弥生さんは 計り知れない。



「役目……って、えっ?」


 弥生さんの告げた言葉に、僕は驚きを隠せないでいた。どうして彼女は、そんな言葉を使ったのか。普通なら、如月さんに振られそうになっているとか、振られたからとか、そういう言葉を使うものだ。


 それなのに、彼女は役目という言葉を使ったのだ。それは、つまり……弥生さんは僕と如月さんとの関係について、本当の事を知っている。そう考えるのが自然だろう。


「え、その……何で? どうして、それを知っているんですか……?」


 僕は動揺しながらも、弥生さんにそう問い掛ける。すると、彼女は「んー」と少し悩んだ様な声を出した後で、僕の疑問に対して返答しようと口を開いた。


「知ってたら、おかしいかな?」


 さも、当然の様に彼女はそう言った。僕はそれに困惑を隠せないでいて、それと同時に恐怖も感じていた。一気に脂汗と冷や汗が、同時に顔から吹き出てくる。加えて動揺から手が震えてしまい、それを隠そうと僕は手を強く握り締めた。


「お、おかしいですよ。だって……だって、僕はその事を、誰にも言っていないのに……」


「うん、そうだね。立花くんは誰にも言っていないから、私以外の人には誰にも知られてはいないよ」


「じゃ、じゃあ、何で……? もしかして、僕じゃなくて、如月さんが……?」


「いやいや、まさか。それこそ全く無いよ。心奏ちゃんがそんな情報を流す意味なんて、全く無いんだから」


 ははは、と弥生さんは笑いながらそう言った。まるで冗談でも聞いて笑う様な、そんな笑い方だった。


 そして僕はそんな弥生さんに対して、何も言葉を返す事が出来なかった。だって、本当に意味が分からないから。彼女の言葉が本当なら、何も情報が無いのにも関わらず、弥生さんは僕らの秘密に気が付いたという事になる。


「あ、あの……弥生さん」


「うん?」


「いつから、ですか? いつから、その……僕らの関係について、知っていたんですか……?」


 僕は目を逸らしながら、恐る恐る弥生さんにそう尋ねた。すると、彼女は場違いなほどに柔らかな笑みを浮かべた後、僕に向けてこう言ってきた。


「最初から、だよ」


「え……」


「心奏ちゃんと立花くんが付き合い始めたって噂が流れ始めた時、私はそれが嘘だって分かっていたからさ」


 弥生さんはそう答えると、ニコリと笑顔を浮かべた。その笑顔に僕はまた恐怖を感じる。だから、何とか口から言葉を発した。


「あの……どうして……」


「どうしても何も、キミたち2人が付き合う理由が見当たらなかったから」


 そう言った後、弥生さんは机の上に置かれている自分のグラスを手に取って、一気に中身をストローで飲み干した。そして空になったグラスに残った氷をカラカラと鳴らしながら、彼女は僕の顔を真っ直ぐに見つめてくる。


「だから、噂が本当なのかどうか、ちゃんと確認したでしょ? で、その時に確信が出来たって訳」


 そんな言葉を聞いて、僕はその頃の記憶を思い返していた。確か、如月さんが誰かに告白されて、それを断って、僕と付き合っていると言った翌日。その時に弥生さんに如月さんと僕が付き合っているかどうか、聞かれたんだ。そして、それが彼女と初めて会話した瞬間でもある。


『そっかー、そうなんだ。へぇ、なるほどねー』


 ……思い返してみれば、その時に弥生さんは僕に質問攻めをした後、そんな言葉を口にしていた。僕はそれを噂が本当だったと、分かって納得したから出てきた言葉だと思っていた。


 けど、今の話を聞く限りだと、それは違う意味を持つ事になる。なんで彼女はそんな言葉を口にしたのか。それは……僕らの関係が嘘であるのが分かって、確信を得たから。だから、そう言ったのだ。


「でも、だったら……弥生さんは何でその時に嘘だって言わず、クラスのみんなに向かって僕らが付き合っていると、言ったんですか?」


「ははっ、面白い事を聞くね、立花くんは。もしかして、あーしがみんなに嘘だって言った方が良かったの?」


「そ、そうじゃないです。そうじゃない……」


 僕は首を必死に横に振って、彼女の言葉を否定した。


「だけど、普通ならその場で嘘って言ってもおかしくないですよ。嘘だって確信が出来たのなら。でも、弥生さんはそれをしなかった。どうしてですか……?」


「うーん、答えるまでも無いけど……立花くんが答えを欲しがっているのなら、答えてあげるのが筋ってやつかな」


 そう言って弥生さんは首を縦に2回ほど、うんうんと頷く。そして持っていたグラスをまた机の上に戻してから、僕へまた視線を向けた。


「理由なんて簡単だよ。私が嘘だって指摘をすると、都合の悪い人がいるから。だから、しなかった。それだけ」


「それだけって……」


「だって、あんなクラスのみんなが注目しているところで、嘘ですなんて言ったら、立花くんもそうだけど、如月さんも居場所が完全に無くなってたでしょ?」


「それは……そうですけど」


「だから、それを隠した上で、本当の事だって後押しをした感じかな。後はみんな単純だから、しっかりと信用してくれたでしょ?」


「信用してくれたって……そんな簡単に言いますけど、もしバレてしまってたら……」


「そんな事にならない様にも、アフターフォローはしっかりしてたはずだよ。遠足の時も、勉強会の時も。なので、バレる心配なんて全く無かったよ。これまでね」


 弥生さんはそう言い終えると、また笑みを浮かべる。いつも彼女が見せる表情なんだけど、僕にはそれが不敵な笑みに見えてならなかった。


「でも、そうやってあーしが何度もフォローしてきたけど……ついに心奏ちゃんに見限られそうになっている。それが今の立花くんの立ち位置なんじゃないかな?」


「……」


 僕は何も言えずに黙ってしまう。彼女に何も返せずに無言の時間が続いていく。けれども、弥生さんはそれを肯定だと捉えたのか、僕の返答を待たずに話の続きをし始めた。


「だけど、安心してね。別にあーしは立花くんの秘密を暴いて、それを追及するのが目的じゃないからさ。あーしの目的は、立花くんを助ける事なんだから」


「僕を、助ける……?」


「その為の反省会なんだからさ。立花くんも、これを機に学んでみるといいよ」


 弥生さんはそう言って一区切りつけると、小さく息を吐いた。それから少しして彼女は僕に顔を向けると、こう告げるのである。


「どんな相手でも見破れない、ってやつを、ね」


 彼女はそう言った後、今までに見せた事が無い、悪魔の様な……そして蠱惑的笑みを僕に見せた。その笑みは……さながら悪魔との契約の様な、そんな怪しげな雰囲気を醸し出していた。


「私がそれを、立花くんに教えてあげるね」


 それから僕に向かって手を差し伸べてきた。僕はその手をただ見つめる事しか出来なくて。それを掴むのか、掴まないのか、それすらも、今の自分には判断出来ないのだった。






















 ――――――――――――――――――


【★あとがき★】


 最後まで読んで頂きありがとうございました。今回で四章が終わりとなります。


 次回から五章に入りますが、ついに如月さんとの関係が弥生さんにバレてしまい、


 ピンチを迎えた蓮くん。果たして、彼が取る選択はどんなものになるのか。


 また、如月さんは蓮くんとの関係についてどう動いていくのか、ご期待ください。


 少しでも「面白い」とか「続きを待ってる」なんてそう思って頂けましたら


 フォローや★、応援コメントをして頂けると、嬉しい限りです。


 皆さまからの応援が、なによりのモチベーションとなります。


 なにとぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m


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