美少女と幼馴染
…………俺、階段登ったせいで疲れてんのかな?
なんか……すごい変な幻聴が聞こえたんだけど。
姫初めまして?
いや違うよな? 初めましてって言っただけだよな?
俺の脳みそが勝手に『姫』ってつけちゃっただけだよな?
あれぇ? 別にそんな変な妄想するほどムラついてたりするわけじゃないんだけどなぁ。
なんなら春休みはむしろ一人で寂しく発散してたほうだし、頭も冷えてるはずなんだけどなぁ……
「……聞こえなかったかな? ひ・め・は・じ・め・ま・し・て!」
「いや聞こえとるわ!」
違うわ、幻聴なんかじゃなかったわ。なんなら聞き取りやすいように一言一句強調されたわ。
「え、そうなの? それならちゃんと反応してよ〜」
「いや、どう反応しろと……」
安堵したように微笑む池野。その笑顔はかわいいけど、口から出てきた言葉が……なんか、もうどうしようもない。できることならば触れたくない。
「どうって……普通に姫初めましてって返してほしいな」
「返さねぇよ」
そもそも普通はそんな挨拶しねぇんだよ。
「え、どうして?」
「どうしてもこうしてもねぇだろ……あんた、初対面の人間に向かってなんてこと言ってるんだよ」
「初対面だからだよ! 挨拶は大事なんだよ?」
「その大事な挨拶のせいでバカみたいな結果になってんだろうが!? 感じろよこの教室の雰囲気! 冷え冷えだぞ!?」
さっきまで池野の様子を伺っていた連中の大半は気まずそうに目を逸らしていて、残りの人はそんな奴らを見て首を傾げていた。
切実に思う。俺もできることなら後者の人間になりたかったよ。意味も分からないで、頭の上にはてなマークを浮かべられるようになりたかったよ。
「……あ、そっか」
突如として何かに思い至った、というような声を出した池野。
「そうだよね、みんな初対面なんだから……挨拶はみんなにしなきゃだよね!」
彼女はそう言って席を立って……って。
いや、おい待てまさかこの女……あの挨拶を他のやつにもするつもりか!?
「ちょ、お前っ!待て―――」
「みんな! 初めましてっ!」
…………。
「……いや、なんで普通の挨拶なんだよっ!」
頓珍漢なツッコミが、教室内に木霊した。
「……あ、それでね? 姫初めっていうのは、端的に言うとセック――」
「いや違う違う! 意味が通じてないからみんなの反応が乏しいとかじゃねぇんだよ! 説明しようとすんな!」
「私ね。高校生活の目標の一つが、『異性の友達を作る』だったんだぁ。早速達成できちゃって、嬉しい」
「……ああ、そう」
既に入学式を終え、空席の存在しない教室の中。担任の先生が来るまでの短いようで長い休み時間。
俺の後ろでそう言って儚げな雰囲気を纏った笑い顔を見せる池野。その魅力溢れる笑顔はクラスメイトの目線を引き寄せてやまない。
きっと、俺も本当はそちら側の立場だったんだろう。
「……あのね、今度オ◯ニー見せてほしいな?」
「見せるわけねぇだろ」
こいつの本性さえ知らなければ、なぁ…………
「えー、いじわるだー!」
「……まじで、あんたの相手してると疲れるわ」
入学式の始まる前からずっとこの調子で話しかけられていて、流石に辟易としてきた。
話をぶった斬るでも、無視でもすれば多少は楽になるだろうな、なんて頭の片隅に浮かびはした。
でも、それは俺には出来なかった。
だってこいつ、本当に嬉しそうに喋りかけてくるんだ。
それを無下にするのも……なんか、な。
「もー、相沢君。あんたじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでよ!」
「あーはいはいはい。池野の相手してるとホントに疲れるからさ。ちょっと休憩させてくれ」
「え? ご休憩? いや、いくらなんでも教室でおっぱじめるのはちょっと……ね?」
もういい。突っ込まない。突っ込まないぞ。
「んー、じゃあ話題変更! この話知ってる?」
声音を一段上げた池野は、わざとらしく人差し指を立てた。
「なんかね、私達の同級生、美男美女が多いらしいよ」
「俺、そういう話は興味ない」
「え、そう?」
「……その中に、俺がこれから直接関わる人間がどれくらいいるんだろうな」
俺の言葉に、彼女はなんとなく納得したように頷いて。
「……少なくとも私はいるかな」
と、少しだけ照れくさそうに呟いた。
……ああ、まあ、うん。
「確かに、黙ってれば美少女だもんな」
「……えへへっ、ありがと」
皮肉を込めた返答だったのだが。
そんな俺の言葉に、透き通る声で弾むように笑う池野の顔は、本当に……可愛いと思う。
「あのさ、相沢くん――」
ガラガラ、と。
何かを言いかけた池野の言葉を遮るように、教室の扉が音を立てて開かれる。
俺が教室に入ったときと同じく、そちらに教室内の大半の視線が注がれる。俺も、担任の先生がやっと来たのかと思って、そちらを見た。
そして、目を剝いた。
「…………いた」
幼さを纏った声で、そこにいる少女は呟いた。
1年F組のクラスメイトの、特に男子のざわつきが耳に入る。
ざわつきの原因は言うまでもなく、教室の入り口に立つ少女のせいだ。
「なんで、ここに……」
俺は、まあこの少女には覚えがある。
いや、覚えがあるなんてものではない。
人生の半分以上を一緒に過ごしてきた、幼馴染。
でも、あいつは親の転勤に付いて遠くに引っ越すって、本人が言っていたのを俺は覚えている。
だから、彼女はここにいないはずだ。いるなんてありえないはずだ。
腰まで伸びる艷やかな黒髪。
漆黒の両目は、教室内を見回す……ことなく、初めから俺を見つめている。
そして、その小さな背に見合わない大きな連峰を伴って俺の席へと迷うことなく足を動かし、数秒ほどで俺の目の前に来る。
「ね……ナツくん……」
その声も。その呼び方も。その表情も。
俺の記憶の中のあいつと遜色はなく。
彼女は間違いなく、俺の幼馴染。
「まちきれなくて……会いにきちゃった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます