心を癒やす繋ぎ方
時は昼下り。ホームルームでオリエンテーションの班決めに各委員決めを終えた一年生は、さっさと家に返されていた。
オリエンテーションは明明後日の月曜からだし、早く帰って土日と合わせて準備してしまえってことなんだろう。まぁ、俺としてはさっさと帰れるならなんでもいいとは思う。別に学校が好きなわけでもないし。
「そういえば委員会って何かに入ったか? 俺は特に何にも入らずに済んだけど」
「……ボクも、特に所属しないで済みそう」
俺の振った適当な話題に、昨日と同じく一緒に下校している晶はそう返す。
中学の頃もよく、晶とこうやって一緒に下校していた。
変わんないな、俺達。
とはいえ、それが心地良いというかなんというか…………
まぁ、晶からの告白とか、唐突に詰められた距離とか、変わったこともあるにはあるけど。
それでもこういう風に一緒に歩いていると、慣れた日常って感じがして、何だかホッとする。
「あー、そういえば。俺、オリエンテーションの班がなんというか……いびつ? な感じになって」
「……いびつ?」
深く考えたわけでもなく、俺は今日の班決めの事を晶に話した。
「……そっか。ナツくんと……女の子が二人の班」
それを聞いた晶の瞳が、ほんの少しだけ揺れたように見えた。
「あぁ、いきなり言われて流石に面食らったけど、池野もいるし、篠崎っていう子も優しそうで……まあなんとかやってけそう」
「…………そう」
なんだか、晶の反応が薄い……というか表情が暗いように見える。
俺の言葉に軽く相槌をうった晶は、少しの間だけ俯いてから、徐ろに顔を上げて俺を見る。
「…………ボク、も」
静かに呟いた晶は、次の瞬間に俺の左腕をぐいっと強く引き寄せて、それに抱きついてきた。
あー、朝もこんなことあった気がするな?
朝のあれは、流石に恥ずかしかったような、嬉しかったような…………
いや、やっぱり恥ずかしいな。こういうのって、やっぱりカップルとかがするものじゃないか?
俺だって晶とはそういう関係になりたいけど……晶がなりたいのは俺の彼女、ではないらしいし……
「晶、あの…………さ……」
晶にそのあたりのことをもう一度確認してみようとした俺だったが――――眉尻を下げて昏く淀んだ瞳を俺に向けながら抱きついてきている晶を見て、声を失った。
「……ボクも」
そんな晶の放った絞り出したような声は、酷く苦しげで、でもどこか甘えるような雰囲気を感じる。
「ボクも、いっしょに……いたいもん」
晶はそう言って、抱きついたまま俺の左手に自分の手を合わせて、その次の瞬間に俺の指の間に小さな柔らかさとぬくもりが滑り込む感触がした。
――まごうことなき、恋人繋ぎの完成。
「………………え」
突然の事に、遅れて声が漏れる。
俺より一回り小さい手から伝わる柔らかさと温もりに、朝とは違う純粋な幸福感に脳が襲われる。
「…………こうすると、ね? ボク……むねがぽかぽか……するんだ」
左手を自分の胸に添えて、つい先程とは違う潤んだ瞳で俺を見上げてくる晶は、そのまま俺に何度目かの愛を口にする。
「ナツくん……だいすきだよ? そんなことばじゃたりないくらい………あいしてるよ?」
「…………あ、ああ」
俺もだ、と言えたら良いんだろうか。
言いたくないわけじゃない。むしろ、言ってしまったほうがお互いに幸せになれる気はするんだ。
でも、晶が望んでいるものは…………
それに対する俺の答えは、まだ決まっていない。
だから今は濁すように答えるしかない。
「……このまま、ナツくんのおうち…………いきたい。…………いい?」
ただ、そう考えていたとしても、彼女の可憐な表情に仕草、そして要求にもちろん抗えるわけではなくて。
繋いだ手に力を込めながらそう懇願する晶に、俺はどぎまぎしながら頷くしか出来ない。
「……えへへ」
そんな俺を見て晶が浮かべた満面の笑みに、俺の心音は一回り大きくなる羽目になった。
「ただいま〜」
晶の要望通り、手を固く繋いだまま本当に俺の家まで来てしまった。
なんだったらどさくさに紛れて俺も彼女の手を強く握り返してしまっているあたり、好きが滲み出てしまっていそうな気がするが特に晶になにか言われたりもしなかった。
「…………ふへへ」
ただ、俺が手を握り返すたびに晶から聞いたことのないような笑い声がしてくるので、もしかしたら嬉しく思ってくれてるのかもしれない。
「おかえり知懐〜。それといらっしゃい晶〜」
1秒くらい経ってから美佳の声が聞こえてくる。まだ昼だし、なんならあの人金曜は講義入れてないし、多分リビングでごろごろしてんだろうな。
というか、見てないのに晶が来てるのわかるのは何なんだよ?
まぁいいか、考えてても仕方ない。靴を半脱ぎした晶が俺のことを待ってるし、さっさと上がるとしよう。
それにしても…………手、いつまで繋いでるつもりなんだろう?
嫌なのかと聞かれたら、別に嫌なわけじゃない……うん。
じゃないんだが――――
「…………へぇ?」
うちの姉はなんでか弟の恋愛事情に絡みたがるので、あんまり見られたくはなかったんだよね?
「晶? どういうこと?」
ハチャメチャに輝いた笑顔で美佳が晶に問いかける。
はいここ、美佳お姉さんのワンポイントテクニック。
俺じゃなくて晶に聞くことで、彼女の返答次第で俺の逃げ道を塞ぐことが可能になるんですね、ええ。
…………いや、勘弁してほしい。
「…………ボクが、ワガママ……いっちゃっただけ。ナツくんが……ボクにつきあってくれてたの」
「ふぅ〜ん?」
晶の言葉に美佳は眉間にしわを寄せて、しかし口元には笑みを浮かべながら、変に固くなっているであろう顔の俺とほんのりと笑みを浮かべる晶を交互に何往復か見て、息を一つ吐いた。
「まあいっか。知懐、とりあえず着替えてきちゃいなよ」
「え……あ、あぁ。そうするわ」
なんというか、変に追求されると思って身構えていたので少し拍子抜け、といったところだな。
とりあえず美佳の言う通り私服に着替えようと自室に行こうとして、ふと左手の温もりが離れていないことを思い出した。
「晶、その…………手を」
このままだと着替えるために部屋に行くだけの俺に付き合わせてしまう。それに、一人でさっさと部屋行って着替えたほうが早い、と。
そう思って言ったのだが、それを聞いた晶は途端に眉を八の字にして縋るような視線を向けてきた。
いや、あの、こんな顔されたら俺にはもう何も言えないんだけど……
「あ、晶はこっち。一個だけ伝えることあるから」
ニヤついた美佳の一言に一度振り向いて、再び俺に縋るような目を向ける晶はしかし。
「聞いてくれないと知懐の部屋、出禁にするよ?」
姉の付け足した一言に、呆気なく繋いでいた手を離した。
俺の部屋に入れるの、そんなに大事なんか……
鞄は適当にベッドの上に放り投げて、クローゼットに制服を乱雑にしまって、さっさと私服をひっぱり出して着替える。
この間、多分3分ぐらい。早いか遅いかは、まぁわかんねぇな。
さてと、そしたらいつリビングに戻るかな。
美佳がよくわかんない脅しをして引き止めてたんだし、多分大事な話なんじゃないかなとは思うんだけど、はてさて。
ベッドに腰掛けながら適当に推測していると、とてとてと部屋に近づく足音が聞こえてきた。
なるほど、どうやらそんなに長話ってわけでもなかったらしい。
「ご飯、美佳ねぇが作ってくれてみたいだから……一緒に食べよ?」
ドアを開けて開口一番、晶はそう言った。
「え、早くね?」
何がって、飯が出来上がるのが。
いや、確かに金曜で美佳は休みだし、早めに帰ってきたら作ってくれるかも〜? なんて薄っすらと思ってはいたけど、こんなに早く出来上がるもんか?
それとももしかして、あの人。ついに変なプライド捨ててカップ麺でも作ったか?
「……早帰りも、ボクが来るのも、予想してたって」
あ、そういうことですか。
変に察しがいいからなぁ、美佳は。
「……そういえば、さっき言われてた伝えることって何だったんだ?」
腰を上げて晶に近づきながら興味本位でそう問いかけてみる。
別に答えたくないなら答えなくても良い、と付け足す前に。
「三日に一回ならいい……って言われた」
晶は少しだけ、不満そうにそう言った。
「えっと……」
…………何の話だ?
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