朝から

 美佳に見送られてから数十分後、俺と晶は電車に揺られていた。


 俺がまだ着慣れていない高校の制服。それと同じものを纏った少年少女が電車内にチラホラと確認できる。

 まあ、ネクタイもしくはリボンの色が学年によって違うから、そこは同じではないのかもしれないけど。


 そんな電車内のドア付近。仕切りに肩を寄せて座る晶の右隣で、俺は思わず上ずった声で聞いた。


「えっと、何時から家にいたって?」

「6時前」

「…………」


 あー、聞き間違いじゃなかったか。


 何を聞いたかといえば至極単純。晶がいつ、俺の家に来たのか、だ。

 別に深く考えての質問ではなく、ふと心に浮かんだ疑問をそのままぶつけただけなんだが……


「……何時起きだった?」

「5時くらい」


 うわぁ……はっや。

 俺がその時間に起きたら授業中爆睡確定だぞ。


「それを月から金まで続けるつもりか?」

「……? 毎日、だよ?」


 首を傾げながら当たり前のように晶は言った。

 ……て、あれ、そういえば毎日って――


「もしかして、土日も来るつもりか?」

「うん」


 お、おぉ……躊躇いもなく頷いたなこいつ。


「……毎日、会いたいから」


 晶は体の前で鞄をぎゅっと抱いて、上目遣いで顔を見上げてきた。その表情には何も浮かんではいないが、目は「そうさせて?」と訴えかけてきている。


「そ、そうか……」

「………………ダメ?」

「いや、駄目とかでは……なくてな。ただ……」


 流石に土日の朝は寝かせておいてほしいというか……なんというか…………


「ナツくんのモノになるなら……いつもそばにいないと、だから」


 言い淀む俺を余所に、晶はぎゅっと俺の左手を握りながら、目を輝かせてそう言い放った。





 晶、中学まではこんなに距離近くなかったと思うんだけどな……

 一緒に登校したりとか、偶に起こしてもらったりとかはあったけど、こんなふうに何も言わずに手を握ってきたりとか、それこそ……昨日みたいに身体を密着させてきたりとかはしなかったはずだ。


 中学を卒業してからの約二週間、つまりは春休みの間に、何かがあったりしたんだろうか……


「ナツくん?」


 電車から降りて歩いて、気がつくとすでに校門に差し掛かる頃。隣を歩く晶が、俺の顔を覗き込むようにしてきた。


「……ん? どうした?」

「んーん。ぼーっとしてたから、気になっただけ」

「ああ。ちょっと考え事をしてた」


 晶と他愛もない話をしながら校門を通り、校舎に向かっていると、周りから視線のようなものを感じ始める。


 その視線の先は……まあ、俺の横、だろうな。


 周囲に釣られて、俺もちらりと横目で確認する。


 整った愛らしい顔に、小さくても、出るとこは……まぁ、大分出過ぎとも言えてしまう魅力的な肢体。

 長い黒髪は風に揺れて、陽光を浴びて煌めいている。


 まだ入学してから二日目ということもあり、晶を初めて見る人もいるだろう。昨日の教室とは比べ物にならないほど多くの視線が、晶に注がれている。


 中学の頃もそうだったんだ。晶は男女問わず周りの視線を奪いながら、学校生活を送っていたっけ。

 まあ? その視線が時たま俺の方に向いたり? 変なものを見るような目で見られたり? したりもするんですけどね?

 しかも今って、沢山の人がいるわけで。そしてその視線の先の近くにいる俺にも、だいぶ流れ弾が来るわけで。


 ……なんか。ちょっと腹痛くなってきた。


「……見られてる、ね?」

「あ、あぁ……」


 表情1つ変えずに宣う晶に、微妙な反応を返すことしかできない。


「…………ね、ナツくん」


 そんな俺に、晶は……唐突に微笑んできて。


「みんな、みてるから…………みせつけちゃお?」

「っ!? ちょ、晶っ」


 ぐい、と俺の右腕を引っ張って、自分の腕を絡ませてきた。


「こうすれば、みんなわかってくれるよ?」

「わ、わかるって……」

「ボクが……ナツくんのこと、だいすきだってこと」


 頬をほんのり赤く染めて、はにかみながら晶は見上げてくる。

 それと同時に俺の右腕はより強く抱きしめられて、晶の身体に押し当てられるような状態になってしまった。


 う……わ……胸が……やわらけぇ………


 昨日も密着されて改めて思ったけど、晶のこれは本当にすごい。

 言い表すなら……ふわふわ? むにむに? それとも……むちむち?

 どれも合っているようで間違っている気がする。強いて言えば全部、と言わざるを得ないような感覚がブラウス越しだというのに感じられて、右腕に現在進行系で襲いかかってくる。

 それによって、俺の中にある欲が首をもたげる感覚を覚えてしまう。

 やっばい、顔が熱い。このまま破裂するんじゃないかな、俺の頭。


 そんな恋人同士のような状態の俺らを、数多の視線が突き刺してきた。

 晶は気にしていないようだけど、俺は気恥ずかしさと気まずさといたたまれなさにプラスして、晶にアピールされているという幸福を感じて、それはもう情緒が大変なことになっている。


「ね……ちゅー、しちゃお?」


 そんな色々とギリギリな俺に更に追い打ちをかけるように、潤んだ瞳を向けて蕩けた声で晶は囁いた。


 やめてくれ晶、そんな期待に満ちた目で俺を見つめないで欲しい。思わず「いいよ」って言っちゃいそうになっちまうじゃないか。


 ただ、まあ、流石にこんだけの人の前でやるのは、どう足掻いても恥ずかし過ぎるので却下だが。


「いや……流石にそれは、ダメだ」

「…………んむぅ」


 鉄の意志でもって晶の提案を断ると、彼女は少しだけ不服そうにしながら、より一層俺の右腕を自身の柔肉に押し付けるようにした。衣服越しにあいも変わらず柔らかさが伝わって、今度は彼女の体温まで感じ始めてしまう始末。


 あの、晶さんやめてください……俺の理性に大ダメージが入ってしまいます…………


「おー、朝からお熱いね〜!」


 内なる欲望の獣と理性の取っ組み合いを観戦していると、俺の背後から声が掛けられた。

 その声に振り向くと、昨日見たのと同じような柔らかな笑みを浮かべた池野がそこに立っていた。


「おはよ、相沢くんに雛瀬ちゃん!」

「お、おお。おはよう」

「……おはよう」


 控えめな晶の挨拶まで聞いて、池野は一つ頷いてから、にっこりと笑顔を浮かべて聞いてくる。

 


「それで、今は何してるの? 多人数見せつけックス?」



 あー、朝から最低な爆弾ですね、池野さん。

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