もはや強襲

「ごちそうさまでした」

「……ごちそうさまでした」


 美佳の自家製味噌ラーメンとかいう代物を替え玉込みで平らげて、俺と晶は手を合わせる。


「はいはいお粗末様〜」

「なぁ、これ本当に自家製?」

「不味かった?」

「美味すぎ。店出してくれ、週一で通う」


 いや、マジで美味しかった。

 味噌の芳醇な香りに生姜のアクセント。そんなスープの他に厚切りチャーシューなんかも盛られた、お腹も大満足の一杯といったところだった。

 こんなものを家で作ってしまうんだから、我が姉ながら大したものだと思うわほんと。てか、正直凝り過ぎだ。自家製ってレベルの味じゃなかった気がするんだが?

 

「一杯2000円」

「やっぱひと月に一回にします」


 俺とくだらない問答をしながら、美佳は空になった丼をシンクに持っていこうとする。


「あ、俺が洗うって」


 流石に昼飯を作ってもらった手前、後片付けぐらいはしようと思ったのだが、美佳に手で制された。


「いいから、晶と一緒にゆっくりしてなさいよ。久しぶり、なんだからね?」

「たった二週間だっての……」


 からかうようにくつくつと笑う美佳から目を逸して、じっと俺を見つめていた晶と一緒にソファに座る。


「……とっても、美味しかった」


 表情はないが、声に幾ばくかの喜色を滲ませた晶。俺と一緒に替え玉おかわりしてたもんな……

 あんまり食うと太るぞ、なんて一瞬茶化してみようと思ったがいくらなんでもノンデリすぎると思って踏みとどまる。

 それと並行して、栄養を取りすぎたとしても晶の場合は胸に行くのかなぁ、なんて男の子全開な思考までしてしまって。軽く自己嫌悪です。


「ボクも……ナツくんに何かご馳走したいな」

「言っても、前も色々作ってくれてただろ?」


 中学時代の事。休みの日とか、それこそ今みたいに昼頃に学校から帰ってきたりした時とか、晶が俺の家で料理を作ってくれてたのを思い出した。


 チキンライスまでしっかりと作られたふわとろオムライス、じっくりと煮込んだカレー、そして肉汁溢れる特製手捏ねハンバーグ…………


 ぱっと思いつくどれもが絶品だったなぁ。

 思い出したらまたお腹が空いてきた気がする。昼飯食ったばっかだってのにな。


「今までよりもっと、愛情込めるから」

「そ、そっか。なら、期待しとく」

「うん。胃袋、掴んじゃうから」


 そう言って、無表情のまま両手を体の前でぐっと握る晶。そしてそれを見て可愛いと思う俺。ついでに、昔から既に胃袋は掴まれています、と思う俺。






「で、晶。結局今日は泊まるんだよね?」

「うん」

「おっけー。寝るのは知懐の部屋?」

「うん」

「え、いや待って『おっけー』でも『うん』でもないが?」


 唐突すぎて反応が遅れたけど、この人達いきなり何の話してんの?

 てか泊まりって聞こえたよね? なんだったら寝るのは俺の部屋とか言ってた? なに? わっと?


「あーそっか。ごめんごめん、知懐にはまだ言ってなかったのか。晶、今日うちに泊まるんだってさ」

「いきなりがすぎますが!? それこそ某ステーキみたいに!」


 唐突すぎる報告に思わずおどけた反応をしてしまった。


「ボクは、おだんごのほうが好き……かな」


 食いしん坊な晶、昔からお菓子系統に目が移りがち。


 とまぁ、ふざけた思考をしてみたりするものの。

 俺は途端に心中穏やかではない状態となっていた。


 晶が、どうやら俺の部屋に泊まるつもりらしい。


 ――あの、俺の理性を壊すおつもりか?

 別に俺は聖人君子ではないんですよ? 昨日とか今日とか色々アプのローチされてはいたけど、それって俺等以外にも人がいたから、耐えるのは難しくなかったというだけであって。


 それが、俺の部屋で夜に二人きりで。晶のあの甘々な態度で攻められるかもしれない……と?


 考えただけで妄想が暴走して、オレの脳内を夢想が無双して、結論が出る。


 ……無理じゃね? 耐えるの。






 晶がうちに泊まったりするのは初めてではない。幼馴染としての長い付き合いの中で、お互いの親も交流を深めてるし、向こうの両親が外せない用事で家を開ける時は、うちに晶を預けるようなこともあった。


 でも、もちろん俺の部屋で寝るだとか、そんな出来事は起きてはいなくて。

 普通に美佳の部屋に泊まるのが、いつも通り、と言えるほどに定着していた。


 だというのに―――


 

「…………」


 昼頃から二人で俺の部屋で適当に過ごして、夕飯もいつの間にか食い終わって、午後9時を回るか否かといった時刻。


 既に入浴済みの俺は、自室で頭を抱えながらソワソワとしていた。


 いや、仕方ないだろ。

 だってさぁ? あの晶が、俺の部屋に泊まるんだぞ?

 別に一緒のベッドで寝るとかではないにしても、俺の部屋に敷かれた布団で寝るんだぞ?


 ……俺、自分を抑えられるんだろうか。

 俺にとっての晶は、大切な幼馴染で、今でも大好きな初恋の相手で。

 だから、大事にしたいと思っている。


 でも、そう思うと同時に、彼女の蠱惑的な肢体に目を奪われることだって、欲が刺激されてしまうことだってあるんだ。


 そんな晶が、俺の手の届く所で、完全に無防備な姿を晒すと考えると……うん。


 正直、マジで手を出してしまいそうで怖い。

 いやもちろん、そんなことを起こさないように理性をフル動員する所存ではあるけど、抑えられるかなぁ……


 床に敷かれた布団を改めて見る。

 晶専用のこの布団は、美佳の部屋にしまってあったものだ。

 それを俺の部屋に敷いてから、意気揚々といった雰囲気で晶が風呂場に向かっていったのが、少し前のこと。


「落ち着かねぇって〜」


 背中からベッドにダイブしながら、情けない声を上げてみるが、特に何かが変わるわけでもなし。


 いつまでもこんな風に考えていても仕方がないと、夕飯までやっていたゲームの続きでもしようとゲーム機を付けた時。


 部屋の引き戸が開かれて、思わず俺はそちらに目を向ける。

 そして、その視線の先にいた晶を見て、絶句してしまった。




 晶の装いは、裸に白のYシャツという、俺も一度は妄想したことのあるような装いだった。

 ただ、それは俺の貧相な想像力で生み出した妄想それより、何万倍もの破壊力があった。



 晶にとっては大きめのYシャツを着ているだろうにも関わらず、胸部のボタンを閉めることが叶わずに、その谷間を惜しげもなく俺に見せつけてきていた。

 そしてそんな大きすぎる胸のせいで裾が上がってしまっていて、身体の下部分がぎりぎり見えるか見えないかといった状態になっている。


 え、これ、誘ってる?


 って、いや駄目だ、そんなふうに見るなって。

 絶対に考えないっていうのは無理だとしても、せめて純粋に、そうだ純粋にエロいね! ってと思うくらいにしとくべきだろ?


 ……いや、それもそれで駄目な気はするなぁ。


 俺の葛藤をよそに、晶は部屋の入口付近で、両手の指先を擦り合わせるようにしている。

 

「…………おまたせ?」


 そう言って首を傾げた晶の動きに合わせて、擬音が聞こえそうなほど、大きく胸が揺れた。


 ――――あぁ、いや、やっぱり誘ってるよなこれ。

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