如月さんは 語らない。
そして時間があっという間に過ぎていき、放課後。ホームルームを終えた僕は教科書や筆記用具などの荷物を鞄に詰めて、帰りの支度を進めていく。置き勉とかしたら確実に釜谷先生に怒られるので、毎日ちゃんと持って帰っている。
そうして準備を終えて、僕は席を立ち上がる。鞄を持って横に視線を……如月さんの席がある方向を見てみると、既に彼女の姿はそこには無かった。他の生徒たちが一斉に帰る人波を避ける為に、またいつもの場所に行ったのだろう。
そこまでの流れは僕が彼氏役を解消される前と同じなんだけど……ここから一体、何が始まるのか。僕はどんな用事で彼女に呼び出されたのか、それが全く分からない。分からないから、この呼び出しについて少し怖くも感じる。
もしかすると、より状況は悪くなる可能性だってあるし……場合によっては、僕にとって立ち直れない事を言われる可能性だってある。例えば……新しい彼氏役を誰か別の人に頼んだとか。
それがはっきりとしないから、より緊張感が増してくる。口の中が乾燥して、屋上までの道のりは遠く感じるし、足もなんだか重いように思えた。でも、呼ばれた以上は向かわないといけない。だって、僕があれこれ迷ったり悩んでいたりしても、彼女は待っているだろうから。
なので、僕は屋上へ向かおうと教室を出て歩き出す。ちなみに、教室の中には弥生さんや卯月の姿は見当たらなかった。2人とも、今日はさっさと帰ってしまったのだろうか。
卯月は今日も疲れている様子だったけど、弥生さんの方は良く分からない。僕に接触はしてくる事は無くて、他のクラスメイトと歓談で盛り上がっていた。あれが弥生さんの言うみんなを騙している姿なのか、それとも彼女の素なのかは僕には見分けがつかなかった。
そんな事を考えながら、屋上へ向かう階段を僕はゆっくりと上がっていき、屋上に出る扉がある場所までやって来た。そして扉を開けて、屋上へと出る。
すると、学校の校門が見える位置で、如月さんは屋上のフェンスに寄り掛かる様にして立っていた。そして、フェンスに寄り掛かりつつ、指で前髪をクルクルといじっている。
「如月さん」
「……蓮くん」
僕が声を掛けると、彼女は僕の方を見た。そして僕は彼女に向かってゆっくりと歩いていき、彼女の近くまでやって来ると、そこで立ち止まった。
すると如月さんは前髪から指を離し、僕をじっと見てくる。僕もそんな彼女の事を見つつ、彼女に話し掛ける事にした。
「えっと、その……いつも待たせちゃって、ごめんね。如月さん」
「ん、別に」
「たまには僕が先に来れたらって思うけど……中々、それが出来ないから如月さんを待たせてばかりで……本当にごめん」
「……謝らなくていい」
僕がそう言うと、如月さんは僕の目を真っ直ぐ見ながらそう言った。そして寄り掛かっていたフェンスから離れると、僕との距離を更に縮めてきた。
「蓮くんに謝られる為に、私は早く来ている訳じゃないから。だから、謝らないで」
「う、うん」
如月さんにそう諭されて、僕は思わず頷く。そんな僕を見て彼女も軽く頷いてから、また口を開いた。
「……ねえ」
「え? な、何?」
「私も、合わせた方がいい?」
「え、えっと……?」
如月さんが僕にそう聞いてきた。合わせた方がいいというのは……つまり、その、何の事? いや、唐突すぎる発言だったから、理解が追い付いていない。
「あの……何を?」
そう聞き返すと、如月さんは僕が理解していない事を察してくれたみたいで、彼女は小さく頷いた後にこう言ってきた。
「タイミング」
「へ?」
「ここに来るタイミング。私が蓮くんに合わせた方がいいか聞いてる」
「あ、そういう事……」
如月さんの言葉を聞いて、僕はやっと彼女が何を言いたいのかが理解出来た。自分が早く来る事で僕が謝る事になるから、それを失くそうと歩み寄った方がいいかという提案をしてくれたのだろう。
「えっと、それって……僕に合わせて、如月さんが一緒にここまで来てくれる、って事でいいのかな……?」
「ん」
僕の問い掛けに如月さんは小さく頷いてそう答えてくれた。だけど、答えが分かったと同時に、僕は何とも言えない気持ちになっていた。
如月さんが言った通り、僕に合わせてくれるのは嬉しい事なのかもしれないけど……僕の都合に合わせるのは彼女に申し訳ないという気持ちもある。
……というか、僕の脳内にいる如月さん過激派がめっちゃ警鐘を鳴らしている。『如月さんはそんな事は言わない!』と声高々に激しく主張していた。マジでこの僕、厄介ファン過ぎる。
まぁ、でも……その僕が言う様に、解釈不一致な感じは確かにする。それが何とも言えない気持ちの正体だって僕は気付いた。
なんと言うか、その……なんか違うんだよね。例えるなら、野良猫を撫でようとしたら普通は逃げたりとか、自由奔放さを見せるというのに、それが無くて素直に撫でさせてくれる様な、そんな違和感。
ただ、それも僕が勝手に抱いたイメージで、如月さんからすれば「なんで?」ってなるのかもだけど……でも、そう感じてしまうんだから仕方ない。
「……どうする?」
そんな僕の気持ちなど知るはずもない如月さんは、首を傾げながら僕に向かってそう問い掛けていた。僕は彼女のその問い掛けに、何て答えたら良いのか分からなくなった。
「……えっと」
「蓮くんが合わせる方がいいなら……そうする」
僕が言葉を詰まらせていると、如月さんはそう言ってきた。彼女のその一言で、僕の心は大きく揺れ動く事になる。
……でも、僕は決心する。そんな彼女の提案に対してなんと答えるべきなのか。彼氏でも彼氏役でも無い、ただの僕がどう答えるべきなのか。
「その……気遣ってくれて、ありがとう。如月さん」
「ん」
「でも、その提案は嬉しいんだけども……僕ってその、もう彼氏役でも無いからさ。そこまで求めるのはなんか違う気がするんだ」
「……そう?」
「うん。だからさ、如月さんはいつも通りで良いと思うんだ。それで大丈夫だよ」
僕がそう如月さんに言うと、彼女は小さく頷いた後にこう言った。
「分かった。じゃあ、このまま……いつも通りにする」
「うん、ありがとう」
如月さんはそう言ってくれた。だから、僕は彼女にお礼の言葉を言う。すると、如月さんは少し間を置いてからこう言ってきた。
「じゃあ、蓮くん」
「ん?」
「そろそろ行こ」
如月さんはそう言なり、すぐに歩き出した。校舎に戻る出入口に向かって、スタスタと歩いて行く。しかし、僕にはまだ疑問が1つだけ残っていた。
「あの、如月さん」
「ん?」
僕が声を掛けると、彼女はすぐに立ち止まって僕の方を向いてきた。そんな彼女に僕はある事を聞く。
「そういえば、なんだけど。今日のその用事って……何かな?」
今日、如月さんが僕に付き合って欲しいと言ってきた用事。それはいったい何なのかをまだ僕は聞かされていない。
「えっと……僕は今、如月さんの彼氏役じゃない立場で、ただのクラスメイトのはずだけど……それでも付き合う用事って、どんなものかと思って……」
「……」
「その、教えて貰えると助かるんだけども……どうかな?」
僕がそれを聞くと、彼女は僕から目を逸らして少し考える仕草を見せる。そして、彼女はこう言ってきた。
「それは……秘密」
「え?」
「内緒」
如月さんはそう言って、僕から顔を背けた。僕はそんな彼女の返答に思わず戸惑ってしまう。そして戸惑っている僕を置いて、如月さんはまた歩いていってしまう。
「ま、待って!」
そんな彼女を僕は慌てて追い掛ける。そして彼女の隣に並びながら、僕は如月さんに話し掛ける。
「その……どうしても、教えて貰えないかな? その用事の内容」
「……駄目」
そんな僕の問い掛けに、彼女はそう答えてきた。でも、僕はそれでも食い下がらない。だって、気になるし。
「そこをなんとか……」
「駄目」
僕がそう言っても、彼女は頑なに教えてくれなかった。どうしてそこまで秘密にしたいのか僕には分からないけども……でも、ここまで来ると僕も意地になる。
「どうしても?」
「ん」
もう1度そう聞いたけども、彼女はやっぱり頷いてくれなかった。もうこうなったら最後の手段だ! ……とは思ったものの、そんなすぐに思い付くものなんて無いので、とりあえずは普通に聞く事にした。まぁ、それで教えてくれるかは知らないけどね。
「じゃあさ……せめてヒントだけでも良いから教えてくれないかな?」
「……それくらいなら」
僕の問い掛けにそう答えてくれた如月さん。どうやら教えてくれるみたいだ。
「あ、ありがとう」
僕は一言、如月さんにお礼を言う。そして彼女は少し間を置いてからこう答えてくれた。
「遊び」
「……え?」
「それがヒントだから」
如月さんはそれだけ言うと、そのまま僕の先を歩いていってしまう。そんな後ろ姿を見ながら、僕は何も言えなくなってしまった。
……なんだろ、この気持ち。めっちゃモヤモヤするんですが? というか、遊びって何? どういう事? 僕、分かんない。
けど、分からない中でたった1つだけ、僕には分かっている事があった。それは……間違いなく、僕は如月さんに翻弄されているという事だ。もしくは、彼女に遊ばれている。そうか、これが遊び……って、いや、違うか。
僕は与えられたヒントを基にして、その内容について必死に考えながら、如月さんと共に校舎の中へと戻って行き、それから学校を後にしていくのであった。
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