その③

 心臓が爆発したみたいに脈を打った。

 僕が青い顔を、記者たちはいっせいに写真に収める。「ああ、やっぱり幸田宗也だ」「殺人鬼のクローンだ」と、ぶつぶつ言いながら。

 彼らが持つレフカメラを破壊してやろうかとも思ったが、そんな余裕が無かった。

今に過呼吸を起こしてぶっ倒れそうな僕に、記者たちはさらに質問を浴びせてきた。

「すべて幸田さんが仕向けたことなのでしょうか?」「生物学としては素晴らしいという意見もありますが、倫理的問題をどう考えますか?」「殺害された尼崎翔太さんとはどんな関係で?」「間宮さんのクローンは今どこにいるのでしょうか?」

「ああ! もう、うるさい!」

 記者の言葉を無視し、バタン! と扉を閉め、鍵を掛けた。

 相変わらず、ドン! ドン! と叩かれる扉に背をもたれ、震えた息を吐く。

「幸田さん! 答えてください!」「一人の女性の命と、二十六人の命! 天秤にかけられるものなのですか!」「幸田さん! 遺族に対して謝罪は無いのですか!」

「…くそ」

 耳を塞いでも、彼らの声を遮ることはできなかった。

 強く閉じた瞼の裏に、また、昔の記憶が過る。

 あれは、まだ、僕が幼い頃のこと…。里親の静江さんと一緒に暮らしていた時のこと。

 僕は一度だけ、静江さんに聞いたことがあった。

「ねえ、どうして、幸田宗也は、人を殺したの?」

 当時、僕は通っていた高校で虐められていた。

 いじめっ子はみんな口々に、「人を殺したら罰を受けなければならないんだ」と言っていた。その言葉を免罪符に、僕を、殴ったり、蹴ったりしていた。

「なんで、そんなに悪いことを、幸田宗也は、やっちゃったの?」

 続けてそう聞くと、静江さんは料理をする手を止めて、とても悲しそうな顔をした。

 上を向き、下を向き、そして、涙をぽろりと流した。

「そうだね…、確かに、幸田宗也さんのやったことは、いけないことだね。酷いこと。絶対に、許されたらいけないこと…」

「じゃあ、なんでそんなことを、やったの?」

 ますますわからなくなった僕は、感情の高ぶりを感じながら、さらに聞いた。

 その瞬間、静江さんがしゃがみ込み、僕の小さな身体を抱きしめた。

「これだけは、知っておいてね…」

 静江さんの柔らかい胸に顔を埋める。

「これだけは、わかっておいて」

 静江さんの声が、震える。

「にいさん…、良い人だった。優しい人だった」

 にいさん…? 幸田宗也のことか?

「私の、大好きな人だった…」

 静江さんの心音が高まり、脈が逸るのが分かった僕は、反射的に彼女を抱きしめていた。

 鍋が煮えている。リビングのテレビからは、夕方のニュースが流れている。

「ただ、その優しさの使い方を、間違えただけなの…」

 あの日、静江さんは言った。

 幸田宗也は、優しい人だと。幸田宗也は、良い人だったと。

 そして、幸田宗也は、その優しさの使い方を、間違えたのだと。

「…優しさの使い方を…、間違えた…?」

 我に返った僕は、記憶の中の静江さんの言葉をなぞった。

 視線を落とすと、薄暗い台所の床に、週刊誌が落ちている。

 恐る恐る、手に取って開く。

 そこには、二十年前に起こった事件の全貌が記されていた。

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