第11話 お昼休み

 六月の下旬のある日。じめじめしながらも、夏の訪れを予期させる風が吹いていた。日差しが夏さながらになっており、眩しくて少し暑い。

 そんな中、俺は電車に揺られながら通学していた。電車内は空調が効いているのか少しだけ涼しかった。

 通学時間は、いつも暇で音楽を聴きながら、読書をする。

 車内は、それなりに人がおり時折ざわざわとしている。

 片道約三十分の道程を終えると、電車から降りて定期券を車掌さんに見せてから学校まで向かう。

 白浜総合高校は、駅から徒歩一分のところにあり、非常に近い。

 あっという間に玄関まで着くと、下駄箱で靴を脱ぐ。上履きに履き替えると、二階の教室まで階段を上って向かう。

 一年C組の教室まで着くと、学生鞄を机の隣にかけると本を取り出す。ふと、杉並かおりは来てないのかと思い彼女の席の方を見る。どうやら、彼女はまだ来てないようだ。家が近くだと言っていたから、きっと自転車でえっちらほっちらと来ているのだろう。そんな想像しながら、暫く本のページを捲っていると「畝間、おはよ~!」と聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。

 本を閉じ後ろを見る。ゆるふわパーマに猫を連想させるつり目。杉並かおりだ。遅れて俺も、「おはよう」と返す。

 そうすると、彼女が席の前まで来て、

「ねー畝間。昨日の数学の課題やった?私、やってないんだよね~。よかったら見せてくれない?お願いします!」

 片目を瞑り、ウィンクをしながら、両手を顔の前で合わせる。端正な顔立ちをした彼女がウィンクをすると、様になっているなという感想が出てくる。特に断る理由もなかったので、「ちょっと待てよ」と言うと鞄から数学のプリントを取り出し、「ほい」と彼女に渡す。

「ありがとー!助かったー。やっぱり、畝間はいい奴だね」

 笑顔で且つテンション高めで話しかけてくる彼女。

「いい奴とは、口で言っても、都合のいい奴とかじゃないのか?」

 皮肉めいた感じでアルカイックスマイルさながらに彼女に返す。

「そんなことは、ないよ~。だって、畝間って人畜無害で温厚で優しいやつじゃん?そのままの意味だよ~」

 至極当然という顔で言われる。

「じゃあ、褒め言葉として受け取っておく」

 そんなやり取りをしていると、

「おーい、畝間ちょっといいか?」

 と教室の前側の入り口から呼ばれる。ポニーテール調にまとめられた髪に、端正な顔立ち、遠くまで通る声。長谷川菜月先生だ。

 杉並にちょっと悪いと言いながら、長谷川先生のところまで歩いていく。

「どうしたんですか?」

「ああ、話してるところ悪い。『高校生になって』というプリントを前に配っただろ?あれの提出がまだなんだが…」

「あっ!忘れてました。放課後か昼休みに提出するので大丈夫ですか?」

「うん、それで問題ない。ところで一つ提案なんだが、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ。何ですか?」

「実は、夏休みの間に小学生の林間学校があって、そのボランティアのスタッフを募集しているのだが人が集まらなくてな。まぁ、ボランティアといっても一緒にイベントに参加してもらう形になるが。どうだ畝間。やらないか?」

 目をこちらに据えて長谷川先生は、問いかけてくる。

「それって、内申書にも書かれるんですか?」

「うむ。確かに書かれるぞ」

 特にそれを断る理由もないし、大学に行くのにプラスになるのならと思い、

「じゃあ、やります」と答える。

「ありがとう、畝間。何なら文芸部の仲間も一緒に誘ってみたらどうだ?思い出作りにもなるしな」

「分かりました。誘ってみます」

「じゃあ、よろしく頼む。人手はなにかと多い方が助かるのでな」

 そういうと、チャイムが鳴る。

「それはそうと、予鈴が鳴ったから座れ畝間」

 そう言われ、席に座る。

「HR始めるぞ~」と長谷川先生がクラス全員に声をかける。

 そうすると、HRが始まる。俺は、前日夜更かしをしてゲームをしていたせいか凄く眠いので、居眠りをする。そのまま授業が一時間目、二時間目と開始される。特に俺は、起こされるということもなく。四時間目のチャイムが鳴るまで眠る。

 暫くして起きると昼飯の時間になっていたので、一階の購買の方まで歩いていく。購買に着くと、生徒が学年問わず並んでおり、人でごった煮状態となっていた。列に並び待っていると、やっと先頭まで順番が回ってくる。ぼうしパンとひまわりコーヒーを買うと列から離れ、一階の右側と左側を繋ぐ通路の方まで向かう。

 この通路は、見通しがよく風が吹く俺にとってのベストプレイスである。

 パンの袋を開け、もしゃもしゃと食べ始める。ぼうしパンってこのミミの部分がいいんだよな~。ほんの数分で食べ終わると、ひまわりコーヒーをぐびぐびと飲みながらスマホをつつく。

 電子書籍アプリを立ち上げ、何の本を読もうかと悩んでいると、

「あら、畝間君じゃない。ここでどうしたの?」

 と声をかけられる。端正な顔立ちに、腰ほどまで伸びた長い黒髪。峠崎こみちだ。

「ここで最近は、お昼を食べるようにしてるんだよ」

「奇遇ね。私も最近ここで食べるようになったのよ」

 そういうと購買の買い物袋をみせる。

 俺の隣に座ると、買い物袋からメロンパンといちごミルクを取り出し、モキュモキュと食べ始める。それから、数分して食べ終える。そんな彼女を横目に、

「お前、甘いの好きなんだな」と、ふと口をついて出る。

「ええ、甘いの好きなの。いつも、メロンパンといちごミルクの組み合わせよ。子供っぽいかしら?」

「いいや、そんなことないぞ。俺も甘いの好きだし。やっぱり、甘いものは最高だな!」

 峠崎が甘いものが好きだと知り、テンションが上がる。

「そうね。まさか畝間君も甘いものが好きとは、知らなかったわ」

「案外、似たところがあるのな。あっ、そうだ。長谷川先生から誘われたんだけど、林間学校のボランティアを一緒にやらないか?それも杉並も一緒にさ」

「ええ、いいわよ。かおりさんには、後で伝えておくわ」

「おう、わざわざありがとう。それと、いきなりで悪かったな。出来るだけ早めに伝えておこうと思ってな」

 ひまわりコーヒーの紙パックを潰しながら言う。

「気にしないで。全然いいわよ。私としても、早めに伝えてもらうに越したことはないしね」

 にっこりと笑顔を見せる。いや、彼女の場合は「魅せる」という方が正しいのではないかと思う。それほどまでに魅力的でイノセントな笑顔だった。

 入学式当日は、彼女と一緒に昼飯を食べるとは想像もしてなかった。

 しかし、今はそれが現実となっている。

 人生は、何が起こるか分からないなとふと、思う。

 そんなことを思いながら、ふと彼女に質問をする。

「なぁ、俺達って友達だよな?」

 恐る恐るの質問。

 手を顎に当て考える様子の彼女。

 暫く考えると、開口し、こう告げる。

「ええ、友達よ。これからもよろしくね」

 こちらを真っ直ぐ見る。その目には迷いはなく、光に満ちていた。

「ああ、よろしくな」

 暫く互いに見つめあう。時間と風の流れが緩やかになる。暫くして、互いに恥ずかしくなり顔を背ける。

「じゃ、じゃあ、私は次の授業移動教室だから、早めに帰るわね」

 顔を赤らめた彼女は、そう言って立ち上がり、足早に去って行く。

 その後は、特に誰かと出会うこともなく、静かな時が流れる。

 彼女と一緒に昼時を過ごしたり、一人の時間も悪くないなと思う。

 風が吹き抜ける。今日は、晴れており、夏の訪れを感じさせそうな太陽が燦然と輝いている。

 こんな何気ないことが、何故か嬉しく感じる。

 数ヶ月前までは、憂鬱で無気力だったのに、今では気分的にも問題なく良好だ。

 高校に入ってから出来た友達は、二人とそれも女友達だが、俺の生活は充実している。

 これからもこんな日々が続けばいいなと思いながら、スマホをポケットに片付ける。

 そろそろ戻らないといけない時間なので、ごみ袋に紙パックを入れ、それを片手に立ち上がる。

 体はホームルームから四時間目まで寝ていたということもあり、凄く軽く快調だ。おまけにお腹もちょうど膨れている。午後の授業は寝ないように頑張るぞぃ、と心の中で言いながら歩く。

 通路には、数分前と比較して人影はない。だが、そこにいた人の中には確かに思い出が残っている。

 その思い出の結晶を噛み締めながら、教室まで歩いていく。

 あっ、そういやTS○TAYAのレンタルDVDの返却忘れてたわ。あぶねぇー。あれ、延滞料金が怖いんだよな。なんなら、この世で一番怖いものは延滞料金である。みんなもレンタルするのはいいけど、延滞料金には気を付けるんだぞ☆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る