第25話 図書館では、戦争は起こらない。

図書館の中では戦争が起こる予兆等も無く、平穏で静かだった。

 周辺には会議室のスペースでディスカッションする学生の姿や、パソコンで調べものをする一般人の人達が居た。

 俺達は今、「オーテピア」という県内でも大きく、膨大な蔵書数を誇る図書館に来ていた。図書館の中は広く、本の紙特有の香りが広がっている。

 現在進行形で三人とも夏休みの課題を終わらせている。ちなみに今日は、夏休み最終日の八月三十一日だ。何故、部室ではなくここでやっているかというと特に理由は無く、杉並曰く気分転換らしい。

「わぁー!絵日記めんどくさい!何でこんなガキみたいな課題を出すかな?ちゃんちゃら可笑しいよ!」

 図書館の中ということもあり少し控え目な声で抗議する。

 俺と峠崎は、既に今日の分の絵日記を終え、杉並に見せている最中だ。

「確かにそうだよな。夏休みの課題が書かれたプリントが配られた時、クラスのやつが『先生ー!高校生なのに絵日記は何か可笑しいと思いまーす!』って言ってたのがいたな。まぁ、長谷川先生の有無を言わさない眼光に諌められていたが」

 思い出すと今でも少しだけ、恐ろしい。なにあの先生視線だけで人を殺せるだろ。殺せないセンセーを見習ってくれよ。

「でも、確かにそうよね。絵日記を書くなんてそんな生産性の無いことをやらせるんだものね。全くもってナンセンスだわ」

 そう言いながら、かぶりを振る。

「しかし、我々は学生。課題というノルマをこなさないといけないんだよな。それで社会に出て働いて意味の分からない仕事とか押し付けられて、夜中まで残業してそれから、朝早く出勤とかするんだろうな…」

 暗い、それも別の意味でcryしそうな社畜の未来を語ると、

「そんなブラック企業なかなか無いわよ。少なくとも高校に毎年来る求人票は、ホワイト企業が多いらしいわよ。大学卒業前の就活のことは、分からないけれどね」と言われる。

「そうなんだね~。三人とも進路は進学だから就活か~。大変だな~。スーツ着て入社式、だね!」

 どこかのファンキーなモンキーやらベイビーズだかを連想させるようなことを言う。

 それにしてもリクルートスーツは、気が早いような感じがするが。

「でも、これから先就職しても定年まで働ける保障は無いって聞いたことがあるな。それに年金もあてになるか分からないしな。あまり明るい未来は見えないよな」

「そうね。終身雇用もあてにはならないし、リストラだってあるかもしれないものね。日本の未来に希望はあるのかしら?」

 確かに日本の未来は明るいとは、言い難いだろう。国債も年々増加する一方で、治安が良いとはいえ犯罪は枚挙に暇がないし、年金も支払った分返ってくるという保障もない。それに外交においても問題を抱えているという。お先真っ暗だ。

「こらこら!二人とも!お先真っ暗な話は無し!明るいことだけ考えようよ!老後とか確かに不安だけど、貯金とか退職金、多分年金も貰えるだろうから当面は大丈夫!」

 暗い話の流れを杉並が斬る!

「まぁ、確かにそうだな。暗い話だったかもな。ありがとう。それと、すまないな」

 すまないさんばりに深謝する。

「そういや二人とも就職するとしたら、どんな会社とか企業がいいみたいな希望ある?」

「俺は弁護士目指してるから企業ではなく、事務所になるな。最終的には独立して自分で事務所を構えたいと思ってるが」

 具体的には一等地に大きな仮称・畝間弁護士事務所を建てたい。

「私は就職するというより、実家の会社を継ぐかもしれないわね。前にお父さんが事業承継の話を私に持ちかけてきてたから、多分社長になるかもしれないわ」

「そうなんだ~。二人ともちゃんと未来を見据えてるんだね。私は今を生きることで精一杯だよ~!」

「まぁ、ぼちぼち未来の事を考えていけばいいと思うぜ。まだ、時間的な猶予はあるし」

「それにしてもこみちは、女社長か~。カリスマ性というか求心力みたいなものがあるから適任だね。畝間も真面目だし、しっかりものだから弁護士が天職かもね」

「そんなにカリスマ性とかあるかしら?客観的に見てもそんな感じは無いのだけれど…」

「俺も真面目か?しっかりものって自覚もないんだけど。それを言うなら杉並の方がしっかりしてないか?俺は暇さえあればだらだらしてるし。目標がなかったら自堕落な生活をしている自信さえあるぞ」

 胸を張りながら自慢げに答える。

 いや、胸張って答える内容じゃないな。それに胸張っても細く鍛えてる身体だから、そんなに胸筋さんは出てこないな。引きこもりかな?それこそ、胸張っていいのは、巨乳のボインちゃんか、かのナンバーワンヒーローオールなんとかさんくらいなものだろ。あの筋肉はトレーナーの憧れでもある。どうやったらあんなに筋肉もりもりのアメリカンジョークの似合う漢になれるんだろうか。

 そんなことを考えていると、

「えー!私がしっかりもの?ないない!あり得ないよ!だって、夏休みとか冬休み部活がない日はゴロゴロしてたし、夏休みの課題は終わってないし、ちょっと間抜けなお馬鹿さんだよ」

 自虐的に自分のことを言う。

「確かにそうだな。ちょっと抜けてる部分はあるかもな。まぁ、それくらいが愛嬌もあっていいんじゃないか?」

 ポジティブな方向性の意見を出す。

「そうだね。畝間の言う通りかもしれないね!でも、これからは課題とかは出来る限り二人に見せてもらわないようにちゃんとやらないと!」

 そう言ってほっぺたを両手でパチッと叩き、気合いを入れる。

 気合いだ!気合いだ!

 そういえば、気合いと言えばポケットなモンスターのきあいパンチを思い出すが、あれ実用性ゼロだよね。ダメージくらうと失敗するし。

「まぁ、とりあえずは俺と峠崎の絵日記写せよ。まだ、家庭科のレポートと数学の問題集があるんだろ?」

「うん、出来る限り早く済ませちゃうね。畝間、こみち、多分、後二時間くらいかかるけどいいかな?」

 可及的速やかに済ませるという彼女。

 俺としては本を読んだりして全然待てるので、

「おう、いいぞ。いくらでも待ってやるよ」

 と答える。

「ええ、いいわよ。本を読む時間が出来るから好都合だしね」

 彼女も同じ理由で杉並のお願いに同意する。

「うん、ありがとう!じゃあ、ちゃっちゃと済ませるね」

 そう言いながら文字の丁寧さや絵の構図が乱れない程度にシャーペンで書いたり、描いたりするスピード加速させる。

 加速というと、加速世界アクセルワールドを思い出すな。ブレインバーストとか飛行アビリティは羨ましい。主人公はパッとしないけど、いざという時はカッコいいんだよな。

 杉並が絵日記や家庭科のレポート、数学の問題集に取り組み始めてから三時間が経過した頃、「よし、終わった!」という声が聞こえてくる。

 俺、待ち時間で「物語シリーズ」全巻読み終えちゃったよ。実は俺、速読が使えるんだよというのは嘘で、単に読むのが平均的な速さと比べて速いというだけだ。

「おー、終わったか。予定よりも時間かかったな。あまり答え写ししなかったもんな。なかなかの勇者っぷりだったぞ」

 彼女を褒め称える。

「だって、夏休み明けに学力テストがあるから少しでも数学は勉強しとこうと思ってさ。私の家、両親がテストの点数が悪いと怒るんだよね。それを回避するためでもあるよ」

 赤裸々に家庭事情を話す。

「そうなのね。私は勉強が比較的好きな方だったから、両親には勉強しろとは言われなかったわね。色々と家庭によって違うのね」

「俺も勉強は得意な方だからな。それに学力はあるに越したことはないし、勉強はすればその分結果に表れるからどちらかと言えば好きな方だな」

「へ~。二人とも凄いね!ちなみにテストの点はどれくらいなの?」

 凄い気になるという様子だ。

「俺は平均点が九十五点くらいかな。毎回後一歩ってところで満点を逃すって感じだな。多分、自分で言うのもなんだが秀才タイプだな」

「私は毎回満点よ。今まで点数を落としたことがないもの」

 そう述べる規格外な二人。

「そ、そうなんだ。私はだいたい平均点が七十点くらいだよ~。畝間は秀才タイプなら、こみちは天才タイプだね。二人とも羨ましいな~!」

「天才タイプってことはないと思うけど… まぁ、天才と言われて悪い気はしないわね」

 少しだけ上機嫌になる峠崎。

「確かに峠崎は天才タイプだな。何でもオールマイティにこなすし、苦手なもの無さそうだけどな」

「そうね、確かに大体のことは出来るけれど、私にだって苦手なものくらいあるわよ」

「そうなのか。ちなみに何が苦手なんだ?参考までに聞かせてくれ」

 そう言うと、峠崎は少し困った風に顔を悩ませる。

 それから、暫くした後に、

「笑わないと約束できるかしら?」

 と言われる。

「おう、多分笑わないと約束するぜ」

「なら、言うわね。実は、私、虫とか害虫が苦手なの。出てきたら自分でも退治出来ないくらいに苦手よ。特にムカデとかゴキブリが苦手ね。おぞましいわ」

 峠崎が苦手と言ったものは、ごく普通の苦手なものワーストワンに入るであろうものだった。

「なんだ、虫が苦手なのか。それは大体の人がそうじゃないか?俺も虫苦手だし、いつも部屋にゴキブリが出たら母さんに退治任せてるし」

「私も虫苦手だよ!なんだ~、もっと別のものが苦手かと思ったよ!虫を好む人とかほんの一握りの人くらいだよね!」

「まぁ、あれを好むやつはなかなか居ないだろうな。じゃあ、逆に好きなものとかはあるか?」

 苦手なものから好きなものに質問をシフトさせる。

「そうね、前に言ったけど甘いもの全般は好きね。後、ウサギが好きだわ」

 ウサギが好きという意外事実を告白される。ウサギ確かにいいよね。ロップイヤーとか。某アニメ・某マンガにはティッピーとかアンゴラウサギがいるし。ご注文はうさぎかな?

「そうなんだ~!私は犬が好きだよ!家でチワワ飼ってるよ!後は、ハンバーグが好きだな!お母さんの作るハンバーグが美味しいんだよ!」

「そうなのか。二人とも動物が好きなんだな。何か意外だな」

「畝間君は、確かアニメと読書が好きって言ってたわね。後は、甘いものもわりと好きって言ってたわね。他には好きなものあるかしら?」

「そうだな~。わりと猫が好きだな。マンチカンとか。あの短い足でちょこちょこ歩いているのが堪らなく可愛いんだよな。やっぱり猫が一番かな~」

 思わず猫のことを考えてしまい、惚気てしまう。

「…ウサギの方が可愛いわよ。目がクリクリしてるし、餌をモソモソ食べたりしてるところが可愛いもの」

 何故か張り合ってくる峠崎。ウサギの良さを布教したいのだろうか?

「ま、まぁ猫にはない可愛さがあることは認める。でも、ウサギって北朝鮮とかでは食用にするため大量に飼われているらしいな。何か可哀想だな」

「そういや、そうだったわね。私、そのことを初めて知った時気を失いかけたもの。北朝鮮許さないわ。ICBM打ち返してあげようかしら」

 よろしい、ならば戦争ね、と言わんばかりに怒る彼女。

 テロリストかよ、おい。

「それはやめとけ。第三次世界大戦が勃発するからな。仕方ないことだと割り切るしかない問題だよな」

「そうだよね~。でも、世の中割り切るしかない問題が多々あるよね!」

「そうだな。色々と問題は山積みだよな」

「そうね。色々と問題はあるものね。可哀想だけれど仕方ないわね」

 少しだけしょんぼりした様子。

「そういや、結構前にバズったウサギの動画があるんだけど、これがまた可愛いんだよ~!見せてあげる!」

 そう言うと、スマホでなにやら検索し、そのウサギの動画を探す。

 観てみると、ウサギがひたすら餌を食べたり、飼い主の顔をペチペチと叩いている動画だった。

 …うん。確かに可愛い。猫にはない可愛さが見えたような感じがして、なんとなく可愛さに対する新境地が開けた気がする。

 峠崎は興味津々な様子で熱心に動画を観ていた。

 視聴を終えると、

「かおりさん、その動画どうやって調べたら出てくるの?教えてもらえるかしら?」

「これはTwitterで調べたら出てくるよ~!ぺこたんって人のツイートを見ると出てくるから。多分、保存も出来ると思うよ」

「ありがとう。早速調べて動画を保存するわ」

 そうすると、熱心にスマホを操作する。

 ウサギに掛ける想いは熱いのな。

「そうだ!畝間、この前貸してくれたラノベ面白かったよ!面白かったからついでにアニメも観たよ!」

 そういや灰と幻想のグリ○ガルを貸したことを思い出す。

「そうか。なら、良かった。アニメも面白いよな。もしも、俺達が異世界で生きるとしたらあんな感じなんだろうなって思わされる作品だよな」

「そうだよね!私は異世界で生き抜く自信とかないな~!主人公達は凄いと思うよ」

 そういうやりとりをしていると、「よし!保存出来たわ」という峠崎の声が聞こえてくる。

「おー、保存出来たのか。良かったな」

「ええ、私のウサギ動画コレクションが増えたわ」

 そう言いながらスマホのアルバムを見せてくる。

 ウサギが一羽、ウサギが二羽、ウサギが三羽… エンドレスエイトならぬ、エンドレスラビットだな。

「ウサギの画像や動画だらけじゃねぇか。どんだけウサギ好きなんだよ」

「す、凄いね、こみち… ウサギでいっぱいだね」

「ウサギの動画や画像だけでストレージの軽く十GBは占領してるわよ。そのうち足りなくなりそうだから、容量の大きい携帯に機種変更しようかと考えてるくらいだわ」

 ウサギのストレージ侵略は現在進行形で続いているようだ。

「そ、そうか。ウサギのためなら仕方ないな。それならウサギを飼えばいいんじゃないか?それで万事OKだろ」

「そうね。それは考えたのだけれど、両親に止められてしまって飼うことが出来ないの。二人ともどうも動物が嫌いみたいでなかなか快諾してくれないのよ。独り暮らしを始めたら飼うつもりでいるわ」

「なるほどな。独り暮らしを始めるまでの辛抱だな」

「そうね。我慢しなきゃいけないのは色々とストレスがあって、大変なのだけれどね。そういや畝間君は、猫飼わないの?好きなんでしょ?」

 小首を傾げながら問いかける。

「あー、そうだな。確かに好きだけど飼うかと言われたらそこまでではないんだよな。ネットで猫の動画とか画像を観るくらいで満足してるからな」

「そうなのね。私と似たような感じなのね」

「ねーねー!二人ともそろそろ図書館閉まる時間だよ~!帰ろうよ!」

 時計を見ると確かに閉館の時間が近づいていた。

 杉並の言う通りそろそろ潮時だろう。

「じゃあ、帰りましょうか」

「おう、帰ろうか」

 そう言いながら立ち上がり、帰る準備をする。夏休みの課題を出しっぱなしだったので、片付ける。

 それから暫くして図書館を出る。

 外は既に夕暮れで冬時だったら、暗くなっている時間帯だ。

 少しだけ暑さを感じるが、日中と比べて涼しさも体感出来るという、二律背反のような(ちょっと違うだろうが)そんな感じだろう。

 帰りにコンビニに寄りたいと杉並が言ったので、FF(ファースト・フード)をちょっとだけ買い、近くの公園で食べた。

 三人で食べる軽食は、いつもより美味しかった気がする。

 勿論、味に影響を与えるということはないと思うのだが、誰かと一緒に時や食を分かち合うというのが大切なのだ。

 誰かと一緒に居るだけで心細さは無くなり、誰かと共に居るだけで強くなれる、そんな気がする。

 きっとそれは、スパイスと何か素敵なもので構成されているのだろう。

 その何かというのは、具体的には分からないが、恐らく「心」だと思う。

 人は誰かを想い、その誰かのために行動したり、尽くし、何かを分かち合うものだ。

 その人と人の心の繋がりで、社会は、世界は出来ているのだ。

 もしも、人の心が無くなった世界があったと仮定しよう。

 確かにその世界は、争いといさかい、悲しみや哀しみのない平和な世界になっていることだろう。

 でも、心という最も大切なものが無くなってしまえば、誰かと嬉しさを共感したり、感動というものも誕生しなくなる。

 心がなければそれこそ、ロボットやAIとなんら遜色ない。

 人間の存在意義というものが、無くなってしまうだろう。

 心を保有するからこその人間なのだ。

 だからこそ、人には心が与えられているのだ。

 時に迷い、彷徨い、壁にぶつかりながらも幸せを掴もうとする。

 人間に心があるということ自体が奇跡で、また同じく心を持った人と出会うというのも奇跡だろう。

 そんな小さな奇跡と奇跡の化学反応から物語は、ドラマは生まれる。

 そのようなドラマの連続で物語は出来ているのだろう。

 ならば、俺達の出会いもドラマであり、奇跡であろう。

 そんな奇跡を大切に想いながら、少年は帰路を辿っていく。

 ふと空を見上げると流れ星が天を駆けていた。

 今この時だけは、流れ星に願いを託そう。

 流れ星に願いを馳せて。

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