所有物
池野の言葉に、思わず教室内を見渡す。
俺の目に映ったのは、赤面しながらまじまじと見ていたやつに、興味なさそうに目をそらしていたやつ。歯ぎしりをしながら恨めしそうに視線を飛ばしているやつ、そして、ニヤニヤしながら面白そうにしているやつ…………
これが、四面楚歌ってやつ?
視線が本当に痛い。このふたり何考えてんだって目をしてるやつが大半だよ。
あーでも、俺たちこの人たちの目の前で、ちゅっちゅしてたんだし、当たり前か。
……って、さっきは晶の雰囲気に飲まれてたからあんまり考えられなかったけど、冷静に考えたらめちゃくちゃ恥ずかしいぞこれ!?
「……キミは?」
晶は晶でなんだか不機嫌そうだし、この状況どうすっかなぁ……
「私、池野遥って言います! 雛瀬晶ちゃん……だよね? 私、相沢くんの友達になったんだ! よろしくね!」
「……ナツくんの、友達」
……まぁ、うん。友達ってことでいいよな?
確認するようにちらりと俺を見た晶に頷いておく。
「…………うん、よろしくね、池野さん」
「あー、晶。こいつ下ネタ撒き散らす女だから、話す時は気を付けたほうがいいぞ」
「何気に酷いよ!?」
酷くはないとは思う。寧ろ順当だと切に思う。
俺の言葉に不思議そうな目をした晶は、突然ハッとしたかのように体を揺らした。
それと一緒に彼女の胸が自己主張する。
おい、男子見過ぎだぞ、見世物じゃねぇぞ。
「ナツくん、ちょっと待ってて。荷物、取ってくるから」
「え? 荷物?」
「……一緒に帰ろ?」
そう言って、晶はいそいそと小走りに教室から出て言ってしまった。
……あぁ、もしかして。
晶が俺のところに来たの、もしかして一緒に帰りたいとか、そういう理由だったのだろうか。
そしてそこにのこのことついてきた呼ばれてもないイケメン野郎……
晶も大変だなぁ……
それにしても……教室に残ってる人たち、だいぶ騒がしくしてるな。もしかして俺と晶の話をあてにして早くも交友関係でも深めてるんだろうか。
大丈夫? 俺、ほぼ
「……ねぇねぇ、相沢君」
俺が頭を抱えてこれからのことを思慮していると、高校の友人一号が話しかけてくる。あぁ、ありがとう池野。お前だけでも友達になってくれて、俺嬉しい。
「雛瀬ちゃんとのキス、どんな感じだった?」
「どんなって…………」
そんな恩人に、なんとも答えにくい質問をされてしまった。
流されてされるがままだったけど……そうだな。
はっきり言ってしまえば、晶とのキスは……ちょっと、いやかなり、嬉しかった。
それに、なんというか……普段無表情な晶が、あんなにも蠱惑的な顔で迫ってくるのは……流石に、エロかったと言わざるを得ない。
考え込む俺の様子を見て、池野はふむふむ、といったように頷く。
「もしかして、雛瀬ちゃんにムラムラしちゃったんじゃ……?」
「せめてドキドキと言ってくれ……」
図星、突かれちゃったかぁ……
■■■■■■■■■■
教室の至る所から突きつけられる視線から逃げるように学校を出て、最寄り駅までの道を俺と晶は並んで歩く。
ちらほらと同じ学校の制服が見当たるが、大抵は俺たちと同じところを目的地として歩いている。
晶の見た目のせいか、多くの視線が晶に、そしてついでに俺に注がれるが……まあ、さっきまでの教室よりはマシだな。
そういえば、晶とは確かに中学まではよく一緒に帰ったりはしてたけど……今こいつが暮らしてる家、帰る方向が同じなんだろうか。
「晶。帰り道、どこまで同じだ?」
「駅まで。そこから、ナツくんのお家とは反対の方に行く」
そうか、晶と一緒なのは駅までか。
今日された、あのプチ公開告白。
あれで、俺と晶は……両想いだったことがわかったわけだけど。
その時の晶の言葉が、ふと俺の脳裏にチラついた。
……一応、聞いておかないと、かなぁ。
足を止めて、深呼吸を一つ。
なんでか、そうしてしまった。
「……なぁ、晶」
意図せずに少しだけ声が低くなる。
それを聞いて晶は、足を止めて俺の方に振り向いた。
「……晶が言っていた、『俺のモノ』って…どういう意味だ?」
「モノはモノ、だよ。ナツくんの……所有物」
即答だった。
逡巡も、疑念もなかった。
「所有物ってなんだよ?」
「ナツくんに、使われるモノ」
「俺に使われる?」
一つ頷いてから、晶は淡々と述べる。
「望む望まないに関わらず、ボクの意志に関係なく、ナツくんのしたいように、されるがままのボクになりたい。ナツくんが、ボクを好きじゃなくてもいいんだ。ボクがナツくんを愛しているから、そうなりたい。ナツくんになら、ボクはどうされてもいいって、思うから」
無表情。だけど、その瞳は昏く輝いている。
「……だから、ボクはナツくんの
……意味がわからない。
モノって……やっぱり、本当に物って事なのか?
「……か、彼女とか、ではなく?」
「うん」
勇気を振り絞った問いも、頷き一つで返されてしまう。
困惑しきった俺の様子を見てか、申し訳無さそうに、晶の眉毛がほんの少しだけ下がった。
「わかってるんだ。これは……ボクの我儘。ボクがそうなりたいだけ……なんだ」
でも、彼女は次の瞬間には恍惚としたような笑みを浮かべていて、
「でも……本気」
少しだけ空いていた距離を詰めてきて、俺を見上げた。
「ねぇ、ナツくん。ボク、がんばるね」
俺の両手が、晶の両手に絡め取られる。
「ボクを、ナツくんのモノにしたいって、おもってもらえるように」
だから、と付け足して、晶は少しだけ恥ずかしそうに、言った。
「もし、そうおもってくれたなら……ボクのこと……めちゃくちゃにして……ね?」
■■■■■■■■■■
「めちゃくちゃ、ってなんだよ……」
俺は帰宅してすぐに、マイベッドに体を放り投げる。
勢いよく前のめりで倒れ込んでしまい、ベッドが悲鳴を上げた。
悲鳴……か。
めちゃくちゃ……悲鳴……晶の……嬌声……
「……馬鹿か、俺は」
最低な連想ゲームだ。そもそも連想になっているかどうか怪しい。
今日の晶の様子に思考が引っ張られてしまっているんだろうか。
口を塞ぐように枕に顔を埋めて、一度叫んでみるが、まあ特に心が落ち着くようなこともない。
ため息が口から漏れて、そのまま脱力する体を反転させる。
「晶……か」
本当に、いきなり過ぎた。
突然同じ高校に通うことになったのも、あいつの表情が唐突に豊かになるのも……晶が、告白までして俺に誘惑をするのも。
そりゃ、告白は嬉しかった。
これまでほぼ一緒に過ごしてきてて、晶からの好意を決して感じていなかったわけではなかったが、それでも本人から伝えてくれるのは――特に、愛してるなんて言われたのは……うん、すごく嬉しかった。
「でもなぁ……」
モノ。物。
……俗っぽいけど、恋人とか、そういう意味で「モノ」って言ってくれればよかったのだが、晶のあの感じ……似て非なるものになりたいと考えているんじゃないだろうか。
「……考えてもわかんないよなぁ」
柄にもなく考えすぎて頭が痛くなってきてきたな…………いや、やっぱ池野とのやり取りのせいで疲弊してるのもあるのかもしれない。あいつ、ぶっ飛んだことばっか言ったり言おうとしたりしてたし。
まぁ、考えすぎても仕方ないか。
体を起こして掛け時計を見ると、まだ18時前。今日は姉が適当に夕飯作るだろうし、ひとまずはそのご相伴に預かるとしよう。
考えるのなら、後からでもできるしな。
早めに風呂にでも入ろうとベッドから抜けて、ふと、机に置いてある写真立てが目に入る。
そこには中学の校門前でぎこちない笑顔の俺と、無表情の晶が並んで映っていた。
……なぁ、晶。
なんで、晶は俺の『モノ』なんてものになりたいんだ?
考えるのを止めたつもりだったが、結局、俺は寝るまでその問いを反芻し続けてしまっていた。
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