魂と魂が、溶け合っているような気がした。
幸田宗也は僕を抱きしめたまま言った。
「今度こそ、上手くいくように、願っているよ」
いつの間にか、僕と幸田宗也を、赤波さん、尼崎さん、間宮さん、静江さんが囲んでいて、みんな僕たちを優しく抱きしめた。すると、また熱いものが身体に流れ込む。
勇気が湧いてくる。
「いいか、青葉よ、よく聞いてくれ」
僕を抱きしめたまま、幸田宗也は言った。
「お前はこれからも、人に後ろ指を指されて生きていくことになる…。青葉を構成する僕の細胞が、生きる足枷になる…」
「いいんだよ、僕はもう」
「でも、僕たちのことは気にするな」
その言葉に、はっとする。
「僕のことは、もう気にするな。何を言われても、何をされても、胸を張って生きていけ。お前なら大丈夫だ。お前は静江の死を慈しんだ。お前は、梨花に手を差し伸べた。お前は必死に生きた。そしてお前は、身を呈して命を救った…」
「…うん」
「それが、お前がお前である、証明だ」
僕から身体を離す。彼は、目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「殺人鬼の僕には、できなかったことだ…」
その瞬間、彼の輪郭が薄れた。ぼやっと光り、まるで風に吹かれた砂城のように崩れていく。光のある方へと、飛んでいく。彼だけじゃない、静江さんらも、半透明になって消えていく。
「あ…」
待って。という言葉が、出てこなかった。ただひたすら、見開いた目から、熱い液体がボロボロと零れるばかりだった。
待ってよ…。まだ、話したいことが沢山あるんだ…。
消えゆく時、幸田宗也は静かに言った。
「想いは託した…、後はそれを、どう使うかだな」
そして、笑った。
「じゃあ、元気でな。篠宮…青葉」
その言葉を言い残して、彼らは消えた。
取り残された僕は、突然、何かに引っ張られ、意識を失った。
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