第12話 ルーティーンと部活
チャイムが鳴る。学生にとっては、当たり前のことで、いつものルーティーンだ。
一コマ、二コマと授業が終わる。
寝るようなことはなく、しっかりと授業は受けたつもりだ。
HRを終えると帰りの準備をする。そういや、長谷川先生にプリントを提出しなきゃな。
そう思い机からプリントを取り出し、立ち上がる。教室を出て一階の職員室まで続く階段を降りていると、「おーい、畝間~」と声が聞こえる。
猫を連想させるつり目に、少し短めのスカート、ゆるふわパーマの彼女。杉並かおりだ。
「何か用か?」
「いや、これから部活じゃん?一緒に行こうかな~と思ってさ」
髪をくるくる指に絡めながらこちらを見つめる。
「悪いな。俺は、先に長谷川先生にプリントを提出しなければいけないから後で、部室に行くよ」
「うん、分かった。先に行って待ってるね」
そういうと彼女は、俺を追い越し先に部室の方まで向かう。
階段を降り、右手の方にある職員室まで行く。
職員室内では、お静かにと書かれた貼り紙を見ながらコンコンと、二回ノックする。
返事がないが、ノックをしたので失礼しますと、扉を開ける。
すると、遠くにいた長谷川先生がこちらに気づき、「おお、畝間か」と声をかける。
少し離れた長谷川先生の座る机まで、歩いていく。
「プリントを提出に来たんですが…」
「おお、そうだったな。どれどれ。よく書けているな。流石文芸部だな」
そう褒め言葉をかけてくる。
「いえいえ。そんなことないっすよ」
謙遜も兼ねてそう言う。
「まぁ、褒め言葉として受けとりたまえ。ところで、文芸部の活動はどうだ?順調か?」
ブラックコーヒーを啜ると、そう質問をしてくる。
「はい。いつも通りで順調ですよ。この前、杉並が文芸部に入ってくれたお陰で部員が増えましたし」
「そうか。順調であるに越したことはないな」
少し微笑みながら答える。普段、あまり笑顔を見せない先生からすると、新鮮に映る。年上の笑顔もいいなと思う。なお、あくまでも生徒と先生という関係なので恋愛対象というわけではない。当たり前であるが。
「じゃあ、部活があるので俺はこれで失礼します」
そう言ってペコリと、頭を下げる。
それから踵を返し、先生の元を去り、職員室を出て左手側の方角にある部室の方まで向かう。
数十秒くらいで着くと、おいーっす、といつも通りの挨拶をしながら部室に入る。
「あら、今日は少し遅かったのね」
峠崎は本を閉じながら、こちらを向く。
「ああ、今日は長谷川先生にプリントを出しに行ってたんだよ」
「さっき階段で会ったもんね」
「ああ、そうだな」
「そうだ!ライン交換しない?今まではメールとかで連絡してたでしょ?グループ作って話そうよ~」
快活に二人の方を向きながら提案する。
「いいけど。ほい、俺のQRコードこれだから」
彼女の提案をすぐに受け入れ、ラインをショートカットで開きQRコードを出す。
「うん、ありがとー。ちょっと、待ってよ…… うん、読み取れたよ~。てか、『畝間苗太』ってそのままじゃん。なんか、『Unema』とか捻りがあるのにしたらいいのに」
ケラケラと口に出して笑う彼女。無邪気に笑う様子を見ると、こちらも何故か気分が良くなってくる。彼女の持つ不思議な魅力の一つでもある。
「えーと、次はこみちだね」
そういうと彼女の方を向く。
「あのごめんなさい。私ラインやったことないのだけれど…」
伏し目がちに申し訳ないという様子の彼女。スマホを持ったままで、どうしたらいいか分からないという感じだ。なんか迷い猫みたいだな。オーバーランはしないが。
「それなら、私が教えるよ~。えーと、まずは、このストアからアプリをインストールして…」
手取り足取り一から峠崎にやり方を教える彼女。どうやら設定までも彼女がやってくれてるみたいだ。
暫くすると、「よし、これで設定完了。QRコードで追加するね~」と聞こえてくる。
「後は、文芸部のグループ作ってみんなを招待するね~」
そういうと暫くして、『☆文芸部☆に招待されました』と通知が来る。
招待を受け、グループに参加すると、よろしく、と書かれたアニメ調のスタンプを送る。
それから『Komitiがグループに参加しました』と続けて通知が来る。
それを見てから、「峠崎、友達に追加していいか?」と尋ねる。
「ええ、いいわよ別に」
そういうと『Komiti』と表記された彼女のアカウントを友達追加する。
「ところでかおりさん、アカウントのアイコンはどうやって変えるの?」
首を傾げながら峠崎は杉並に質問する。
「それは設定から飛んで『プロフィールの画像』ってところをタッチしたら出来るよ」
「そうなのね。感謝するわ。ありがとう」
にっこりと柔らかい笑顔で答える。
この世の者とは、思えない端正な顔立ちをした彼女の笑顔はどこか惹き付けられる。一流の宝石商が取り扱う宝石のような輝きと魅力を兼ね備えている。
それから暫くは、杉並が峠崎にラインの使い方を教える時間になった。うん、うん、と言いながら熱心に聞いているようだ。時折、ここはどうするの、とか随時聞きながら真剣な様子だ。
暫くすると、ピコン、と俺の携帯に通知が入る。見ると『Komiti』と書かれている。通知からアプリのトークを開くと、『これからも、よろしくね🖤』とハートマーク付きの挨拶が来ていた。
杉並もいるので、直接彼女には聞けず、ラインでも何故かハートマークの意味は聞きづらい。悶々としながらも、無難に『これからも、よろしく頼む』と返す。
それでもやはり、気になり彼女の方を向くと、視線がぶつかる。すると、彼女は蠱惑的な微笑みを見せる。その様子に俺の心臓のBPMは少し速くなる。顔が赤面し、耳が少しだけ紅に染められる。ともあれ、彼女の新たな一面を垣間見た瞬間であった。てか、マジで恥ずかしいんですけど…
「こみち~。どうしたの?畝間の方見て微笑んだりしてさ」
不思議そうに首を傾げて彼女を見つめる。
「何でもないわよ♪」
少し上機嫌な彼女。大方、悪戯が成功して嬉しいのだろう。見た目に似合わず無邪気なやつだと思う。
「変なこみちだね~。それに、畝間も少し顔赤いけど二人してどうしたの?謎なんだけど」
なおも謎が晴れないという杉並。
不思議そうに二人を交互にキョロキョロと見つめる。杉並よ、謎解きはディナーの後にしなさい。
「あ、赤くなんかなってないし!ちょっと、部室が暑いだけだから気にするな」
動揺しながら言い訳をする。事実、部室は以前に比べると少しだけ温度も湿度も高く、暑いというより蒸し暑いというような感じだ。俺の顔が少し赤いのもそのせいだ、多分、メイビー。
「そうね。言われてみると、少し暑いわね。エアコンをつけるほどでもないし、窓を開けましょうか」
そういうと立ち上がり、窓を開ける。新鮮な空気が入って来て少し気分がリフレッシュされる。ファブリーズやポケットなモンスターの技ではない。
「涼しいね~。夏になるとエアコンつけるからもっと涼しくなるね」
「今年の夏は暑いらしいわよ。例年と比べると何度か高いみたい」
「じゃあ、夏休みは熱中症のことも考慮して部活休みだな。うん、間違いない」
夏休みも部活に出るのは、しんどいという本音を隠す為の建前が出てくる。
「あら、夏休みは部活動の活動日は各部活動の裁量に任されてるけど、何日かはやるわよ」
至極当然という風に部活動をすると、明言する彼女。俺のゴールデンタイムは、どこに行ったんですかね。(戸惑い)
「マジかよ。夏休みくらい部活ないと思ってたのに」
少しだけ愚痴を言ってしまう。
「どのみち林間学校ボランティアで夏休み出て来なきゃいけないじゃん。それと、変わらないよ~」
「あっ、そうだ。林間学校のボランティアもあったんだった。すっかり忘れてたわ」
色々とあってすっかり失念していた。
「そうね。夏休みは予定でいっぱいね」
「そうだね~。楽しみだな。あっ、そうだ!夏休みのどの日かに海水浴場に行かない?知り合いが海の家をやっててさ~。そこの焼きそばとイカ焼きが美味しいんだよね~。かき氷もあるよ。ねぇ、二人ともどうかな?」
目をキラキラ輝かせながら誘う彼女。目がキラキラし過ぎて、キュアなんとかさんと勘違いしそうになるまである。
「ええ、いいわよ。私も海嫌いじゃないからね」
「おお、俺も海はわりかし好きなほうだ。焼きそばも大好物だしな」
二人揃って快諾する。
「やったー!後さ、夏祭りもみんなで一緒に行こうよ~」
夏休みの予定がぎっしりと埋まりそうな勢いだ。
「ああ、いいぞ」
「私もいいわよ」
こちらも二人揃って快諾をする。
「ごめんね~。立て続けに予定を占領しちゃってさ。家族との予定とかブッキングとかない?大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫だ。家族との予定は無いし、友達もお前らくらいしかいないもんでな」
「私も予定とかないわよ。私もあなたたちくらいしか友達がいないもの」
二人揃って悲しい理由を述べる。
「二人とももっと友達作ろうよ~。なんか悲しいな」
「…でも、私はあなたたちさえ居てくれればいいのだけれど」
「う、うん、ありがとう」
「おっ、おう」
彼女の言葉につい恥ずかしくなり、顔を背ける。杉並も照れくさいのか、顔がうつ向いている。
「なんか恥ずかしいね~!」
「そう言われると私も恥ずかしいのだけれど…」
何とも言えない微妙な空気が流れる。
面と向かって、あなたたちさえ居てくれればいい、と言われるとこちらも恥ずかしくなる。
彼女がそんなことを言うのは、意外だなと思う。
彼女の中で居てくれなきゃ困るというポジションを占めるのは、少し恥ずかしい反面、嬉しい。
「ところで林間学校のボランティアって何をやるんだろうな」
何とも言えない微妙な空気を変えるため、話題転換を図る。
「小学生のサポートやオリエンテーションの進行補助等をするんじゃないかしら?」
手を口元に当て考える素振りを見せる。一般人がすると普通に見える仕草でも、彼女がすると絵になっている。まるで舞台に出る一流女優のような華やかさだ。
「まぁ、兎に角楽しみだね!」
「そうだな」
「ええ、楽しみね」
夏休みまで後少し。俺が部活に入部して二ヶ月と少し経った。
部室には、少女二人と少年が一人。
なんてことない普通の少年と少女達。
このトライアングルを中心に物語は進んでいく。
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