久しぶりの感情と衝動。



「彼氏、役?」


「まぁ、便宜上の役割だけどな。でも、立花の代役って意味なら、あながち間違ってないだろ?」


「……」


 煌真が発したその言葉を聞いて、私は言葉に詰まってしまった。だって、彼は彼氏役と言ってきたんだから。


 そんな事を言われれば、おかしいと思ってしまうのは当然だと思う。煌真が蓮くんの代わりの彼氏役って事はつまり、彼は彼氏役の彼氏役という事になる。


 凄くおかしな話だ。私だけにしか分からない、とても冗談染みた話。でも、それって……


「……」


「……おい。黙ってないで、なんか言ってくれよ。こっちは冗談半分で言ったのに、そんな反応をされると……なんか、俺が恥ずかしくなるだろ」


「……」


「て、てか、それともなんだ? 気に障ったのか? もしかして、怒っているのか?」


「……」


「……あのな。だから、何かしゃべって―――」


「……ぷ」


「は?」


 あ、駄目だ。もう無理。抑えられない。我慢の限界だった。


「くくっ……あは、あははっ!」


 お腹の底から込み上げてくる笑いの衝動を我慢出来ずに、私は吹き出してしまった。どうにか抑えようと頑張ってはみたけれども、でも駄目だった。おかし過ぎて、笑ってしまう。


 だって……だって、煌真が蓮くんの代わりの彼氏役だなんて言うから。煌真からすれば冗談で口にした事なのかもしれないけど、私からすれば見事に的を捉えた発言だったから、思わず笑ってしまった。


「はははっ、ふふっ、くくくっ……!」


「……おい。いつまで笑ってんだよ」


 そうして私が笑い続けていると、煌真が不貞腐れた様な声でそう言ってきた。だから、私は笑うのを少し堪えて、煌真に視線を向ける。


「だって……ふふっ」


「……ったく、そんな笑わなくても良いだろ」


「でも……ふふふ」


「はぁ……」


 煌真はため息を吐きながら頭を搔いていた。そして少ししたところで、ようやく笑いの衝動が治まってきて、私は平静さを取り戻す。


 けど、今度はなんだか恥ずかしさとか、いたたまれなさが湧き上がってきた。あれだけ煌真の目の前で笑ってしまったから、その反動が来ているのかもしれない。


「全く。ホント、訳の分からん奴だな。お前は」


「……ん、ごめん」


「まぁ、いいけどさ……しかし、随分と久しぶりに思えるな」


「……? 何が?」


「心奏が笑っているところだよ。それを見るのは久しぶりだ」


「……そう?」


「そうだよ。昔は良く笑っていたのに、最近はめっきり笑わなくなったからな」


 煌真にそう言われて、私はほっぺに手を触れてみた。それからぐいぐいと引っ張って、口角を上げてみる。


「ん、笑顔」


「……それは笑顔じゃねえよ。変顔だっての」


「違う。笑顔」


「はぁ……まぁ、別に構わないけどな」


 そうして煌真は軽く息を吐くと、私を見ながら言葉を続けてくる。


「今のお前のキャラじゃないかもしれないが、笑顔を見せてた方が絶対に好感が持てると思うぞ」


「……誰の?」


「それくらい自分で考えろ」


 そう言った後、彼は私から視線を外してそっぽを向いてしまった。だけど、そのままの姿勢で煌真はまた何かをぼそぼそと喋っていた。


「でも、まぁ……俺は……と思うぞ」


「ん?」


「……なんでもねえよ」


 何を言っているか分からなかったので、私が煌真にそう聞くと、彼は不機嫌そうにそんな事を言っていた。


「……変なの」


 私はそれだけ呟くと、視線をテレビ画面に向ける。相も変わらずテレビでは人とサメが必死になって戦っている。この懸命さは私もちょっとは見習った方がいいかもしれない。そう思った。


「ねぇ」


「あ? なんだよ?」


「友達って、何をすれば良いと思う?」


「は?」


「教えて」


 煌真の目を真っ直ぐ見ながら、私はそんな問いを投げ掛けた。けど、どうも彼は私の質問の意図が伝わっていないのか、怪訝な表情を向けてきていた。目が点になって、口は半開き。


「いや、お前。何を言って……」


「友達って、何をすれば良いと思う?」


「いや、それはさっき聞いたけどよ……」


 煌真はそう言って深いため息を吐いていた。それから少しして、彼は頭を搔きながら私を見る。


「その……なんだ。とりあえず、目的を聞いていいか? お前の話の終着点がなんなのか分からんから、先にそれを聞いておきたい」


「終着点?」


「だから、その……お前が何を求めているか、とかだよ」


「……仲良くなりたい」


「……そ、そうか」


 煌真は少し困った様に眉を寄せてから、腕を組んで私をじっと見てくる。だから、私も負けじとじっと彼を見つめ返した。


「まぁ、一般論になるが……一緒に遊んだり、相手の家に遊びに行くとかだろ。そうやって、自然と仲が良くなるもんだろ」


 そして少し考えたところで、煌真はそんな答えを口にしてくれた。それからまた、ため息をもう一度吐いていた。


 ……一緒に遊んだり、家に遊びに行く。つまり、煌真にしている事と同じ事をすればいいのかな。今、私たちがしている感じで。


「分かった。やってみる」


「……お前、ちゃんと理解してるか?」


「大丈夫。ちゃんと理解したから」


「……まぁいい。とりあえず、頑張れよ」


「ん」


 私は煌真の言葉に頷いた。そして会話を終えると、またテレビの映像に視線を向ける。そしてサメと戦う人たちの頑張りを見習って、私も頑張らなきゃとそう思った。


 ちなみに今日のビデオ鑑賞会は日付を跨ぐ前に閉会する事になった。閉会した理由は、煌真が途中で寝落ちしたからである。手伝うと言った割には、だらしのない結果で終わってしまった。


 そんな彼に少しがっかりはしたけど、ここまで手伝ってくれた分のお返しという事で、毛布だけは掛けてあげた。うん、これで良し。


 そして私は自分の家に帰る事にする。煌真はリビングで苦しそうに寝ているけど、そのまま放置だ。


「じゃあね」


 私はそれだけ言って、煌真の家から出て行くのだった。


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