班決めと清楚系

 晶がこの教室を去った後に始まったホームルーム。

 既に全員が軽い自己紹介を終えて、先生が次の議題を挙げるのを待っている状態だ。

 それにしても……池野のやつ、普通に自己紹介してたな……

 てっきり何か爆弾でもぶっ込むかと思っていたが、そんなこともなかった。

 まぁそれが一番なんだけども。むしろいつもそうであって欲しいけども。


 そんなふうに俺が思考している間も、カツカツといった音ともに黒板に白い文字が書かれていく。


「うん……しょ」


 どこからか持ってきた台に乗りながら、必死に背を伸ばして文字を書いているのは、担任の加留先生だ。


 そして彼女はおもむろにチョークを置いてから、器用に台の上で茶色の髪をなびかせながらターンをして、俺たちに向き直った。


「はい、それじゃあ〜……外泊オリエンテーションの班決め、始めよう!」



 黒板上部に書かれた文字は、『外泊オリエンテーション』。

 新一年生対象のそれは学校ではなく自然と隣接する宿泊施設で、一泊二日という期間で行われる。

 主に行う行事としては、高校生としての自覚云々といったありがたいお話を聞いたり、同級生同学年との交流といったありきたりなもの。


 というのがまぁ、昨日先生が話していたものをうる覚えなまま要約したものだ。

 まあ、ようはあれだろ。中学校の林間学校みたいなノリ。


「まあ班決めって言っても、みんな大好き! くじ引きなんですけどね?」


 可愛らしくウィンクしてみせた先生は、教室に入るときに抱えていた2つの箱を教卓の上に置いた。その2つの箱のせいで、台の上に乗ってなお生首スタイルとなってしまった先生だったが、特に気にする様子もなくにこやかに説明を続ける。


「男女に分けてくじを作ったので、これを引いてもらいます。順番は〜、まぁ出席番号でいいか!」


 随分と適当に言った加留先生は、俺と池野を交互に見ながら両手で手招きする。


 ……まぁ、多分二人共来てほしいって事だろう。


 俺は少しだけ面倒に思いながらも席を立って、教卓の前まで歩く。それとは対象的に、池野はハツラツと席を立って、俺の横に並んだ。


「はい、右が男の子ので、左が女の子の! さ、引いて引いて」

「は、はぁ」


 わざわざ一緒に引かせる必要はないんじゃないかな? とも思うんだが、まぁデモンストレーションのつもりなのだろう。

 そう勝手に納得して、さっさと箱に手を突っ込んで、複数の紙の内一つを摘んで出す。


「どっちのくじにも番号が書いてあって、その番号が同じ人と班を組んでもらいます。基本的に男女の三人ずつで組めるようにしたから、六人の班を作れる計算だね。オリエンテーションの間はこの班で一緒に行動してもらう事になるから、みんな仲良くね?」


 俺と池野がくじを引いたのを確認してから、加留先生はその幼い顔に微笑みを浮かべてそう言った。


「それじゃ、次の人引きに来てー」


 先生のその言葉で、俺と池野は席に戻る。

 俺は何となしに次の人がくじを引いているのをちらりと見たあとに、先程摘み出した三つ折りされているくじを広げてみた。


「相沢くん? 何番だった?」


 そんな俺の後ろから、池野がそう声をかけてきた。


「教えないって言ったら?」


 特に理由もなくそう返すと、池野は一瞬だけきょとんとした後、不敵に笑う。


「当ててみよう…………6番とか?」

「……!?」


 え、当たりなんだが。


 先程広げたくじに書かれていた番号は、確かに『6』だった。

 思わず驚いて声を上げそうになるのを抑えた俺だったが、体はびくりと跳ねてしまった。

 

「な、なんでわかった?」


 その問いに、池野は自分の引いたくじを俺に見せる。

 そこには俺のくじに書かれていたものと同じ、『6』の文字が。


 あぁ、なるほど。当てずっぽうかよ……


「よろしくね、相沢くん!」

「……あぁ、まあ、うん。よろしく」


 まぁ正直、既にだいぶ仲良くなっている気がするので、池野が一緒の班というのは少しだけ気が楽ではあるんだが……それはそれとして、オリエンテージョン中もこいつの爆弾気質下ネタぶっぱなしに付き合ってやんないといけないってことか……?


 いや、そこは池野を信じるか。如何に学校で俺相手に最低な発言をしようとも、こういう時ぐらいは抑えめでいてくれることを。


 …………いややっぱ信じられないな、祈っとこう。






 クラス全員がくじを引き終わった後、ひとまず交流をということで、教室内の指定の席でそれぞれの班に別れた俺たちだったが。


「あ、ごめんなさい! 説明を忘れてた! 6番の班は例外として、男子一人に女子二人の三人班になるんです。あ、もちろん班で何かする時は色々と融通するから、そこについては心配しなくていいからね」


 俺たちの班を見た瞬間に申し訳無さそうな顔になった先生の言葉通り、6番の班に割り振られた生徒は俺と池野と、もうひとりの女子だけだった。


「先程も自己紹介しましたが、改めて。私、篠崎しのざき風優姫ふゆきといいます。よろしくお願いしますね、相沢さん、池野さん」


 黒髪をいわゆるお嬢様結びにした女子は、そう言って対面に座る俺と池野に頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 あ、釣られて敬語になっちゃった。




 篠崎の印象を一言で表すと、清楚系……だろうか。

 切れ長の目からこちらを覗く黒の瞳に、やや色素の薄い肌。

 先程のお辞儀も、なんというか優雅で……それこそお嬢様みたいだと感じる。

 

 ……とはいえ、人は見た目にはよらないものだ。外が良くても中が腐ってる、みたいなこともあるだろう。

 現につい最近、そんなやつを見た気がするんだよなぁ俺。

 

「よろしくね、篠崎ちゃん!」


 そんな俺の思考など汁ほども知らないだろう池野は、元気よく篠崎にそう返していた。


 それを見て頷いた篠崎は、ふと怪訝そうな顔になる。


「そういえばなのですが……お二人は昔からのお知り合い、なのですか?」

「へ? ……いや、違うけど」

「そ、そうなのですか? 初日からあんなに仲が良さそうにしていたので……てっきり、幼馴染のようなものなのかと」


 あぁ、そういえばこの人、あのバカ挨拶の時に教室にいたような気がするな。

 まあ、あれ初めましての挨拶だったはずなんだけど……内容が内容だったし、そんなふうに思われてても仕方ないのかなぁ……


「相沢くんの幼馴染はあの子だよ! ついさっきも来てた激エロボディの美少女!」


 池野さん? 流石に今日初めて話す相手にそういうこと言うのはどうなの?

 ……まぁ、エッチな身体付きしてるのは認めるけどさぁ…………


「もう少し言い方を考えろよ……」


 池野の発言に思わず頭を抱える俺を見て、篠崎は口元に手を当てて微かに体を震わせていた。

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