第24話 部活とかサンクチュアリとか焼き肉
八月の下旬。蝉が懸命にミンミン哭いているのを聞きながら、リビングでゴロゴロしていた。夏休みは時間を気にせず悠々自適に過ごせるので、学生にとってはオアシスだ。
「おにぃ!私のアイス食べたでしょ?冷凍庫の手前に入れてたやつだけど」
唐突に呼びかけられる。
昨日の記憶を思い返すと、確かに風呂上がりに食べたような気がするので、
「ああ、多分俺が犯人だ。ごめん。日菜のアイスだって知らなかったんだ、ごめんよ」
俺に明らかに非があるのでちゃんと陳謝する。
「やっぱりね!こんなことするのおにぃだけだと思っていたわ。いい?今から一週間の間に同じアイスを買ってくること!分かった?」
「おう、分かった分かった。俺が悪かったから二つアイス買ってくるよ。それに今日部活だから帰りになるけどいいか?」
「ほんと?アイス二つも買ってきてくれるんだ!ありがとう、おにぃ!」
ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶマイシスター。
普段は生意気だけど、こういう素直な時もあるから憎めないんだよな。
「親父と母さんが間違えないように、ちゃんと日菜の名前書いて冷凍庫に入れとくからな」
「うん、分かった。ちゃんと買ってきなさいよ!それとおにぃ相談なんだけど、いい?」
少し伏し目がちな感じで相談を持ちかけてくる。
「おう、いいぞ。それでなんだ?」
「実は、私男子から昨日告白されたの。学年でも一番人気の男子で女子からの嫉妬も凄いのよ。それでどうしたらいいかなと思っておにぃに相談したの」
思わずびっくりする。確かに兄という立場から見ても日菜は、美少女に値すると思う。学年一の男子から告白されても可笑しくはないだろう。
「お、おう。そうだったのか。それでその男子とは付き合う気はあるのか?」
「ううん、全然ないよ」
「何でだ?だってその告白してきた男子って学年でも一番人気のイケメンなんだろ?この際付き合っちゃえばいいじゃん」
「それはいやなの。だって、他に好きな人いるし…」
こちらを何故かチラチラと見てくる。
「へー、お前も好きな人がいるのな。どんなやつだろうな。そいつよりさぞかしカッコいいんだろうな~」
そう言うと、近づいてきて脛を蹴られる。いてぇ!そこは男でも漢であろうとも痛いところだぞ妹よ!
「い、いきなり痛いわ!何すんだよ!」
「ふん!おにぃが変なこと言うからいけないんだからねっ!それに別におにぃのことなんかなんとも思ってないんだからっ!じゃあね!」
そう言うと部屋から出ていく。
「まったくなんなんだよあいつは」
悪態をつきながら時計を見ると、十三時になっていた。十四時から部活なので急いで着替えて準備する。
急いで「いってきます」と声をかけ、それから玄関を出て自転車に乗り、駅まで向かう。
十三時十五分の電車に間に合うように自転車を漕ぐ。
すると、駅には既に電車が来ていてギリギリ出発までに間に合った。
三十分かけ学校まで向かっていく。
駅まで着くと少し足早で歩いていく。
校門に集合とのことだったので、正門前まで向かう。
すると、正門には峠崎と杉並が居た。
「悪い待たせたな」
「いいえ、全然待ってないわ。畝間君も電車に乗ってるかなと思ったけれど、一本遅いので来たのね」
「それじゃあ、これからどうする?」
「近くの本屋さんまで行って部費でまた本を買おうかと思うわ」
「近くの本屋は、あっちの方角だよな。じゃあ、行こうぜ」
「ええ、行きましょう」
「うん、行こう!」
そう言うと本屋のある方まで歩いていく。
意外に本屋は近くにあり、そう遠くはなかった。
この本屋さんは、スイーツの店やスターバックスが一緒に併設されている施設で蔵書数もあり、暫く居ても飽きないような場所になっている。
暫くの間、各自本を見て回る。
よし、この羽生善治の「捨てる力」にしよう。この本は数々の名言や格言があり、将棋をしない人やどんな世代の人にも胸に刺さる言葉が収録されている。
その数々の言葉から心に残ったものを一つ引用しよう。
『今努力しても突然強くなるということはありません。反対に、努力しないからといって突然弱くなるということもありません』
この言葉から学べることは、努力は即効性のあるものではなく、積み重ねという不断の苦労が大切だということだ。忍耐が大切だということがよく分かる。
この本は家にもあるが、部室でも読みたいので買うことにする。
この本を片手にぶらぶらしていると、杉並が漫画コーナーで熱心に本を読んでいた。
「何読んでるんだ?エロ漫画?」
エロ漫画というと、「エロマンガ○生」を思い出す。エロマ○ガ先生いいよね。
「そんなわけないでしょ!少年漫画?ってのを読んでいたんだよ!」
少し顔を真っ赤にする。リンゴのように真っ赤になっている。
「あーね、俺全巻持ってるぞ」
「えっ、いいな~!今度貸してよ!」
「おう、いいぞ」
「それで買う本は決めたのか?」
「ううん、私は今回はいいかな~と思って買わないことにするよ。まだ、部室の本とかも読みきってないし。それとラノベって面白いね!色々と読んでるけどやっぱり最高だね!文芸部に入ったおかげだよ!」
「そうだな。じゃあ、峠崎のところに行ってからレジに行こうぜ」
「うん、いいよ!」
そう言うと峠崎を探して回る。
探し回った結果、純文芸のコーナーのところに居た。本を見つめながら少し悩んでいる様子だ。
「何か買う本見つかったか?」
「いいえ、特に目新しい本はなかったわ。少し悩んだのだけれど、部室にある本で充分だと思ったから買わないことにするわ」
確かに少し悩んだ様子の峠崎。
「そうか、じゃあ、レジに行ってきて買って大丈夫か?」
「ええ、いいわよ」
レジに持って行って会計をする。古本のコーナーだったので、百円で済んだ。おー、リーズナブル。心はプライスレス。残業はストレス。最近の流行りはキャッシュレス。…何だこの三段活用擬きは。
「買ってきたぞ。古本のコーナーのやつだったから、百円だったわ。部費的にも安く済んで良かったな」
「ええ、安く済むに越したことはないわね」
「ねー!これからどうする?スタバで時間潰す?」
出たー!スターなバックスだ。あの選ばれしリア充偏差値のものしか入れないという、サンクチュアリか!(※個人的な偏見です)
「そうね。そうしましょうか」
「俺はあんなリア充レベルが高そうなところはちょっと…」
断ろうとすると、
「ダメだよ!皆揃っていくの!ね?」
手を引っ張られ強制的に連れていかれる。体温が体感で何度か上昇する。
「お、おい!恥ずかしいから離せ!ちゃんと行くから!」
動揺のしたせいか声が大きくなる。
「ほんとに?じゃあ、分かった!」
そう言うと手を離す。
おー、緊張したー!この子ナチュラルに手を繋いでくるんだもん!焦るわー!手の柔らかい、いかにも女の子な感触がダイレクトに伝わってくるから、余計に緊張するんですけど~!もう、どんだけ~!
「じゃあ、何注文する?私はキャラメルマキアートにするよ」
「私も同じもので」
「俺は抹茶フラッペにするよ」
頼む商品を決めると、杉並が「キャラメルマキアート二つと抹茶フラッペ下さい」と注文する。
スタバは長い呪文みたいな商品名答えないと買えないと思っていたが、案外そんなこともないのな。
注文してから数分後にキャラメルマキアートと抹茶フラッペが来る。
席に座って三人とも飲み始める。
抹茶の風味が広がってそれでいて、甘くて美味しい。甘さもくどいということもなく、ちょうどの甘みだ。ここに来るのを嫌がっていたら飲めなかったのかと思うと飲めてよかったと感じる。
「美味しいね、こみち!畝間はどう?」
「おう、美味しいぞ。抹茶の風味が上品で凄い旨い」
「ね?来て良かったでしょ?何で畝間は、リア充レベルが高そうなところって思ってたの?」
不思議そうに首を傾げながら問いかけてくる。
「だって、スタバといえば長い商品名答えないといけないとか、マックブック片手にドヤってるやつとかのイメージしかなかったからな」
個人的なイメージを語る。
「何そのイメージ?確かにたまにマックブック持ってる人はいるけど、ドヤってはないんじゃないかな?あの人達も仕事とかしてるビジネスマンだよ、多分」
「そうね。畝間君のそれは、偏見というバイアスな見方よ。偏見は良くないから肝に銘じなさい」
「お、おう。心のノートに書き記しておくわ」
な、何だろう。こいつ俺の母ちゃんかな?
「それより、隣にパフェのお店があるんだけど食べてみない?」
「おー、いいなそれ。食べようぜ」
「私も甘いものは別腹だから食べるわ」
「じゃあ、行こうか!」
そう言って隣の店まで行きパフェを注文することにする。
パフェのお店は景観を崩さないためなのか、少し控えめな色合いの店舗だった。ショーケースには、パフェの食品サンプルが並んでいた。
「俺は抹茶クリーム白玉あんこパフェがいいな」
「さっき抹茶飲んで次も抹茶って、生粋の日本人なのね。畝間君は凄い抹茶好きなのね」
「おう、抹茶大好きだぞ。最近はプロテインも抹茶味ばかり飲んでるし」
「そうなの。そんなに抹茶好きなのね。私は紅茶の方が好きかしら」
峠崎が紅茶を飲んでいる様子を想像する。育ちの良さを随所から感じさせる彼女は、ダージリンやらアールグレイとかを飲んでるんだろうとイメージしてしまう。それと、紅茶というと世界史とかで習う「ボストン茶会事件」を思い出すな。
「そうなんだ~。私はイチゴクリームチョコレートパフェにしようかな!」
「私はフルーツ盛り合わせパフェにするわ」
「じゃあ、注文するか」
そう言うと店員さんに、「抹茶クリーム白玉あんこパフェとイチゴクリームチョコレートパフェ、それとフルーツ盛り合わせパフェ下さい」と注文する。
注文してから十分くらいでパフェが提供される。
席に着き、パフェを頂くことにする。
抹茶クリーム白玉あんこパフェは、抹茶とクリームの相性が最高でいくらでも食べられそうだ。食べ進めると、クリームの下に抹茶のゼリーと白玉、あんこが敷き詰められていて凄い美味しい。
もう一個頼んでもいいくらいのクオリティだが、若干お高いのでそれはまた今度にする。
「ここのパフェ美味しいな。いくらでも食べられそうな感じがするな」
「ええ、美味しいわね。定期的にも通ってもいいくらいだわ。フルーツも新鮮でどんどんスプーンが進むわ」
「うん、美味しいね。この店は拘って作ってるみたいだね。さっき調べてみたけど、店舗はこの店しかないみたいだね。チェーン展開すればいいのに」
「そうだな。チェーン店になったら全国的にも有名になって売れそうだな。でも、チェーン展開はないと思うな」
「そうね。最近は、小規模でこぢんまりとやる店が増えてるものね。この店もそうじゃないかしら」
「そうか~。残念だな~。この美味しさを皆に知ってほしいのに」
少ししょんぼりとする彼女。
「まぁ、知る人ぞ知る名店ってのも悪くないんじゃないか?自分達は知っているって優越感に浸れるし」
「それはなんかズルい感じがするからやだ」
正直者の彼女らしい意見だ。
「それじゃあ、SNSで拡散すればいいんじゃないかしら?」
助け船を出す峠崎。
「それだ!そういや私インスタフォロワー二万人くらい居るんだ~。Twitterも同じくらい居るんだよね~」
そう言いながら写真を撮る。
いやそれ食べかけだけどいいの?という疑問があるが、彼女がいいならまぁいいだろう。てか、フォロワー数凄いな。それにインスタグラムとか最近のアプリのことは、わかんねぇな。アナグラムとかキログラムなら分かるけど。(似ても似つかない)
それから暫くして皆自分のパフェを食べ終える。
「美味しかったね~!満足満足!」
お腹をさすりながら満足だと言う杉並。
「ええ、美味しかったわね。また、来たいわ」
「そうだな。また、来ようぜ」
「ねぇ、畝間、こみち。この後映画観に行かない?近くに大きい映画館あるでしょ?行こうよ~!」
映画に行こうと提案する杉並。
映画といえば峠崎と観た「ストレンジャーハウス」以来だなと思う。
「いいわよ、行きましょう」
「ああ、いいぞ。それで何の映画を観るんだ?」
観る映画が気になり質問をする。
「え~とね~。『カロリーファイターズ!』って映画でね。確か実写だったと思う。アニメもあって普段全然アニメみないんだけど、これは全部観ちゃった。面白かったよ!」
「あー、それか。先月までアニメやってたやつだろ?実写もチェックしようかと丁度思ってたんだ。ナイスタイミングだな!」
おのずとテンションが上がる。
「私は観たことないけれど、面白いなら観るわ」
「うん、面白いと思うよ!原作もアニメも人気だったし。多分、実写も大丈夫だよ!」
「まぁ、確かキャストが豪華だったからな。それなりには見応えあるだろ」
「うん、そうだね!じゃあ、行こうか!」
そう言って店から出て近くの映画館まで向かう。映画館は思っていたより近くにあり、すぐにたどり着く。
映画館は非常に大きく、何万人もの人々を収容出来るくらいには広い。
チケットとポップコーン、飲み物を買うとスクリーンの方まで入っていく。
俺はD-10の席だ。峠崎はD-9で、杉並はD-11なので二人に挟まれる形で座る。何か近くて緊張するな。そんな緊張をポップコーンを食べたり、コーラを飲みながら紛らわす。
今は、色々な映画の紹介がされていた。いわゆる幕間の時間だ。
「映画楽しみだね!どんな感じになるんだろ~?アニメは、作画も良かったし、声優さんも良かったもんね、畝間!」
「そうだな。実写も期待値は高いんだが、役者の演技で全体が崩れることもあるからな」
「主演の男優は高崎健人で、女優の方は海辺南でしょ?有名どころじゃない。期待は出来るわね」
高崎健人は今流行りの俳優でルックスもさることながら、演技力も子役をやっていたということもありなかなか高い。
海辺南は、モデルから女優に転身した人物で、こちらも演技力はなかなかに高く、定評がある。
「ああ、確かそうだったな。エキストラにも有名な俳優が出るみたいだから細部まで観ないとな」
そう言うと幕間が終わり、映画が始まるまでのカウントダウンがスタートする。いよいよ始まる。
「カロリーファイターズ!」の概要をアニメと原作サイドから補足及び説明すると、主人公の一ノ瀬鈴が高校に入学することから始まる。彼女の趣味は、地元の大食いグルメを制覇することだった。ある時、その噂を聞きつけたテレビ局が彼女に、大食い大会や大食い番組、その果てにはグルメ番組に出てみないかとオファーする。番組で大食いファイターとして活躍しながら、様々な人と出会い交友関係が広がり、少しずつ彼女の心情の変化が見られるのも魅力だ。
とりあえず、概要と説明はざっとこんな感じだ。
映画は二時間くらいで、役者の演技もレベルが高く、こんな細身の男優や女優が大食いをするのに驚いた。
映画を観る限りでは、実際に残すということもなく、全部食べているようだ。制作秘話やメイキング動画が気になるほど、役者の食べっぷりや演技がずば抜けていた。
アニメや原作の部分をしっかりと残しつつ、オリジナル(実在する店や食べ物)を入れたりして作品にボリュームを出すことに成功していた。
監督のキャストの選出も素晴らしいがなんと言っても、主演の女優と男優の食べ物に対する執念と呼ぶべき鬼気迫る食べっぷりが凄かった。
また、一ノ瀬鈴と同じフードファイターには有名な大食い芸人が出ていて、思わず驚いた。
兎に角、完成度が高くてアニメや原作にも負けない出来映えだった。
何はともあれ大満足だ。
「面白かったね~!高崎健人も海辺南もいい演技してたね!最高だったよ!大満足!」
ニコニコとご機嫌な彼女。よほど映画が面白かったようだ。
「そうだな。期待値に確実に答えていたな。それと映画終わりに続編の公開が決まったって発表もサプライズで良かったな」
「凄く丁寧に作られた映画だったわね。アニメも原作も観てないから観てみようかしら。続編の映画も観に行きたいわね」
映画の続編に興味を示したり、満足しているようだ。
「おう、観ることをオススメするぞ。アニメも原作の漫画も面白いからな」
「ええ、分かったわ。近日中には観てみるわ。楽しみね」
「それより、この後どうする?そろそろ十八時になるし、ご飯でも食べに行かない?近くに安い焼肉屋さんがあるからそこにしようよ!」
杉並から食事のお誘いが来る。
そういや飯系の映画を観たので確かにお腹はペコペコだ。飯テロだよなあれ。
「おお、焼き肉か。いいな!ちょうどご飯ものの映画観たから腹が空いてるんだよ。ナイスだ杉並!」
普段家族で外食に行くときは、寿司やファミリーレストランが多いので、焼き肉に行けること自体が嬉しい。それ故にテンションが有頂天となる。
「いいわね、焼き肉。私もちょうどお腹が空いてるからいいわよ。行きましょう」
「うん、行こう!」
そう言いながら近くの焼き肉屋さんまで徒歩で行く。
焼肉屋さんの名前は、「牛三昧」という店で全国展開しているチェーン店である。二千円という破格の値段での食べ放題サービスがあり、肉も安価な安っぽいものと思われがちだが、その予想を裏切りしっかりと旨い。
店に入ると、焼肉屋の肉々しいいかにも食欲をそそる香りが鼻に入って来た。
空いている席を案内され、早速お肉を注文することにする。
ちなみに食べ放題の時間は、二時間と良心的な時間設定だ。
「何から注文する?畝間も居ることだし、多めに注文しないとね」
「そうだな。じゃあ、まずはカルビを三人前とタン塩を三人前、ライスの特盛を頼むか」
「私は鶏肉が食べたいから鶏ももを二人前頼むわ。後、ライスの小ね」
「じゃあ、店員さん呼ぼうか!」
そう言うと呼び出しのボタンを押す。すると、すぐに店員さんが来て注文を伺う。
三人がそれぞれ口々に注文する。
暫くすると、注文したカルビ三人前、続いてタン塩三人前、そしてライス特盛が届けられる。その後に鶏もも二人前とライス小、杉並が頼んだライス大と鶏胸肉がサーブされた。
まずはタン塩から並べて焼いていく。すぐに火が通り食べ頃になる。
焼き肉のタレは三種類あったが、その内の甘口のタレにした。
タン塩とライスを口に頬張る。タン塩の旨味とライスの甘みが抜群で旨い。どんどん箸が進む。
タン塩を食べ終えると、次はカルビを焼くことにした。ふと、横目で見ると峠崎と杉並は鶏ももと鶏胸肉を隣の網で焼いていた。なんか俺一人で左側の網を独占していることが、申し訳なく思う。しかし、二人はそんな些細なこと気にしてない様子で肉をジュウジュウと焼いていた。何回かカルビを裏返すと食べられる状態になる。
甘口のタレを付けてからカルビを食べ、ライスを食べるという手順を繰り返す。カルビも二千円という安さを感じさせないほどの味とクオリティで非常に美味しい。いくらでも食べられそうだ。
すぐに三人前を食べ終わり、追加でカルビをまた三人前頼む。
この店は提供のスピードが早いのか、頼んで五分くらいでテーブルに届く。時間が有効的に使えるので客としては有難い。
開始から三十分でライスのお茶碗が空になる。
ライス大を頼むついでにタン塩を一人前だけ注文する。
カルビも旨いがタン塩も旨い。焼き肉に来たら肉は、カルビとタン塩しか食べないと決めているのでその自分ルールを遵守する。なお、ロック・リーさんとかではない。
「ここの焼き肉美味しいね!二千円でこのクオリティはなかなかだよ!流石人気があるだけはあるね!」
「そうね。二千円って価格設定も学生には有難いわよね。私はそんなにお金に困ってないけれど、それでも安いってだけで嬉しいわ」
「確かに安いってのが魅力だよな。それに旨いし、全国チェーンだからネームバリューもあるだろ。それと、サンキューな、杉並。お前が焼き肉に行こうって言ってくれなきゃこれが食えなかったから、改めてありがとうな」
「う、うん。どういたしまして!」
「そういや夏休みの課題杉並と峠崎は終わった?」
ふと、夏休みの課題のことが気になり尋ねてしまう。
「私は後、絵日記だけだわ。何で高校に入ってまで絵日記をやらなきゃいけないのかしら?全くもって謎だわ」
少しだけ不満という様子だ。
「私は絵日記と家庭科のレポートに数学の問題集が残ってるよ~。流石偏差値高いだけあって課題の量も多いね。嫌になるよ!」
「俺も絵日記が残ってるな。あれ夏休みの全部の日数分やらないといけないから、必然と夏休み最終日まで残るよな。あれ捏造とか出来ないかな?少しくらいなら大丈夫だよな?」
悪事を画策すると、
「それはダメよ。やっぱり嘘を書くのは良くないわ。しっかりとやらないとダメよ。それに嘘はいつかバレるもの」
「そうだよな~。長谷川先生そこら辺鋭そうだもんな。地道にやっていくか」
「絵日記って夏休み初日から終わりまで書かないといけないの?」
当たり前の質問をする彼女。
「おう、そうだぞ。もしかして全然絵日記やってないとかじゃないだろうな?」
「そのまさかです。全然やっておりません!どうしよ畝間、こみち~!」
凄い焦っているようだ。
「じゃあ、俺と峠崎のを写せばいいんじゃないか?所々細部は変更したりしてさ」
「そうね。さっきは嘘を書くのはダメと言ったばかりだけれど、こればかりは仕方ないわね。写させてあげるわ。夏休み最終日に部活があるから、その時でいいかしら?」
俺には少し厳しいが、杉並には甘いらしい。
「うん!ありがとう~!こみち、畝間は私のヒーローだよ!」
少しだけ目に涙を滲ませながら喜ぶ。
「それに家庭科のレポートと数学の問題集だろ?それも手伝ってやるよ。あの課題結構めんどくさいからな」
「ほんとに?ありがとう!助かるよ~!畝間もこみちも優しいね!」
「まぁ、友人としてのよしみだ」
「ええ、そんな感じね」
「まぁ、それより食べようぜ」
「うん、そうね」
「うん、食べようか!後残り一時間くらいだし。一時間あっという間だね」
そう言いながら各自肉を次々と焼いていき、それを食べるということを繰り返す。
残り三十分くらいになっていたので、そろそろデザートの時間に移る。
この店の食べ放題にはデザートも含まれているようなので、元を取るため(既に取れているが)たくさん頼むことにする。といってもそこそこお腹が張ってきているので、たくさんとまではいかないと思うが。
メニューを見るとアイスやあんみつ、パフェ等があった。
峠崎と杉並は、お腹がもうすぐでいっぱいらしく、アイスだけを頼んでオーダーを止めた。
俺は、パフェ三つ、アイス一つ、あんみつ一つを頼む。
パフェとアイスやあんみつも焼肉屋とは、思えないほどの出来映えで非常に美味しかった。
デザートを食べ終えると、ちょうど二時間経過した。
それと同時にオーダーストップを告げられると、お会計をしに行く。
どれだけ食べても定額の二千円なので嬉しい反面すこしだけ、罪悪感というものも感じる。
店を出ると、
「美味しかったね!また、三人で一緒に来たいな~!」
「ええ、お肉も二千円という安さを感じさせない品質と味だったわね。また、訪れたいわね」
「俺はお腹いっぱいだ。満足だけど、気を抜いたらリバースしそうだ」
「そりゃそうよ。あれくらい食べたら気持ち悪くなるのも当然よ。バカね」
やれやれ、という感じで肩をすくめる。何だお前は、涼宮ハルヒの○鬱のキョンか?それにしてもキョンって本名どんな感じなんだろうな。私、気になります!(某ヒロイン風)
「畝間は一人で何人分食べたんだろうね。流石だね!でも、気持ち悪くならないように食べないと。今度からは、腹八分目を守らないとね」
「ああ、今度からは気を付ける。じゃあ、帰ろうぜ」
「うん!私は家がここから近いからここでお別れだね!畝間、ちゃんとこみちを送ってあげてよ!」
ビシッ、と指差し念を押す。
「お、おう。分かった。ちゃんと近くまで送ってくよ」
「うん、それでよし!じゃあね、こみちと畝間!」
そう言って俺達と別れる彼女。
杉並の姿が見えなくなるまで手を振り、それからは駅まで歩いて行く。
待っているとすぐに電車が来たので、二人とも乗り込む。
「ねぇ、畝間君。今年の夏休みはどんな夏休みだったかしら?」
電車のBOX席に座ると、唐突に質問される。
「どんなって言ってもな~。まぁ、楽しかったぞ」
「私は今までにないくらい楽しかったし、幸せだったわ。今まで友達とか全然居なかったから、あなた達が友達になってくれてとても嬉しいわ」
顔を少しだけ朱に染め、微笑む。
その笑顔はいつも見せる大人びた顔ではなく、年相応の少女の笑顔だった。
その笑顔に思わず、ドキッ、とする。それほどまでに破壊力(勿論、物理的ではなく)の強い笑顔であった。
「そ、そうか。なら良かった」
「でも、時々不安になることがあるのよ。もしも、畝間君やかおりさんが友達じゃなくなったり、居なくなったりしたらと思うの。まぁ、そんなことはないんだけどね」
初めて彼女の胸の内というか、普段さらけ出さないところを打ち明けられる。彼女のそんなネガティブなことを聞き少しだけ動揺してしまう。
「そ、そうだな。俺もそんなことを考えたことがあるな。でも、その可能性は皆無に等しいと結論を出したぞ。お前らと喧嘩するとかあり得ないし、仲違いが起きる可能性も低そうだからな」
「そうね。何だかんだで仲良くやってそうだものね。少し考え過ぎたわ」
ほっと、安心したという様子。
「杉並も同じこと考えたことあるのかな?分からんけど」
「多分あるんじゃないかしら?分からないけどね」
そう言うと二人とも顔を合わせ「ふっ!」と笑い始める。どちらからともなく笑ってしまった。笑ってはいけない二十四時間だったら即アウトだ。
「フフフ。可笑しいわね。普段こんな話しないけど、今日はする気分になったりしてるわね」
「そうだな。少しだけ暗い話だったかもな」
「ええ、そうね。なんか私達らしくないわね。暗い話は似合わないということが分かったわ」
「別の話をしようぜ」
「そうね。じゃあ…」
そう言って別の話へと話題転換を図る。三十分という時間は短いものであっという間だった。電車のガタンゴトンという音をBGMに話に花を咲かせる。
電車から降りると峠崎を家まで送る。
「峠崎は家はどこら辺なんだ?」
「ここから近いわよ。せっかくだし、案内してあげるわ」
そう言う彼女についていくと、大きな豪邸が見えてきた。恐らくここが峠崎の家だろう。
「この家が私の家よ」
「で、でっけーな!俺の家の五倍はあるぞ。やっぱりお前はお嬢様育ちなのな」
「お嬢様ってほどはないと思うけれど。まぁ、家の親は父親が会社の社長なのよ、母は国会議員で二人ともなかなか家に帰ってこないのよ」
自然な流れで凄い事実を暴露する。
「そ、そうだったのか。お前んちエリートだな。控えめに言って凄いわ」
「私も両親に負けないくらいのしっかりとした大人にならないといけないからしんどいわね。それに色々と家族絡みの問題があるからめんどくさいわ。それに私自身の…」
何かを言いかけたが、その先は言わなかった。
何を言いたかったのか気になるが、
「そうなのか。家族絡みの問題って結構大変なのか?」
ついつい彼女のプライバシーに関わる質問をしてしまう。無神経なのが俺の悪いところ、短所でもある。
「まぁ、大変よ。あまり口にしたくないことだから言わないけれどね」
「色々とあるのな。それが社長と国会議員の両親が居る家庭なら尚更だな。…もし、困ったことがあれば俺か杉並を頼れよ。必ず力になるからさ」
少し目を見開いた後、暫くして、
「ええ。いつかは頼るかもね。その時は私を助けてね、畝間君」
その瞬間、儚げな様子に心が震えてしまった。
今にも折れそうな消えてしまいそうな感じだった。
触れたら消える雪のような切なさをイメージさせた。
峠崎こみちという人間の弱い部分、ウィークポイントを垣間見た瞬間であった。
思わず声を出すことを躊躇ってしまう。
喉に何かが詰まってしまったかのような錯覚を覚える。
しかし、その中でも俺は声を振り絞り、
「お、おう。出来ればそんな時が訪れないことを祈りたいな」
苦笑混じりに少し首を傾げながら言う。
「そうね。じゃあ、今日はこれでさようなら。また、部活で会いましょう」
小さく胸元で手を振る。
「うん、じゃあバイバイ。また、部活で」
そう言うと、自転車に乗り彼女の元を去る。
その日の風は少しの熱気と夜特有の涼しさを感じさせた。
自転車を漕ぎながら見る夜の景色はどこか新鮮で高揚感を味わえた。
長いようで短い一日が終わりに近づいていく。
今日は満月。月の光の有り難さを感じながら順調に帰路を進む。
月を見てふと、思う。
月は太陽のおかげで光輝けるのだ。
また、太陽も月があることによって輝きが増すのであろう。
ならば、彼女達は月で俺は太陽といった感じだろうか。
彼女達のおかげで俺のスクールデイズは輝いているのだろう。なお、「誠○ね」で有名なSCHOOLなDAYSではない。
何はともあれ俺は無味乾燥な学校生活を送らないで済んでいるのも、彼女達が彩りを与えてくれるからこそだ。
きっと互いになくてはならないような関係性であろう。
元気で快活で、冷静で品があって、それらを横から眺めたり、時には話し合いに加わるような感じ。
そんな、そう…トライアングルみたいなものだろうか。夏の大三角形からつい連想してしまう。デネブ、ベガ、アルタイル。それぞれに良さがあり、その代わりはない。俺達の関係性においてもいえるだろう。
そんな夏の大三角形や星空を見上げながら、少年は一人帰路を辿っていく。
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