肉を切らせて骨も断たれる。というか玉砕。




 ******




「よし……これでラストっと」


 如月さんと一緒に下校した翌日。そして水無月さんと謎の遭遇を果たしてしまった翌日でもある。


 僕はほぼ恒例となった美術室にて、目の前にある絵に向けて最後の一筆を入れる。そしてしっかりと仕上がった事を確認してから、持っていた筆を置いた。


「……ふぅ。これで完成だ」


 僕はその完成した絵をじっくりと見ながら頷く。そして改めて自分の作品を見て、思わず笑みが溢れてしまった。


「いやぁ、なんていうか……酷い仕上がりとしか言いようがないや」


 うん、笑みというか、苦笑に近かった。いや、もう本当に酷い。何が酷いって……この絵を一言で表せと言われたら、僕は間違いなくこう答えられるだろう。


「そうだね。じゃがいもだよ、これ」


 歪んだ曲線で描かれるごつごつとした楕円形の顔。まさにミスターポテトヘッドと言っていいだろう。……本物はちゃんとした曲線を描いているけどね。


 いや、まぁ……顎の部分はちゃんとした曲線になっているんだよ。だって、僕が何度もリテイクしながら描き上げたのだから、その成果がありありと現れている。


 ただ、頭の部分は妥協に妥協を重ねた結果、この様になってしまったのだ。効率性を重視し過ぎたからか、ところどころで歪みが起きている。


「うーん……やっぱり絵を描くのって難しいなぁ」


 僕は改めて自分の絵を見て、そう呟いた。向き不向きってあるけど、僕にはどうも絵心というものが無いらしい。分かりきってはいたけども。


 まぁ、でも、いいんだ。別に絵が上手くないと人生が詰むとか、そういった訳じゃないし。僕は違う路線で頑張ればいいだけなのだから。うん。


「さてと……それじゃあ後はこの絵を先生に見せて……」


「……さっきからごちゃごちゃうるせぇなぁ。1人で何やってんだよ」


「あっ、えっと……」


 と、独り言をぶつくさと呟いていたら、少し離れた場所で絵を描いていた水無月さんがジト目で僕の事を見ていた。ちなみに今の状況としては、美術室に僕と彼女が二人きりという感じである。


 そして彼女は僕の方へ視線を向けながらも、その手に握られている筆は休まずに動かしているという、なんとも器用な真似をしていた。


 いや、あの……なんですか、その挙動は。どうやったらそんな真似、出来るんですか。ねぇ、水無月さん。というか、最初の頃のサボり気味はどこにいったんですか。


「で、どうしたんだよ」


「その……別に、大した事じゃなくて。やっとの事で描き終えたから、ちょっとした一人品評会をしていたというか……」


「ふーん。で、どうなんだよ」


「へ?」


「その一人品評会の結果、どうだったのか聞いてんだよ」


「えっと……あ、あはは……」


 僕はそんな水無月さんからの問い掛けに対して、苦笑いを返す事しかできなかった。だって、あんな微妙な出来の絵を胸を張って見せる勇気が僕には無かったからだ。


 というか、水無月さん。どうして突然、僕の絵に興味を持ってしまったんですかね。僕が変に独り言を呟いていたのが悪かったんですかね。


「い、いやぁ……そんな、大したものじゃないから。ははは……」


「おい。笑って誤魔化すな」


 そんな水無月さんの言葉に僕は思わず視線を逸らす。いや、だってさ……こんな絵を堂々と見せるなんて、僕には出来ないよ。うん、本当に恥ずかしいから。


 でも、彼女は僕の事をじーっと見つめてきていて、早くしろと言わんばかりだ。有無を言わせない雰囲気を醸し出している。これはもう、諦めるしかない。


「じゃあ、その……一つだけ。一つだけお願いしてもいいかな?」


「あ? なんだよ」


「えっと……笑わないでくれる?」


「は?」


「いや、自分で言うのもなんだけど、ちょっと酷い出来だったからさ……」


 僕はそう口にしつつ、描き終えた絵の両端を持つと水無月さんに見える様に掲げる。そんなに気になるなら見せてあげようじゃないか。


「はい、ディスイズじゃがいもマン」


 歪みに歪んだ僕に限りなく寄せた自画像。笑うなと言いつつも少しふざけた感じに説明しながら、水無月さんに見せつけた。


 さぁ、これで水無月さんはどんな反応をするのだろうか。見せろと言ったのは彼女なんだから、責任を持って見届けて欲しい。


「……」


「……」


「……ふひっ」


 おっと? 今、この人……笑ったよね。絶対、笑ったよね。だって、なんか変な声出してたし。僕は聞き逃さなかったからね。


 とりあえず、煽りを加える為にチューチュートレインばりに回転させてみよう。これでどうだろうか。


「ぷっ……」


 あ、吹き出した。よーし、これでもう確定だよね。


「あはっ! あはははははははっ!!」


 そしてダムが決壊したかの様に、水無月さんは腹を抱えて爆笑し始めた。それはもう、大爆笑だ。


「お、お前……なんだよ、これっ! ひーっ! おま……おまっ!」


 それからツボに入ったのか、水無月さんは笑い過ぎて過呼吸になりかけている。いや、そこまで笑う事ないじゃん。


 まぁ、でも。あの水無月さんをここまで笑わせたと思うと、なんだか勝った気分になれる。でも、心は痛いよ。なんでだろうね。


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