残念美少女、朝から飛ばす
「雛瀬ちゃん、だいぶ目立ってるね?」
「あー、うん。まぁ、そうだな」
階段を登り教室に向かう途中、俺の右腕を見てニヤニヤとする池野におざなりにそう返した。
彼女の言う通り、俺たちが高校の敷地をまたいで校舎に入ったあとも、視線が俺の右腕付近に無遠慮に突き付けられている。
「………ふふ」
その視線はもちろん、俺の腕に取り付いてる晶に向けられたもので間違いない。
晶は先程から抱きついたまま、俺の腕を離さないでいる。歩くと時たまぎゅっと強く圧迫されて、彼女の身体がこれでもかと俺の腕に強襲を仕掛けてくるような状態だ。
もちろん、それに伴う詳細な感覚は思考から完全にシャットアウト。そうしないと俺の中の俺が、段々とムクムクしてくるのよね。
……というか、晶。これずっと俺のこと見てるよな? ちょっと危なくないか?
「なぁ晶、ちゃんと前見て歩け?」
「大丈夫。だって……ナツくん、ボクのことちゃんと気にしてくれるから」
首を控えめに左右してそう言った晶に、俺は口篭るしかない。
実際、今の言葉だって危なっかしい晶を思ってのものであって、それを信頼してくれると言外に言われてしまうと………まぁ、強く言えないな。
「うはぁ〜、信頼されてるぅ。まるで駅弁してる夫婦みたいだね!」
「例えがゴミすぎるわ…………というか。目立ってるといえば、池野もだいぶ目立ってるだろ」
「え? そうかな?」
不思議そうな顔をして首を傾げる池野だが……いや、まじで気づいてないのかなこいつ。
池野と合流してから、明らかに周囲の視線が晶とこいつに二分されていたんだが。
まぁ確かに。池野は見た目だけで行ってしまえば美少女だ。それも、だいぶ儚げな部類の、それこそ触れたら容易く壊れてしまうような感じの。
そんな容姿なものだから注目を浴びるのはまぁ、想像に難くない。
とはいえ、中身はそんな外見をお構いなしの毒々しい思考回路が詰まっているわけだけど。
「……え、なに? もしかして私、相沢くんに
「…………」
なんだろう、今なんか変な漢字が見えた気がするんだけど、気の所為かな……あぁ、うん気の所為だよなそうだよな、そういう事にしておこう。
昨日は息も絶え絶えと言ったような4階までの登頂は、晶の抱きつきとクラスメイトとのお喋りのお陰で楽に踏破できてしまった。
いや、辛いことしているときに気を紛らわしてくれる存在、だいぶありがたい。たかだか4階まで登ってるだけと言われればそれまでなんだけど。
そして――――
「晶、あの、E組まで来ちゃったけど?」
「うん、そうだね」
晶は俺に引っ付いたまま、当たり前のように俺たちと同じ教室まで来てしまっていた。
「まぁまぁ、まだホームルーム始まるまで時間あるからいいんじゃないかな?」
「いやまぁ、ダメではないんだけどさ。なんというか……その、嬉しすぎてダメになりそうなんだよね」
主に表情筋とか、心臓とかが。
微妙な表情を浮かべているであろう俺の顔を見て、池野がクスりと笑った。
「別にいいと思うけどなぁ。可愛い女の子にアピールされて嬉しいのなんて、男の子だったら当たり前じゃないかな」
「それはそうなんだろうが…………いかんせん、俺の中に貯蔵できる幸福の許容量には限度があってな?」
「許容量を超えると?」
「多分、一生ニヤニヤし続ける不審者が生まれる」
それこそ、晶がいなくても思い出によって顔をニヤけさせるような男に成り果ててしまう。妄想ではなく思い出している、という点ではまだマシなのかもしれないが……まぁ、そんなの傍から見たらどっちも変わらないわな。
「ふぅ〜ん……具体的にはどんなふうに?」
「具体的ってなんだよ」
「例えば……『可愛い女の子が君にだけ見せる表情に思わず出てしまった笑顔』か、『生意気で見下してきていたあの子が、自分からチ◯媚びしてくるときに思わず浮かぶ笑顔』!」
「いや確かに笑顔の質は違うとは思うけどさぁ……もう少しマシな例えを寄越してくれ」
「で、どっち?」
「前者って答える以外に選択肢なくない?」
こいつ、朝から飛ばしすぎだろ。
てか、これまじで昨日会ったばっかの異性とする会話かよ?
「……池野さんと、仲いいね?」
俺と池野の話を近くで聞いていた晶が、そんなつぶやきを漏らした。
「まぁ……うん、そうだな。昨日初めて会ったにしては、だいぶ打ち解けてるとは確かに思う」
「……昔は、ボク以外の女の子と、あんまり喋ってなかった……よね?」
あー……そうだな。
確かに俺、今まで晶と家族以外の女子とあんまり話したりはしてなかったんだよなぁ。
理由としては……別に必要なかったから、というよりも。経験豊富でもない思春期の男子として普通に女子と話すのは、なんか変に緊張しがちだったから必要なとき以外は避けていたというか。
なのに、なんで池野とは仲いいの? と、そう聞かれているわけ……だよな?
「まあ、それは……池野はほら、なんていうか。挨拶のときの印象がぶっ飛びすぎてて、気後れしないというか」
「挨拶?」
あぁそうか。晶はあの時ここにいなかったし、知るはずもないか。そもそもこのクラスの一部の人間しか知らないだろうし、あんなクソ挨拶。
いや、別に知らなくていい、知る必要もない。だから池野、俺の後ろでワクワクオーラを放出するのをやめろ。
「池野、言ったらぶん殴るぞ?」
「酷いよ! DVだよ!?」
「誰がお前の恋人だ」
仮に池野の彼氏になる人間がいたとしたら、そいつはこのノリに毎分毎秒ついていかなきゃいけないのかな……なんて、一瞬だけ考えてしまった。
「…………ナツくん、ちょっと立って?」
池野と俺のやり取りを見ていた晶は、少し思案するような雰囲気を漂わせてからそう言った。
「……は? いや、いいけど……なんだ?」
どうでもいい思考を止めた俺は、晶の言葉の意図が分からず、戸惑いながらも席を立つ。
晶はそんな俺の顔をじっと見た後に……
「――――っ!?」
何の前振りもなく、流れるように抱きついてきた。
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