突破口の見えない彼女との関係、相も変わらず彼女の考えは分からない




 ******




 翌日。今日の天候は昨日の快晴から一気に崩れてしまい、外はしとしとと雨が降っていた。まさに雨期らしい天気である。


 そんな天候に引っ張られてか、僕の気分も……いや、天候は関係ないか。これがもし昨日と同じ快晴だったとしても、僕の心の内は晴れないでいた。


 原因はもちろん、昨日の出来事が起因している。昨日はあの後、放課後になった途端に如月さんは卯月を連れてどこかに行ってしまった。そしてそれまでの間、僕は彼女と何も話せなかったから、あの朝の会話から何も進展はしていない。


 一体、2人はどこに行ったのか。そして何をしていたのか。僕にはまるで見当が付かなかった。だけど、これはあくまで想像で、何となくではあるけど……僕は思い浮かべている事が1つだけあった。


 それは、もしかすると……如月さんは僕の代わりの役目を、卯月に任せたのではないか。彼氏役を彼に頼んだのではないか……という想像だ。これは考え過ぎなのかもしれないし、僕の勝手な妄想であるかもしれない。


 だけど、僕を彼氏役から外した以上、その代わりとなる人物が如月さんには必要だ。それで彼女はその役目を卯月に頼んだ。彼なら僕よりもよっぽど彼氏役に相応しいだろうから。


 だって、卯月は僕よりもしっかりしているし、他の男子を如月さんから遠ざける役目も、彼の方が適任だと思う。だからこそ、如月さんは昨日の朝に卯月を指名したのではないか。そんな風に僕は推察していたのである。


 なるほど、これが寝取られ……いわゆる、NTRなんだな。なんて事を僕は1人寂しく、自宅に帰ってから考えていた。……いや、そもそも偽装した関係だったから、寝取られではないんだけど。寧ろ、2人の関係的に元鞘? って、感じなのかもしれない。


 ……だけど、そんな感じで思っていた僕だったけど、その推測は大きく間違っているとすぐに気付かされる事になる。何故なら―――


「……はぁぁぁぁ」


「え、えっと……」


 僕が学校に登校し、教室に足を踏み入れた瞬間の事だった。僕の目に飛び込んできたのは、明らかに死にそうな感じで机に突っ伏し、深いため息を吐いている卯月の姿だった。そんな彼は目が虚ろになっていて、生気を感じられない。今にも魂が口から抜け出そうな様子になっていた。


 彼氏役を解任させられた僕よりも酷い状態になっている卯月の姿を見て、僕はこう思った。あっ、これは違うと。多分、彼氏役とか関係の無い別の案件で、卯月はあんな感じになっていると僕は判断した。


 というか、よくよく考えたら……如月さんが誰かに彼氏役を任せようとするのはおかしな話だと、僕はようやく気付いた。だって、彼女はこの前……これからは自分で頑張ると言っていたのを僕は思い出した。


 そんな如月さんが、すぐに誰かを頼る様な事をするだろうか。というか、そもそもの話……彼氏役を卯月に頼むなら、最初から彼に頼んでいるだろう。だって、卯月と如月さんは昔からの知り合いなんだから、僕なんて必要無いと思うし。


 でも、そうなると……昨日、卯月は如月さんに何を頼まれたんだろうか? 彼がこんな状態になるまで疲弊する様な事……うーん、一体それは何なのか、僕には分からない。分からないけど……とりあえず僕はそんな彼に声を掛けてみる事にした。


「その……おはよう、卯月」


「……おう」


 僕が声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げてから僕に返事をしてくれた。だけど……その表情はどう見ても優れていなかった。


「……なんか、大変そうだね」


「……あぁ」


「その、えっと……どうしたの?」


「どうしたってなぁ……」


 僕の質問に卯月はため息を吐いた。そして彼はまたも机に突っ伏してしまった。いや、本当に大丈夫だろうか……。


「全く、あの馬鹿……本当にふざけてやがる……」


「あの馬鹿って……如月さんの事?」


「それ以外に誰がいるんだよ。ったく、何なんだ、あいつは……」


「き、如月さんが、どうしたの?」


 恨み言を呟く様に、如月さんの事を悪く言っている卯月を見て、僕は少し心配になりながらそう聞き返した。すると、彼は顔を上げて僕をじっと見ながら口を開いた。


「簡潔に言うとだな……」


「う、うん……」


「あいつに一晩中付き合わされて、寝かせて貰えなかった……」


「へ?」


 卯月が発した言葉に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。だけど、そんな僕に対して彼は特に気にした様子も無く、更に言葉を続けた。


「それなのに、あいつは朝まで付き合わせた癖に、感謝や謝罪の言葉も無くて……」


「は、はぁ……」


 卯月がそんな事をブツブツと呟いていると、不意に教室のドアが開いた。そしてそこから入ってきたのは―――


「……」


 教室に入ってきたのは、僕らが今話題にしていた人物、如月さんだった。彼女は疲れて眠そうにしている卯月とは対照的に、いつも通りの無表情で全く変わりはなかった。


 そんな彼女は僕らの方に視線を向けると、真っ直ぐに僕の方に歩いてきた。そして目の前で足を止めてから、僕の事をじっと見てきた。


「おはよ」


「あ、うん……おはよう」


 如月さんは無表情のまま、僕に朝の挨拶をしてきた。そんな彼女に僕もまた同じ様に挨拶を返す。それから如月さんは今度は卯月に視線を向けた。


「おはよ」


「……何が、おはよ、だよ。つい数時間前まで一緒にいたし、こっちはお前のせいで一睡も出来てねぇんだよ」


「……」


 如月さんの言葉に対して卯月が悪態を吐くと、彼女は無表情のまま卯月を見つめていた。だけど、相変わらず彼女からは感情が読み取れないので、何を考えているか分からなかった。


「ねぇ」


「あ?」


「今日も、お願い」


 しかも、如月さんは悪びれもせずにそんな事を言っていた。そうした彼女の言葉に卯月は目を見開いていた。


「お前、あのなぁ……」


「何?」


「……はぁ」


 無表情のまま首を傾げてくる如月さんに対して、卯月はまたもため息を吐き、そして頭を抱えていた。それから彼は少しだけ時間を空けた後、顔を上げて僕に視線を送ってきた。


「立花に頼め」


「え、えっ?」


「別に立花でもいいだろ」


 卯月はそう言って、昨日と同じく如月さんに僕を推す言葉を発していた。正直、というか本当にその助け舟は僕にとってありがたいものだった。如月さんと話す機会を設けてくれるのは、素晴らしい提案でしかない。


 僕は今度こそという気持ちで、如月さんを見ながら返答を待った。ドキドキと心臓が脈打ちながら、僕は彼女が口を開くのを待っていた。そして彼女はそんな僕を見てから静かに口を開いた。


「ダメ」


 しかし、如月さんは僕を真っ直ぐ見つめたまま、はっきりと短くそう告げるだけだった。これには僕もショックで目を見開いてしまった。


「お前さぁ……」


 そんな如月さんの事を、卯月はジト目で睨んでいた。だけど、そんな視線に臆する事も無く、彼女は何一つ表情を変えなかった。


「どうして立花じゃ駄目なんだよ」


「蓮くんはダメ」


「だから……」


「良くないから」


 卯月が必死に食らいつく様に言うけど、如月さんは首を横に振って、ただそれだけしか口にしなかった。


「立花の何が良くないってんだよ」


「……」


「……はぁ」


 何を言っても無駄だと悟ってか、卯月はため息を吐いてから、頭を掻いていた。そんな彼は如月さんを見ながら口を開いた。


「……ったく、分かったよ。今日も付き合ってやる」


「ん」


 卯月が渋々了承の言葉を口にし、如月さんはそれに小さく頷いた。


「じゃあ、放課後」


 そして如月さんはそれだけ言った後、僕の方を一瞥してから自分の席に向かって歩いて行った。そんな彼女の後ろ姿を、僕はただただ見つめているしか出来なかった。何か声を掛ける事も出来なかった。


「はぁ……ったく、あいつは……」


 僕の横で卯月がため息を吐いている。そして彼は頭を掻きながら僕の方に視線を向けてきた。というか、恨めしそうに睨んできたのである。


「立花」


「は、はい」


「早いとこ、あいつと仲直りしてくれ。俺を巻き込むな」


「う、うん……」


 卯月にそう言われた僕は、ただ頷く事しか出来なかった。そして彼は何度目か分からないため息を吐いた後、机に突っ伏してしまった。


「はぁ……」


 そんな卯月の姿を見て、僕は自分の無力さを痛感する。仲直りしろって言うけど、僕はどうすればいいのだろうか。僕は元の関係に戻れるなら戻りたいけど、如月さんがそうさせてくれないのだから。……いや、如月さんが悪いって訳じゃないんだけど。


 そうして外の天候と同じく、全く晴れ間の見えない如月さんとの関係に、僕はただただ不安と絶望を感じるしか出来ないのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る