山の上には
4人の願いが天に通じたのか、前日までのぐずついた空模様が、出発の土曜日の朝には雲ひとつない晴天となった。
最後に集合場所に現われたのは、やはりダニエルだったけれど、集合時間から2~3分遅れといった所だったので、誰も目くじらは立てなかった。彼にしては上出来だ。
自転車を一ヵ所に寄せて山道へと足を踏み入れる。ダニエルはスーパーのビニール袋を取り出して、それでサドルを覆った。以前くらった鳥のフン攻撃は、二度と御免と感じているようだ。
普段から歩き方に特徴のあるダニエルだが、他の3人と比べて明らかに膨れ過ぎたリュックによって、いつも以上にえっちらおっちらと不格好な様になっていた。
「なんでそんなに大荷物なんだよ。引っ越しでもする気か?!」
遭難した時に備えて、寝袋とLEDランタンが入っているとダニエルが種明かした時、「遭難なんてありえない!」と3人は同時に突っ込んだ。
余計な荷物は自転車のカゴに置いてゆくように、という3人の一致した意見に、ダニエルは従うしかなかった。
カゴの上にかけるビニール袋がない事と、盗まれないか心配であることを懸念するダニエルを「こんなトコで盗まれないし、そもそも、それなら自転車ごと持っていかれる。それに鳥のフンはすぐ取れる」と説き伏せた。
すると今度は自転車の盗難を心配し始めたダニエルだったが、「取り合っていられない」と3人ともそれを黙殺した。
ただ、予め服装と靴を山歩き用に適したものにするよう4人で取り決めており、その点はダニエルも合格だった。デービッドの小言が少なくて済んだのを、M同盟の2人は歓迎した。
そのデービッドは鼻の下が赤むけていた。
尋ねても「うん、まあな」とはぐらかしばかりだったけれど、しばらくして髭を剃ろうとして失敗したことを白状した。
「髭剃りなんて、まだ必要ないだろ?」
「うん、まあな、ちょっとやってみたかったのさ」
鼻の下をポリポリと掻きながらデービッドはそうはにかんだ。触っても大丈夫なら、そんなにヒドい赤むけではなさそうだ。
空は高く、気温も適温、そよ風も心地よく、山登りにはもってこいのコンディションで、4人の足取りは軽かった。MとDの両同盟締結の調印式は昨日済ませている。あとは儀式を果たすだけだ。4人にとって小学校生活の集大成となる小旅行と山での儀式を思うと意気軒高だった。
「ワンザに新しい店ができてただろ。そこで買ってもらったんだ!」
デービッドはリュックサックを新調していて、有名メーカーのロゴが燦然と輝く、鮮やかな青色のそれを自慢げに披露した。
「全員、水筒はあるよな?」
これも忘れず持ってくるようにと4人で示し合わせていた。
「中身は何だい?」
「オレ、ゲータレード」
「ぼくはセブンアップだ」
「ぼく、水・・、ミネラルウォーターだけど」
「半分だけ、凍らせてきたか?」
「もちろん!」
全部凍らせてしまった誰かさんは、叱責を逃れる為に「ちゃんと半分だけ」と嘘をついた。でも、それは最初の小休止の時にバレるのだけれど。
ルートはデービッドが完全に把握していた。
「前に兄貴と行ったことがあるんだ。任せとけって」
それ聞いて〝やっぱりお兄さんがいるのっていいな〟とマックスは思った。
4人とも水筒以外の荷物の中身は、ほぼお菓子だった。マックスは前日にマルロと2人で一緒に買い出しに行っていた。お菓子売り場を巡って色々悩むのは、どうしてあんなに楽しいんだろう。
道中はクラスメイトの噂話をしたり、互いにクイズを出し合ったりして過ごした。流行りの替え歌を、更にちょっと下ネタな感じにアレンジして歌ったりもした。
普段遊ぶ、町中とは違う景色の流れは新鮮で、時々上空を横切る鳥を指差しては、「あれはカケスだ」「いや違う、ウズラだ」と論議したり、見慣れない昆虫を見つけては「新種なんじゃないか?」とはしゃいだりした。
「新種なら、僕たち有名人だね」
「第一発見者ってヤツだな」
「儲かるかな?」
「取材されて、ニュースに名前が出るだけさ。金なんて入ってこないって」
「な~んだ、がっかりだ・・」
最新のゲーム機や、マウンテンバイク、携帯電話、欲しいモノがいくらでもある年頃だ。
「でも命名権ってヤツがもらえるぜ。最初に見つけた人間が名前をつけていいんだ」
「さっきのアレは図鑑で見た気がするなぁ・・」
「ああ、アレは違うって。名前は知らないけど、オレもどっか他んトコで見たような気がする。どこにでもいる虫さ」
「ますますがっかり。お金はあきらめるけど、命名権は欲しいなあ。ダニエルバグとかいいよね」
「ダニエルスネイル(カタツムリ)じゃないのか?」
「ハハッ、のろまなお前にピッタリだな。LL!」
「ゲイリーのお友達かよ?!」
「ゲイリーのゲイ・フレンドだ!」
笑う3人に、ふくれっ面のダニエル。
(※ゲイリーは子供向けアニメ『スポンジボブ』で主人公ボブがペットとして飼っているカタツムリの名前)
「兄貴は車で通学するようになってから、時々、学校をサボって遊びに行ってた。でも親には絶対にバレなかった。どうしてだ?」
「どうしてだ?」
「だからそれを考えろって。なぞなぞだぜ」
「親の目が節穴だから?」
「嘘が上手だからか?」
「おしい! 正解は免許を取得した(obtain lie-sence)からさ」
「車と嘘のセンスがあったら、親は騙したい放題で好きなトコに遊びに行けるな!」
「いーや、兄貴を見てたら、大概はバレて大目玉だったさ・・」
「デービッド、もうバンド組むのはあきらめたのか?」
「ああ、やっぱ面倒くさいって。それに何か必死こくのもカッコ悪いしな」
「面倒くさいといえばさぁ、今週の作文の宿題だよね」
「小学校の思い出を書けってヤツだな。たしかに面倒だ」
「何を書きゃあいいんだよ?」
「ぼくたちはやっぱり船の事だよね」
「そんなコト書いたら怒られるよ。『また危ないことしたのね!』って」
「確かにそうだ。それを書くのはまずいぞ」
空中分解ならぬ、水上分解した発泡スチロール船。事件直後は4人の間に険悪な雰囲気が流れていたが、しばらく経つと「また作ろうぜ!」「いや、あれはもういいよ」と笑い話になった。
時間がクスリになる、というのは真実だし、特に子供時代はキズの治りも早いのだった。
途中、道沿いにオートキャンプ場があった。
シーズン前なのか、看板があるだけで、キャンプ客も職員も見当たらなかった。
その脇にある小さな池の手前側はオニバスがびっしりと群生し、向こう側の水面がのぞくスペースには四羽の鴨が泳いでいた。
〝ここ、前に誰かと一緒に来た気がする。誰かと一緒に虫取り網で何か捕まえたんだ・・、カール叔父さんと来たんだったっけ?〟
でもそれは記憶ちがいだったのかもしれないし、虫取りをしたとしても全然ちがう他の場所だったのかもしれない。
〝きっと、ずっと小さい頃の出来事なんだな〟と、マックスは思い出すのをあきらめた。
オートキャンプ場を通り過ぎてしばらく行った先に、木の上にある蜂の巣をマルロが見つけた。
「ほんとだ、あるや」
「あんな枝の陰なのに、よく見つけたね」
デービッドが石を拾って、巣に向かって投げようと素振りをした。
「止めなよ、危ないって!」
「何だよ、ビビってんのか? 新種の蜂かもしんないぜ」
石は巣にかすりもしなかったけれど、息巻いていたデービッドも石が手を離れた瞬間、すぐ背を向けて逃げ出し、3人もそれに続いた。
目的地に近づくにつれ、勾配が少しづつ険しくなってゆき、時々、小休止して、景色を眺めたりバカ話をしたりした。
「インディアンプラットフォームまで、あともう半分ってトコだ」
「腹が減ったよ」
「うん、食べよう」
めいめいが買ってきたスナックを取り出し、袋を開いた。
「やっぱりチェダーチーズ味が一番うめーよな」
「僕はサワークリーム味の方が好き」
「両方、いっぺんに食べると面白い味になるかも」
お互いのを少しづつ交換して、「この組み合わせは当りだ」「これはイマイチ」と、色々と試しては、どのマッチングが一番かを探った。
M同盟の2人はタコス味とサワークリーム味の組み合わせで一致したけれど、他の2人とは意見が反った。
「ま、味の好みはそれぞれだしな」
優勝はなし、という事で4人とも納得し、それぞれが編み出した組み合わせレシピは、週明けにクラスメイトに披露するつもりでいた。
ダニエルは水筒の中身を全部凍らせたのがバレた後は、開き直って、道中ずっと水筒を振りながら歩いていたので、しばらくすると多少なりとも飲める量になっていた。ただしそれは胃袋に響く程、キンキンに冷たかった。
「なんだか、お腹がもたれるや」
「ダニエルは食べすぎだよ」
「そうだ、デカい上に太ったら終わりだぞ」
「ミランみたいに?」
「ああ、あいつ最近、すげーデブったよな」
「だよね、ちょっと前まではどっちかっていうと細かったのに」
「チキンが好き過ぎるからだ。この前カフェテリアで脇を通った時に、皿にてんこ盛りだった」
「あいついっつも、そうだよ」
「その内、トサカが生えてくるんじゃないか?」
ダニエルの腹がこなれ、調子が整うのを待って、4人は再び歩き出した。
「ダニエルは中学に行ったら、何かクラブ活動とかやるの?」
「どうしようかな。ウチはお姉ちゃんが吹奏楽部だけど、お母さんが迎えに行くのがめんどくさいって言ってるし・・」
「バスで帰って来れないの? 中学になったら一人で乗っても大丈夫でしょ?」
ダニエルのお姉さんや、マルロのお兄さんの通う中学校では、下校時のスクールバスを逃すと、個々人でバスで帰宅するか、親の迎えが必要になる。
「ウチの方向へは、バスの本数が少ないんだ」
「そうなんだ」
「おかあさんのイライラメーターが上がると、色々やりづらくなるしね」
「お姉さんとおなじ吹奏楽部に入ればどうかな? それならお母さんの手間は今までと同じなんじゃない?」
「ダニエルは吹奏楽って感じじゃないよな」
「うん、僕もイヤだよ。吹奏楽なんて」
「じゃあ、何がやりたいんだ」
「うーん、特に何もないかなぁ・・」
後でこっそりと合唱部に興味があるのだと、ダニエルはマックスだけに打ち明けてくれた。
「2人には言わないでね。笑われるから」という念押しと共に。
高度が上がり、見下ろす景色が広範になるにつれ、山に登る高揚感が増し、4人共おおらかな心持ちになっていた。行程が進むにつれ、勾配がややきつくなり、道も細くなってきた。
「ここからはふざけて押し合ったりするのは禁止だ。道の脇に落ちたら危ないからな」
マックスは自転車で道の端から転げ落ちたのを思い出しながら、その言葉を聞いていた。
デービッドの横に並んだ時に、最近のお兄さんの具合を聞いてみた。
「ああ、鉄工所の仕事、なんとか続いているよ」
「じゃあ、ずっと家にいるんだね」
家にいる、とはこの町に居続ける、つまりお兄さんがずっと側にいてくれるという意味でマックスはそう言ったつもりだった。
「兄貴は好きだけど、女に逃げられるとか、海兵隊に入り損ねたとか、カッコ悪いよ・・」
あんなにいつもお兄さんの話をして、お兄さんの事を好きだって言っていたデービッドの口からこぼれる意外な言葉を、マックスは黙って聞くしかなかった。
「父ちゃんも文句言ってる。『根性なしだ』って。オレも兄貴の腑抜けちゃった姿は見たくないな・・」
隣で何も言わなくなったマックスに気付かぬまま、デービッドはつぶやいた。
「やっぱり町を出るのは海兵隊しかないのかなぁ・・」
「大学に行くっていうのはどうだ?」
後ろにいたマルロの耳にその言葉が届いたようで、話に加わってきた。
「バカ言うなよ。オレたちの中で大学に行けるとしたらマックスくらいだろう?」
「そんなコトないさ。やりようにようっちゃあ、オレたちだって行けない訳じゃない」
「大学なんか行ったっていいことないよ。ホーの姉ちゃんなんかも奨学金の返済で苦労してるって。レジ打ちのパートじゃあ返し終わる頃にはお婆さんなってるってさ」
「ほらな。借金抱えてレジ係するんなら、抱えないでした方がいいに決まってるじゃないか」
「そう言われるとな・・」
「マックス、お前は勉強できるんだから、弁護士とかになればいいんじゃないか?」
マックスの成績が最近落ちてきているのは、3人共、知っているはずだ。
「進学クラステストはダメだったけど、中学生になったらまた選抜テストとかがあるって。勝ち組になれるチャンスはあるんだぜ」
「ああ、マックスは進学クラスじゃなくなったけど、どの道クラス替えがあるから、オレたち、一緒の教室にはなれないかもな」
「選択授業で同じ教室になる時もあるし、それにカフェテリアで昼飯を一緒に食えるさ」
中学生になっても、マックスたちの環境が大きく変わる訳ではなかった。
それでも、少しづつ、少しづつ、子供から大人へとシフトさせられていく。好むと好まざるとにかかわらず。そして、それは期待よりも不安の方が何割か大きかった。
免許を取って、学位を取って、PCを使いこなせるようになったら、子供時代の不自由さから抜け出して、何でも出来るようになるだろうか。
それとも、奨学金の返済や、ワーキングプアで働き詰めの日々が待っているのだろうか。それとも、紛争地で弾丸をくらって、PTSDに苦しむ人生が待っているのだろうか。
「もうすぐ発売のヘイローの新作買うか?」
「当分はムリだな、買ったらやらせてくれよ」
「ああ、いいぜ」
「毎日、遊び回って、いいご身分よね」
マックスは、マルロとデービッドがゲームの攻略法を話しているのを傍らで聞きながら、朝、家を出る時の母親の言葉を思い出していた。
「楽しいことは全部あなた、面倒なことは全部わたし、そういう事よね」
最近は、出勤前はいつも、いや出勤前以外でも、母親はずっとイライラしている。
「この前は、修理代のお釣りをごまかしたわよね。いつからそんな子になったの」
小言がエスカレートするのもいつもの事だった。
その場に居続けると、小言が続くので、そっと玄関の方へ向かった。
幸い、呼び止められることはなかったので、そのままそっと扉を開け、ドアの外へ身を滑らせると、音の鳴らないようそっと閉めた。
それは子供のやり方とは違うのだけれど、こんな時はそうするより他に仕方がなかった。
『勝ち組』と、さっきマルロは言った。
勝ち組になれるんだって・・、でも勝ち組って何なんだろう。エリートになったら、お金が稼げて、人生が楽しく過ごせるのかな。
「勝ち組にならないとダメなのよ。お金の稼げる仕事に就かないと」
お母さんは、いつもそう言っている。
将来、就きたい仕事の3番目の希望に記入していた海洋調査員。母親はその回答用紙を取り上げると、この仕事だけは絶対にダメだと声を荒げ、同時に進学クラスへ入れなかった事をなじられた。
もしかしたら、1番目と2番目の候補は急いで雑な字で書いたから、本当に就きたい仕事が海洋調査員なのだと、母親にバレたのかもしれない。
進学クラステストに手を抜いたのは、みんなと離れたくなかったのもあったけれど、それより母親の期待に応えるのが何だか嫌だったから。
勉強しろ、と言われるほどに成績は落ちてゆき、みんなと遊んでいても、何をしていても心の底から楽しめなくなっていた。
その楽しさにとって代わるように、後ろめたい気持ちが育ってゆき、「遊びにいく」という言葉も「約束している」と言い換えなくてはならなかった。
〝僕が遊ぶと、お母さんが不機嫌になる・・〟
首の周りに透明なロープが絡みつき、それが少しづつ喉に食い込んでいくように感じていた。
「どうしたんだ、沈んだ顔してるぞ」
「え、そう? 何でもないよ。ちょっと考え事してたんだ」
「そっか?、楽しく行こうぜ」
今は、みんなに暗い顔は見せられない。
「うん、インディアンプラットフォームまで、あともうちょっとなんでしょ?」
「ああ、あと15分ってとこだな。もうすぐさ」
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
もうじき、到着ではあったけれど、展望の大きく開けた見渡しのいい場所があったので、しばらくそこで立ち止まって麓の景色を眺めた。ここまで来たら焦る必要はない。
「あれが小学校だ」
「オレの家は・・、見えないなぁ・・」
「お父さんの双眼鏡、こっそり持ってくればよかったな」
自分たちの住む町を一望し、ここに生まれ育って色々な体験をしたことに4人は思いをはせた。
事が起こったのは、再び歩き始めた直後だった。
後方の茂みからガサガサと音が聞こえた。これまでもそういった音は聞こえてはいたけれど、それらは全て鳥が4人の気配を察知して飛び去る時に立てるものだった。
しかし今聞こえた音は、明らかにそれらとは違っていた。明らかに『鳥よりも大きい何か』が立てる音だった。
4人は後ろを振り返って、しばし固まった。
「また鳥さ、きっとそうだ・・」
「そうだよ、みんなビビり過ぎだぜ・・」
デービッドもマルロもそう言って強がってみせていたけれど、その表情は引きつっていた。
何事もなかったふりをして、歩き始めようとしたその時、茂みを掻き分ける音は、さらに大きく、さらに近くに迫った。
その『何か』は、もう今にも茂みから飛び出してきそうに感じた。緊張に耐え切れずにダニエルが叫んだ。
「クマだっ! 逃げろ!」
その言葉が終わるか、終わらないかの内に、全員が「わ~っ!」と声をあげて、一目散に走り出していた。
この時、誰か一人でもこの地方にクマはいない事を思い出し、もう少しだけ留まって見定める度胸があれば、あんなトラブルには見舞われなかったはずだ。
走り出した先にあったカーブの縁に気付く事が出来ず、前の2人の身が斜面へと飛び出しそうになった。それでも、続く2人がぶつかってこなければ、何とか踏ん張って落ちる事はなかったろう。
2人がぶつかって来なければ・・
次の瞬間には、4人共がもつれあって斜面を転げ落ちていた。
「いてて・・、酷い目にあったな・・」マルロが首を擦りながら、そううめいた。
マックスは地面についた手の平を返してみた。痛みは感じていたけれど、何も刺さっておらず、怪我はなかった。ただ数個の小さな石粒が食い込んでおり、それが痛みの原因のようだった。
4人が落下したのは、せいぜい2m位だったし、低木に引っかかりながら落ちたので、そのおかげで大きな事故には至らずに済んだようだ。
「みんな、怪我してないか・・?」
「うん、大丈夫。あちこちぶつかっただけだ」
「デービッドのシャツ、そこの所が破れてるよ」
「え! マジかよぉ」
「大丈夫、ほんのちょっとだけだ」
「他のヤツはどうだ?」
お互いの姿をチェックしあったけど、4人共、大きな服の破れもなければ、捻挫などもなく、かすり傷すら見当たらなかった。
「まったく! どーなってんだ!」一安心すると、デービッドが語気を強くした。
「取り合えず、上まで戻ろうよ」
幸い落ちた先は平地で道に這い上がるのは容易だった。もし、斜面がきつい所で落下していたらと思うと、ゾッとした。
「ホントに、何て災難だよ」
「さっきのヤツ、まだ居たりしないかな・・?」
4人共、落下のショックと痛みで、そいつの存在を、見えぬ姿の主を忘れていた。
4人は走り出す前と同じように顔を見合わせた。
今しがた走ってきた道の先を見つめたけれど、音の主の気配は感じられなかった。
「・・・、絶対、何か居たよね?」
「ああ、デカいヤツだ。ありゃあ鳥じゃないって・・」
「でもこの群にクマはいないよ」
「多分、シカだったんじゃないかな・・?」
「誰だよ、クマとか叫んだヤツは?!」
3人はダニエルの顔を見つめ、その3人から突き刺さる視線の矢に、ダニエルは居たたまれぬ表情をした。
「まあ、いいじゃないか。トラブルも冒険の内さ」
マルロがそう言ってデービッドをなだめた。
「うん、怪我もなかったしね」
「ちょっとあちこち痛いケドな」
普段、遊んでいても時々発生する、子供時代のよくあるトラブルと、よくある痛みだ。そう気を取り直して、歩き始めようとした矢先、デービッドが叫んだ。
「おい待て! オレのリュックはどこだ?!」
両腕を開いて自分の体のどこかにまとっているはずのリュックを探すデービッド。
マックスもデービッドの背後に回ってみたけれど、リュック本来の定位置であるそこにも何もなかった。
「きっと、落ちた所だ・・」
そう言ったマルロは、もう一度さっきの落下地点まで下って周囲を探した。
デービッド本人に代わって、先んじてそうしたのはリュックを紛失した彼を気の毒に思ったからでもあり、この後に起こるであろう紛争の芽を、一刻も早く摘みたいからでもあった。しかし、リュックはどこにも見当たらなかった。
「どういうコトだ。いったい・・」
道を戻って、先ほどのガサガサと異音のしたポイントまで引き返したてみたけれど、そこにも、そこまでの道中にもリュックは見つからなかった。
「あった! あそこだよ!」
そのポイントから走り出した方へしばらく行った先の、その斜面の下の樹の枝に、明らかに植物の緑色とは違う何かが引っかかっていた。
遠目で、かつ枝葉の陰に隠れていたけれど、それは確かにデービッドのリュックの青色だった。
「・・・、だいぶ下の方だね・・」
「何であんな所に・・?」
「走り出した時に、放り投げちゃったんじゃないかな?」
「おい! どーしてくれんだ! お前のせいだぞ!」
さっきからみんなに申し訳なくて下を向きっぱなしのダニエルに、デービッドは詰め寄った。
「取ってこい! お前のせいなんだからな!」
デービッドがダニエルに怒ったり責めたりする姿はいつもの事なので、M同盟の2人にとって、それは見飽きたものだった。
でも今回のは、明らかに今までとは桁が違った。マックスもマルロも、俯いて青い顔をしているダニエルに対して、そのミスを責める気にはなれなかった。
「どうしていっつもお前はそうなんだ! いっつもドジで迂闊なコトばっかりしやがって! どんだけオレたちに迷惑かけてんだよっ!」
デービッドは殴りかかるポーズをして、でも殴らなかった。
降りて取って来るには、斜面がきつ過ぎる。それは誰の目にも明らかだった。
「ムリだよデービッド。大人でもムリだし、ロープがあってもムリだ」
「うん、もし行けたとしても、その後ここまで登って来られないよ」
「なあ、今度また大人と一緒に来てさ、ロープも持って来て、それで何とかしようぜ。今はムリだ」
M同盟の2人の言葉はデービッドの耳には届いていないようだった。
「買ってもらったばっかりなんだぞ! 絶対許さないからな! お前のかあちゃんに言って弁償させるからな!」
ダニエルはずっと泣きっ面で、ひっくひっくと喉を鳴らしていた。
「リュックの中身は何なの?」
「お菓子と水筒だけだ。あとタオルと・・」
何とかなだめる言葉を探したけれど、それは見当たらなかったし、今はどんな言葉をかけても、今のデービッドの怒りは収まらなかったろう。
デービッド自身も、怒りながら半分涙声だった。彼の涙を見るのは、3年生の時にデービッドが上級生とケンカして負けた時以来だ。
「もうお前とは絶交だ! 同盟もなしだ! 帰るぞ!」
デービッドが踵を返し、わき目も振らずに、元来た道を戻って行くのを、ただ黙って見つめるしかなかった。
3年生の時に同じクラスになってからこの2年間、いつも一緒に遊んでいた。
中学校に上がってからも4人でずっとつるめるような気もしたけれど、別々になってしまうような予感もしていた。だからこそ、卒業前に同盟を強固なものにしておきたかった。それは4人共、同じ想いだったはずだ。
それがこんな形でダメになるなんて・・
「僕、こんなのイヤだよ・・」
「そりゃ、オレだってイヤさ。でもデービッドがああなっちまったらもうムリだ。帰るしかないよ・・」
2人は仕方なくデービッドの後を追って、下山への道を歩みだし、まだ泣き続けているダニエルがちゃんと着いてきているかどうか、時々後ろを振り返って確認した。
発泡スチロール船の沈没事件は、何日かしたら笑い話になった。今まではどんな事件が起きても、ずっとそうだった。どんなに仲違いしても、4人はすぐに友達に戻れた。
その男の子同士のルールは、昨日までで期限切れだったんだろうか。
2mの高さから転げ落ちてもかすり傷ひとつしなかたのに、4人共、心の中は傷だらけだった。
正午に近づき、太陽が上から照り付け、山裾から山頂に向かって吹く陸海風も次第に弱まってきた。
額が汗ばみ暑さを感じ始めたので、マルロがデービッドを呼び止め、日陰での休憩を提案した。デービッドは相変わらず無言のままで、でも休憩の提案には同意した。
M同盟の2人は、近づき難い雰囲気を発しているデービットとは、離れて地面に座り、更に離れた位置にダニエルが独りで座った。
ダニエルはもう泣き止んではいたけれど、こちらも声をかけ難い感じだった。
マルロは、暗い雰囲気に浸るが嫌なのか、あえてゲームや野球の話題を振ってきたけれど、付き合う気にはなれなかった。4人共、水筒に口をつけたり、中の氷を振ったりするだけの気まずい時間が流れた。
マックスは意を決して立ち上がり、デービッドの隣に腰を下ろした。
「最近、知り合いの大人の人から聞いた話なんだけどさ・・」
頭の中にインナージャッジという寄生虫が居る事。そいつが他人のミスを喜び、自分は他人より偉いのだと得意がらせる事。誰かが「お前、何も知らないんだな」という時、〝知ってるお前が偉くて、知らないこいつはダメな人間だ〟とインナージャッジが耳元で囁く事。
そういった事をマックスなりの言葉で説明してみた。デービッドの返答は短かった。
「オレの頭の中には、そんな『寄生虫』なんかいない」
憮然としたまま、そう言ったっきり、そっぽを向いてマックスに拒絶の意を示した。そんなデービッドの反応を見て、やっぱり博士のようには上手く説明できないのだとマックスは落ち込んだ。
マルロの隣に戻り「ボクらがちゃんと確認せずに走り出したのも悪いと思うんだ、ダニエルだけの責任じゃないんだよ」とつぶやくと、マルロからは「お前、大人みたいなコト言うな。何か変なモノでも食ったか?」という、訝しむ言葉が返ってきた。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
休憩を終え、帰路に戻った。
デービッドは少し落ち着いたのか、M同盟の2人と並んで歩き、必要最小限ではあったけれど、時々は言葉をかけてきた。それでも楽しい話題には乗ってこず、沈んだ空気が続いた。
「そういえばマックス、あれからネッドに会ったか?」
「会ったっていうか、教室移動の時に遠くからにらまれたケド・・」
「そうか、気をつけろよ。移動教室の時は、オレとか他の何人かと一緒の方がいいぜ」
「うん、そうする」
こんな時ではあったけれど、マックスにはマルロの気遣いが嬉しかった。
「ポケモンみたいに召喚したヤツが代わりに戦ってくれたら楽なのにね・・」
「はは、そいつは言えてるや」
考えてみると、中学に上がったら、そのネッドと同じクラスになる可能性があるのだ。今更ながら、その事に気付いたマックスは身震いした。
そんな話をしていると、すぐ後ろにいたはずのデービッドの気配が途切れているのに気が付いた。振り向くと、離れた後ろの方で彼はダニエルと何か話をしていた。
2人はデービッドとダニエルが、喧嘩にならないかと心配したけれど、そんな風にも見えなかったので、黙って見守ることにした。
「何を話してるんだろうね?」
小声でマルロにたずねてみた。
「さあな、わかんないケド・・」
マルロも小声で、当惑する2人は顔を見合わせる事しか出来なかった。
振り返ってじろじろ見るのははばかられるように思ったので、後ろの2人の姿に気を配りながらも、前を見続けながら歩いた。
しばらくすると、「ちょっと待ってくれよ」と、後ろからデービッドの声がかかり、マックスもマルロもその言葉にようやく振り返る事が出来た。
そこにはデービッドだけでなく、ダニエルの姿もあった。
D同盟の両者とも、バツの悪そうな、それでいて晴れがましい顔をしていた。
それを見て、マックスもマルロも理解した。沈鬱の精霊が立ち去ったのを。
デービッドが照れた表情で言った。
「やっぱりさ・・、行こうかと思うんだ。インディアンプラットフォームに」
すぐうしろのダニエルも、続けて何かを言いいたげだったけれど、言葉が見つからないのか、ただモジモジしていた。
M同盟の2人は、「仲直りしたの?」とは聞かなかったし、聞く必要もなかった。インディアンプラットフォームに向かうのに、異論があろうはずもない。
マックスとマルロは顔を見合わせて、笑顔でうなづき合った。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
道中は、さっきまでとうって変わって和やかな空気となった。そのように気持ちが軽くなったからなのか、インディアンプラットフォームへはすぐ到着したように感じられた。
デービッド以外の3人は、この町の子供たちの憧憬の岩棚を、インディアンプラットフォームを見るのは初めてだった。
「ほら見ろよ、これがインディアンたちが儀式で火を焚いた跡だ」
「これは違うだろ? 痕跡がはっきりし過ぎている」
「うん、これは最近誰かがここでキャンプで焚火した跡だと思うよ」
「そう言われるとそうか。前に兄貴と来た時はなかった気もするな・・」
意外にインディアンが儀式をしたというのも、誰かが勝手に言い出しただけかもしれないな、とマックスは思った。
それでも、ここは今までで一番の眺望スポットなのは間違いなかった。マックスたちの住む町はもちろん、さらにその彼方まで見渡せた。
自分たちがこの麓の町に暮らしている一員であると同時に、まだ見ぬ世界がその先に広がっているだと、そう感じられた。
昔のネイティブアメリカンの人たちも、ここで世界の広さを感じたのかな、とマックスは思った。
「よし、みんな、チンコを出せ!」
デービッドがそう号令し、岩棚の頂き近くに立って4人で並んで立ちションをした。
つまりこれが儀式だった。
ここで連れションすれば、その相手とは大人になってもずっと友達でいられる。そんな伝承も、もしかしたら誰かが勝手に言い始めただけかもしれない、インディアンも儀式なんかしてなかったのかもしれない。けれど、それでも構わなかった。4人でこうしてここまで来れたのだから。
当初の予定だと、岩棚の縁までいって宙へ向かって盛大に放物線を描かせるつもりだったのだけれど、安全策をとって危険のない位置の、危険のない方向へ変更した。4人共、もう落下するのはこりごりだった。
「僕、全然出ないや・・」
「だからさっきの休憩の時に、小便するなって言ったのに」とマルロ。
「ホントに、どうしていつもお前はそうなんだ・・」
またデービッドが激昂するのではないかと、M同盟の2人は身構えた。
でもデービッドは笑顔で、ダニエルのお尻を軽く引っぱたき、ダニエルの先端からちょろっとだけしずくが滴り出た。
「う~ん、まあ、これで良しとするか」
そのちょろっと具合がおかしさに、3人は笑いを堪えきれなかった。
「おい、オレたち出しっぱなしで笑ってるぜ!」
「こっちにかけないでよ!」
「は、腹がいてぇや・・」
ダニエル本人も笑いだし、数十分前までの険悪さが微塵もなかったかのように、4人は体をくの字に折っていつまでもゲラゲラと笑い続けた。
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帰り道で身が軽く感じられたのは、下り坂だからという理由だけではなかったろう。往き以上に和気藹々とした雰囲気が4人を包んだ。
「でもさ、僕たちラッキーだったよ、だって転落したのがリュックの落ちた所だったら大怪我してたハズだし」
「落ちてたら、骨折間違いなしだったよね」
「ああ、それは言えてるな。あそこはすごい急斜面だった」
マックスは〝しまった、リュックの事を思い出させてしまったかな〟と思ったけれど、元々引きずらない性格のデービッドは意に介してない風だった。
「兄貴の仕事場から強力なゴムがもらえそうなんだ。野良犬は仕留め損なったケド、今度はクマ退治しようぜ!」
「いいぜ、部隊再編制(reorganized the squad)だな」
「だから、この地域にクマはいないよ」
「じゃあ海に行ってイカ(squid)を撃つってのはどうだ?」
「それいいね。イカは食べられるし!」
「え? お前イカなんか食うのかよ?」
「おいしいよ。お寿司屋さんでボクもイカだって知らないで食べたんだけど、おいしかったよ」
「そうなのか? じゃあオレも今度試してみるか」
バカ話も盛り上がって、3年前に4人が初めて出会って一緒に遊ぶようになってからこれまでで、一番たくさん笑いあった日になった。
「ほら見て! あそこ虹だよ」
空の彼方にかかる虹をマルロが最初に見つけた。
「ホントだ。でっかい虹だな」
「不思議だね。雨が降った後でもないのに」
「ぼくたちがオシッコをしたから虹が出たんじゃないかな?」と、ダニエル。
「バカだなぁ、あの虹があるにはもっと高い場所だ」
「そうさ、それにオレたちがションベンしたのはもう20分も前だろ」
「そっかぁ・・、そーだよね」
でも、やっぱりそうなんじゃないかな、とマックスは思った。
大人になっても僕たちがずっと同盟でいられる、ずっと友達でいられる、その誓いをインディアンプラットフォームの神様が聞き届けてくれたから、その証しに虹を見せてくれたんじゃないかなあ。
空にかかる虹を仰ぎ見ながら、そう思った。
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みんなと別れ、家に帰ってからも満足な気分が続いた。
母親の仕事は遅番で、帰宅するのは夜の10時以降なので、一人で晩御飯を食べて、シャワーを浴びてベッドに潜り込んで、今日一日の出来事を振り返ってみた。
〝本当に、デービッドとダニエルが仲良くなってくれて良かったな。インナージャッジの話をしたからダニエルと仲直りする気になってくれたのかな? だとしたら博士からインナージャッジの話を聞いていて良かったな・・〟
宿題の作文を済ませてなかった事に気が付いたけれど、明日中に仕上げれば月曜日の提出には間に合うので、今晩はそのまま寝る事にした。
〝小学校時代の一番の思い出かぁ。今日のコトが一番の思い出かな・・、他にも何かあったっけ?〟
〝っていうか、もうすぐ中学生か・・、勉強も難しくなりそうだし、何だかイヤだな・・〟
取り留めなく思いを巡らせている内に、保育園を卒園する時も同じように先生から「今までで一番の思い出を語りましょう」とお話の会が催された事を思い出した。
〝あの時はボク何て言ったんだっけ? そうだ、博物館の話をしたんだった〟
まだ4歳か5歳の頃、電車に乗って大きな街の自然博物館に行ったのだった。
その博物館のエントランス正面に展示してあるアロサウルスの化石の骨格を、口をあんぐりと開けて見上げていた自分の姿を、今でも憶えていた。
〝不思議だな、口を開けた自分の顔が浮かんで来るや。あそこに鏡なんかあったっけ?〟
〝先生は「マックスは恐竜が好きなのね」って言ってくれたんだった〟
その女の先生の顔を思い出そうとしたけれど、幼い頃の記憶なので、それを蘇らせる事は出来なかった。
でも代わりに、博物館へは父親が連れて行ってくれた事を思い出した。
〝そうだ、お父さんと2人で電車に乗ったんだった〟
ひとつ思い出が蘇ると、数珠つなぎに他の思い出も記憶の深淵から浮かび上がってきた。
〝それから卒園の時にお父さんにもたずねたんだった。お父さんの一番の思い出は何って〟
〝きっとボートのことだな〟と、幼いマックスはそう思った。
定員が5人きりの小さなモーターボートだったけれど、父親はそれを新艇で購入したのだった。
小さな漁村の係留料金は決して高いものではなかったけれど、友人から使わなくなったキャリアをもらえたので、節約のためにも、ボートはその都度ウインチで水から揚げ、キャリアに積んだのだった。
家のガレージは車ひとつ分のスペースしかなかったので、ボートはガレージの手前に雨ざらしで置かれたけれど、近所の人の目にもボートの姿が映るので、マックスにとっては逆にそれが誇らしかった。
ボートが届けられた日の朝の、お父さんのはしゃぎようは相当なものだった。
普段もの静かな人だったので、マックスにはそれがより強く印象に残っていた。
〝きっとボートのことだな〟
でも返ってきた答えはマックスの予想とは全然違っていた
「お父さんは、マックスが産まれた時が今までで一番うれしかったよ。お父さんは自分の子供と一緒に遊ぶのが夢だったんだ」
それを聞いてマックスは〝あれ、ボートのことじゃないんだな〟と思った。
それから次に、〝ボートより僕の方が大事ってことかな〟と思って照れ笑いした。
その時は少しも気が付かなかったけれど、それは一生の幸せを約束する不思議な言葉だった。
そのはずだった。あの声が聞こえてくるようになるまでは。
〝ダメだぞ、ソンなコト思い出したら、あのオンナがフキゲンになるぞ〟
〝でもぼく、この思い出は忘れたくないよ。ぼくが生まれた時が一番うれしいって言ってくれたんだよ・・〟
小さなつぶやきしか出来ないマックスに、声が追い打ちをかけた。
〝あのオンナの前で父親の話なんかしたらタイヘンなコトになるぞ。よく考えろ。オマエはコドモだろ? あのオンナに嫌われたら、このサキやっていけなくなるんだぞ〟
「でも・・」
抵抗は力なかった。
声に屈して、また一つ大切な思い出を、心の中から消し去った。
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