アラーム

 窓から差し込む月明かりが差す、自室のベッドの上。

 俺と晶は、そこに一糸まとわぬ姿でいた。


 俺に跨るようにして、晶は俺の上体に覆いかぶさる。

 晶の身体が月からの淡い光を浴びて、いつもより白く見える。そんな彼女の育ちすぎた双丘は俺の厚くもない胸板で潰されていて。

 それを見て、欲望が俺の下の方に集まっていく。

 

「ボクは……ナツくんのモノ。ナツくんの……おもいどおりにつかえる、おもちゃ」


 俺の脳を震わせる溶けきった甘い声が、俺の耳元で囁いた。

 ぞわり、と背筋に何かが走り、彼女の声と合わさって、俺の脳を悦びで侵す。


「――晶は……俺の……モノ」


 俺が反芻すると、彼女は様相を崩すことなく、しかし熱く粘っこい視線で俺の目線を絡め取る。


 あぁ、嬉しがってる……

 俺にモノ扱いされて、嬉しがっているんだな……


 心に得も言われぬ闇が広がっていくのを感じる。


「ボクのいしなんて……かんがえないで。キミのしたいように……もてあそんで?」


 言いながら、晶は身体を震わせて自分の悦びを表す。

 いつの間にか、晶の太腿に優しく挟まれていた俺の欲望が、彼女の震えによって刺激されていく。


「……ボクは、いつでもいいよ?」


 言葉と身体で理性を削ぎ、俺の肉欲を煽る彼女に、俺は……耐えられなくなって手を伸ばそうと――――


 ――――その時、けたたましい音が部屋中に鳴り響いた。







 なんだろ……なんか、聞こえるな。

 ……あ、目覚ましだ。


 まだ朝だろ……あ、違う、高校始まったんだった。



 春休みはまだまだ爆睡していた午前7時。睡眠という沼から這い出た俺を再び引き摺り込もうとする眠気を恨めしく思いながら、枕に顔を埋めたまま元凶スマホに手を伸ばす。

 無論、それはけたたましく鳴り響くアラームを止めるため、だったのだが。


 そんな俺をあざ笑うかのように、突然アラームが止まった。


 ……なんか、少しだけイラッとした。

 

 起きたばかりでやや不機嫌だった俺は、勝手に止まったアラームに無性に腹が立ってしまった。

 客観的に見ればそれはなんの意味もない、ただの癇癪のようなものだろう。

 でも、そんなのは今の俺には関係ない。

 せっかく眠い中で構ってやろうとしたのに、「やっぱりいいや」とか言ってアラーム君がどっかに行ってしまったような感じだ。


 何様じゃおのれは。


 眠気に向けていた恨みの矛先をスマホに変えて、ガラスの顔面に恨みを込めたタップでもしてやろうかと顔を上げる。


 そうして目に映った光景に、俺は眠気を吹き飛ばされてしまった。



「……おはよ、ナツくん」



 なんか、晶がいるんだけど。そんでもって俺のスマホを持ってるんだけど。


「……あ? なんでぇ?」


 起きぬけの弱々しい声が、俺の口から漏れる。

 え、あれ、まじでなんで?


「……ナツくんのこと、起こしてあげようと思って、来ちゃった」


 昨日学校で見たものとは違う、いつも通りの無表情で晶は言う。


「先、越されちゃったけど」


 少しだけ低くなった声の晶が、恨みでも込めたような鋭い視線を俺のスマホに突き立てた。


 ごめん、俺のスマホ。

 多分俺の恨みタップより、そっちのほうが痛いよな?



 晶が俺を起こすこの光景が衝撃だとか、状況を理解できていないとかいうわけではない。

 小学生の頃から時たま晶が俺を起こしにくるイベントは発生していたし、その恩恵を俺はありがたく、それはもう有り難く享受していた。


 まぁ、別に俺は起床が死ぬほど苦手っていうわけではないから、目覚まし時計のセットで事足りはするけども。それを言っても、晶は「やりたくてやってるだけだから気にしないで」とか言って起こしに来てくれてたりもしたっけな。


 でも、それって中学までは家がそこまで遠くなかったからという前提があってですね……


「……定期外、じゃない?」

 

 ぼやけた頭で考えて、不意に言葉が口をついた。


 ……うん、だって晶の家の最寄り駅から学校近くの駅を通り過ぎないと、晶は俺の家には来れないよな。

 その分、通学定期外の出費がされているはずだ。


「……だいじょうぶ。ナツくんのお家に通うためのお金、たくさんあるから」

「あ、そうですか? それならまぁ」


 ――え。あれ。

 今通うって言った?


「うん。毎日、起こしに来るね?」


 あぁ、やっぱり言ってたな、うん。

 

 ていうか、通うためのお金って……そんなの用意してたのか……


「……晶。気持ちはすごく嬉しいけどちょっと、流石にお金掛けてもらってまでってのは、その……申し訳ない」

「……迷惑……かな」


 俺の言葉に、晶は肩を落として、やや俯き気味になる。


 昔から幾度となく見た仕草の内の一つだ。

 これは、間違いなく落ち込んでいます。


「いや、迷惑じゃないけどさ」

「……なら、毎日起こしに来ても……いい?」

「あ、あぁ、まぁ。晶がそう言うんだったら……」


 正直、俺には利点しかないし、晶がいいのであれば、俺はそれを受け入れるしか択がないんじゃないだろうか。


 やや流されるように承諾した俺に、晶は俯かせていた顔を上げる。

 

「……うん。あらーむのおしごと、がんばるね?」


 そしてそう言って、晶は今日始めての笑顔を見せた。

 

 


 やめましょう晶さん。寝起きの俺はその可憐なスマイルをガードできません。


 ほら、俺の表情筋がおかしなことになってるでしょ?

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