ひとまずの休憩時間と、将来の進路について
そして思い掛けないハプニングを挟みつつも、その後は特に何事も無く僕は勉強を進めていく。時折、如月さんに分からない箇所を聞くことはあれども、先程のような展開になることは無かった。
僕も如月さんも二の轍を踏まないように、出来るだけそういった方向に意識を向けないように努めている。だからこそ、聞こうとする際はとてもぎこちない感じにはなるけれども、またあんなことになるよりは全然マシだと思う。だからこの調子でこのまま無事に終わって欲しいと心から願うばかりだった。
そんなこんなで気がつけば時間はあっという間に過ぎ去っていった。館内に備え付けられた時計を見てみれば、時刻はお昼時に近付こうとしている。休憩をするには丁度いい頃合いだろう。僕はそれを見て、一旦休憩をすることにした。
僕は席に座ったまま軽く伸びをする。長時間同じ姿勢でいたからか、体のあちこちが固まってしまっているような感覚があった。そんな僕を見ていた如月さんが声を掛けてきた。
「……お疲れ様」
「あ、うん。ありがとう」
僕はお礼を言った後、机に広げていた勉強道具を一度片付け始める。まだ勉強を続けるつもりではいるけれども、休憩なのに広げていては休まらないので、一時的に仕舞うことにした。
そうして片付け終えてから僕が一息吐いていると、隣に座る如月さんが読んでいた本を閉じた。そして僕に向けて声を掛けてきた。
「……どんな感じ?」
「えっ?」
「勉強の進み具合。ちょっとは分かるようになった?」
「あっ、うん。如月さんが教えてくれたお陰で、何とか赤点だけは避けられそうかな」
僕は如月さんからの問い掛けに、頬を掻きながら答えた。実際、如月さんが居なかったらここまで順調に進めることは出来なかったと思う。そう考えると、如月さんには感謝しかない。
「そっか、良かった」
僕の返答に対して、如月さんは安心したようにそう言った。
「他の科目は、大丈夫なの?」
「その辺は……まぁ、可もなく不可もなくって感じかな。一番苦手な数学さえ何とかなれば、どうにかなると思うよ。一応、得意な科目もあるにはあるからね」
僕は自信なさげに答える。本当はもう少し胸を張って答えたいところだが、事実としてそこまで出来る訳でも無いのと、僕よりも成績の良い如月さんにそんな見栄を張っても意味が無いからだ。
「そう……それなら良いんだけど」
「あっ、そういえば……僕なんかが聞くのもおこがましいかもしれないけれども、如月さんは今回のテストは良い点は取れそうな感じだったりする?」
「別に。けど、特に問題は無いと思う。好成績を取ろうと思ってないから、普通で十分」
「そ、そうなんだね……」
如月さんは淡々とそう語った。そんな彼女の言葉を聞いて、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「……けど、卯月もそうだけど、みんなしっかりとしてるよ。僕は言われないとこうして勉強をしようとしないけど、みんなは言われなくても自主的にやってるんだもんなぁ……」
僕は自分が情けないやら悔しいやらで、溜め息を吐いてしまう。
「どうすれば、みんなみたいにしっかりなれるんだろうね……」
僕がそう愚痴を零すと、如月さんは少しだけ考える素振りを見せた後、僕に話し掛けてきた。
「……蓮くんは、卒業した後のこと、考えてる?」
「えっ? 卒業した後って……進路ってこと?」
突然の質問に戸惑いながらも、僕は聞き返すようにして聞き返した。すると彼女は頷いて肯定の意を示した。
「そうだね……正直言って、あんまり考えてないかも」
僕は正直にそう答えた。今のところ、この先どうするかなんて考えてもいなかった。進学するのか就職するのか、まるで決まってなんかいない。何かしたいという目標すら無い状態だ。
「多分だけど……勉強が頑張れないのは、それが理由かも」
「えっ?」
突然の指摘に驚いてしまい、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな僕を他所に、彼女は話を続けた。
「目標が無いから、何を指針にして進めば良いのかが分からない。だから、やる気が出ないんだと思う」
「なるほど……」
言われてみれば確かにその通りかもしれないと思った。例えば行きたい大学があれば、そこの大学に行けるだけの学力を身に付けようと努力するだろうし、逆に明確な将来のビジョンが無ければ、今現在の勉強に身が入るはずもない。
要するに、今の僕には目標となるものが無くて、漠然とした将来への考えしか持っていないから、目の前の勉強に集中することが出来ないのだろう。そう思うと、何だか情けなく思えてきた。
「けど、そうか……進路についても、そろそろ考えていかないと、マズいよな……」
僕も今は高校二年生だけれども、来年になれば受験や就職活動が控えている。まだ大丈夫なんて思っていたら、いつの間にか手遅れになっている可能性もあるのだ。
そうなれば後悔しても遅いだろう。今のうちにきちんと将来のことを考えておいた方が良いに決まっている。その為にも、まずは何を目指すのかを明確に決める必要があるのかもしれない。
でも、目指すものかぁ……。僕は頭を悩ませる。しかし、どれだけ考えたところで一向に答えは見えてこなかった。そもそもなりたい職業というものが思い浮かばないし、進学したからといってやりたいことも全く思い浮かばない。本当に何も無かった。
「……如月さんは進路について、何か決めてる?」
ふと気になったので、僕は彼女に聞いてみることにした。
「私は、特に。一応、進学するつもりではいるけど」
「ちなみに、どこの大学とかはもう決めてるの?」
「ううん、具体的にはまだ。それでも、ここから通えるくらいの距離のところで決めると思う」
「そっか……」
如月さんは進学希望。それを聞いて何となくだけれど、如月さんの成績ならきっと何処へだって行けるんだろうなと思えた。それだけ彼女の成績が良いことは知っているし、何より如月さんの真面目な性格を考えれば、自分の将来の為になる進路を選ぶに違いない。
如月さんが選んだのであれば、その道は決して間違ったものではないだろう。少なくとも、僕よりは確実にちゃんとした進路が選べるはずだ。だからこそ、僕は如月さんを羨ましく思った。
……そしてもう一つ、思うことがあった。それは彼女が進学をするのなら、今のままだと恐らく、卒業後には僕はもう彼女と会うことは無くなるだろうということだ。
如月さんと僕の成績の差を考えれば当然と言えば当然だが、今の僕の成績で彼女が受けるような大学に合格することは無理だと思った。それくらい僕と彼女の間には大きな差があった。
そう考えると、こうして如月さんと会えたり話したりするのも、残り二年も無いことに気付かされる。いや、それどころか、下手したらもっと短い期間になるかもしれない。そう思うと、急に寂しさが込み上げてきた。
「どうしたの?」
僕が黙り込んでしまったからか、如月さんが心配そうに声を掛けてくる。僕は慌てて取り繕った。
「あっ、ごめん。何でもないよ」
僕は笑って誤魔化す。しかし、内心では動揺していた。せっかく如月さんとこうして話せるようになったというのに、卒業をすればそれが終わってしまうだなんて悲し過ぎるからだ。
しかもただの別れではなく、もう二度と会えなくなる可能性が高いのだから尚更だ。そう考えると胸が締め付けられるような気持ちになると同時に、悲しみが込み上げてくるのだった。
……だからこそ、僕は思わずある言葉を口にしていた。自分でも気付かないぐらい、無意識なまでにその言葉は自然と出てしまっていた。
「……僕も、如月さんと同じ大学に行けたらなぁ」
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