水族館デートとは思えない、行く先々での彼女の嗜好
そして如月さんからの予想外の発言はあったものの、最初の展示エリアを抜けると、僕は無料で貰える館内パンフレットを見ながら、次の目的地について考える。
今現在、僕らのいる場所からだと、熱帯魚コーナーとクラゲの展示コーナーが近くにあるようだ。そして少し歩けば、おそらく水族館の中では人気のスポットとも言えるイルカショーの広場やペンギンたちのプールなどがある。
どこに行こうか迷うところだけど……僕は一度パンフレットから目を離すと、隣で佇んでいる如月さんに声を掛けた。
「あの、如月さん」
「……何?」
「如月さんはその、どこか行きたいところはあるかな?」
僕はそう問い掛けつつ、如月さんへパンフレットを手渡した。彼女はそれを受け取って館内の配置を確認すると、しばらくの間、黙って考え込むような仕草を見せる。それから数秒ほどして、ようやく顔を上げてから口を開いた。
「こっち」
如月さんはそれだけ言うと、スタスタとどこかへ歩き出していってしまった。特に目的地がどこだとか、そうした話も無かった為、僕は彼女の後を追い掛けるように歩き出す。
そして数分もしない内に、僕らは次の展示エリアに辿り着いた。そこは比較的小さな展示エリアとなっていて、水槽も一つしかない。しかし、そこに展示されている生き物は存在感を放っており、僕は思わず息を呑んでしまった。
「これは……」
目の前の水槽の中にいるのは、巨大なダンゴムシみたいな姿をした生物だ。そんな生物が水槽の底、砂地の上をゆっくりと移動をしている姿は何とも不気味であり、また奇妙な光景でもあった。
「え、えーっと、このダンゴムシのお化けみたいな生物って……何?」
「ダイオウグソクムシ」
僕が思わず尋ねると、如月さんが淡々とした口調でそう語ってくれた。しかし、その目はどこかキラキラと輝いているように見えなくもない。
「そ、そうなんだね……」
「うん」
短く返事をすると、如月さんはそのまま黙り込んでしまった。僕もそんな彼女に倣って口を閉ざして、再び視線を水槽へと向ける。そこには相変わらず、ダイオウグソクムシがノソノソと動き回っている姿があった。
「……可愛い」
ポツリと、そんな言葉を漏らす如月さん。えっ? これが……可愛い? いわゆる、キモ可愛いというやつなのだろうか……?
「……えっと、如月さんはこういうのが好きなの?」
「うん」
僕の問い掛けに、如月さんは迷わず即答する。どうやら、本当に好きなようだ。そして彼女は水槽にさらに近付き、食い入るように観察をしていた。
……正直、如月さんの嗜好については、未だに分からないことが多い。前は雄々しい鹿を見て可愛いとか言っていたし、どういうのが好きなのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、如月さんはもう満足したのか、水槽から離れて歩き出した。またどこへ行くとは言ってくれなかったので、とりあえず僕はその後を付いていくことにする。
そうして歩いているうちに、次の展示コーナーが見えてきて、如月さんはそこで足を止めた。そこはなんと、サメばかりが展示されている場所だった。
流石に巨大過ぎるジンベエザメはいないけれども、中くらいの大きさや小さいサイズの豊富な種類のサメたちが悠々と泳いでいる様子が見られる。そうした光景を如月さんはジッと見つめており、時折、小さく感嘆の声を漏らしていたりもする。
「……可愛い」
「これも、可愛いなんだ……」
そして如月さん基準だと、これも可愛いに該当するらしい。どうなっているんだ、如月さんセンサー。てんで良く分からないぞ。
「……可愛くない?」
「そ、そうだね……僕からすると、可愛いよりは、カッコいいの方が近いけど……」
僕はそう言うと、改めて水槽の中にいるサメたちを眺める。ノコギリザメやシュモクザメといった種類が見受けられたが、その姿は優雅に水中を舞っており、とてもカッコよく見えた。
「蓮くんは、どのサメが好き?」
「えっ?」
「私は、ネコザメが好き」
そう言って彼女が指差したのは、大きな水槽の中でのんびりと泳ぐ一匹のネコザメの姿だった。なるほど、確かに見た目的には可愛らしいかもしれない。
「そ、そうなんだ……」
僕は納得しながら頷くと、なんて返せばいいかを考える。正直、どのサメが好きかなんて考えたことが無い。そもそもどのサメが何のサメかも分からない。ジンベエザメとか、ホオジロザメとかなら分かるけど、それ以外はサッパリだ。
「で、どれ?」
僕が回答に悩んでいると、追い打ちを掛けるように如月さんが再度尋ねてくる。いい加減、待たせてしまうのは申し訳ないので、僕は思い切って答えを口にすることにした。
「じゃ、じゃあ、僕はファイブヘッドジョーズで!」
「は?」
「えっ?」
「……何?」
僕が口に出した言葉に対して、如月さんは怪訝そうな表情をしつつ、聞き返してきた。……しまった。冗談で口にしてみたけれども、このネタは彼女には分からないらしい。じゃあ、仮にシャークトパスとかゴーストシャークとかデビルシャークとか言っても通じないかもしれない。
これ以上、変な冗談を繰り返しても彼女の反応は薄そうだと判断した僕は、普通に回答することにした。
「……ハンマーヘッドシャークです。はい」
「シュモクザメ。あれも可愛い」
僕が答えると、如月さんは即座に答えを返してくれた。しかも、またもや可愛い判定だ。なんというか、不思議な感性の持ち主だなと思う。
……というか、僕が想定していた水族館デートとなんだか違うんだけど。何で入って早々にこんな女の子がとても寄り付かないような場所ばかり見ているのだろうか、僕らは。
もっと、こう……ペンギンとか、小さな魚と戯れて楽しそうな如月さんの姿を思い浮かべていたのに、これはなんなんだろうか……。まぁ、本人が楽しそうだから良いんだけどさ……。
そんなことを考えながらも、如月さんが十分にサメのエリアを満喫した後、僕らは次の展示コーナーへと向かっていったのだった。
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