第7話 峠崎と映画
「まもなく高知~、終点の高知駅になります」
男の車掌の声がアナウンスで聞こえてくる。
その声で目が少し覚める。
だが、少し意識が微睡む。二度寝をしようかと、目を瞑ると、
「畝間君、起きて。早く行くわよ」
ややハスキーな、澄んだ声が聞こえてくる。
肩をチョンチョンと可愛らしく叩いてくる。
「ああ、もう着いたのか」
「ええ、そうよ。降りましょう」
そういうと彼女は、立ち上がり扉の前まで向かって歩く。
それに追随する形で彼女の後ろをついていく。扉の横にある開くのボタンを押すと、フシューと鳴りながら扉が開く。
高知駅のホームに降りると、そこは喧騒に包まれていた。アナウンスの音や、人々の声、電車の音等様々な音が混じりあっていた。
降りて右手の方にエスカレーターがある。そのエスカレーターに二人とも乗ると、緩やかに下に降りていく。降りると改札機があり、改札機の方まで歩く。改札に切符を通すと、改札口が自動で開く。
改札口を抜けるとコンビニや、パン屋さんなどが目に入る。いつも通りの風景だ。
「帯屋町アーケードの宮越書店にいきましょう」
振り返りながら彼女は、呼びかける。
「ああ、行こう」
間髪入れずに答える。
彼女は、スタスタと高知駅の南口改札口まで歩いていく。
駅から出ると、風が吹き抜ける。
肌を撫で、五月の始まりを告げるかのように吹いていく。
前を先行して歩く彼女のワンピースが風に靡く。それが何故か絵になっており、一瞬息が止まる。
純白のワンピースが太陽の光に照らされて眩しい。
その様子を写真に収めたい衝動に駆られるが、今は手元にカメラはない。
心のアルバムに保存しておくのだと、自分自身に言い聞かせる。
きっと、世界崩壊が訪れた日でも彼女は、凛と理路整然としているのだろうと思う。ふと、そんな現実にはあり得ないことを考えてしまう。
そうこうしていると、帯屋町アーケードまで辿り着く。帯屋町アーケードというと、マクドナルドやスターバックスや、ひろめ市場といったお酒を飲める場所がある。色々と目移りして数時間は、いても飽きない場所だ。なお、アニメイトは少し小さいので萎える。
アーケード内を人混みの中歩いていくと、目的の宮越書店まで辿り着く。宮越書店は、県内でも大きく多くの人々が訪れる書店だ。様々な種類の専門書や参考書、文庫本等があり、長時間店内に居ても飽きないくらいには蔵書数がある。
店内に入ると冷房が効いているのか、少し寒い。それでも耐えられないほどではない。本の紙独特の何とも言えない香りが鼻腔を刺激する。
見渡すとところ狭しと本が陳列されている。暫く店内を見て回る。
「ねぇねぇ、畝間君。この本はどうかしら?」
山田悠介の「リアル鬼ごっこ」だった。
「おー、いいんじゃねぇの?ベストセラーだし、有名なあの山田悠介だからな」
「でも、こっちも捨てがたいのよね」
と、別の本を手に少し悩んでいる様子だ。「有頂天家族」か、どちらも同じ幻冬舎文庫の本じゃねぇか。
「よし、こっちにするわ」と、どうやら答えが出たようだ。
「リアル鬼ごっこ」にするらしい。
そうすると奥にあるレジまで、歩いていく。
その間俺は、ライトノベルコーナーを見に行った。おっ、魔○科高校の劣等生やバカとテ○トと召喚獣の最新刊がでてるやん。また、今度近くの本屋さんまで買いに行こうと心のノートに書き留める。
ライトノベルコーナーを一通り見て回ると、峠崎こみちが袋に入った本を手に持ってやって来る。
「お、買えたのか」
「ええ、買えたわよ。…ところで畝間君、この後もまだ時間大丈夫?」
店内から出ると、若干上目遣いで、本が入った袋を胸に持つようにして質問をしてくる。
なんだそれあざとい可愛いなおい。
「別に大丈夫だけど、何か?」
少し目が泳ぎながら返答する。
「この後、見たい映画があるの。多分、面白いと思うから畝間君も一緒にどうかと思って」
安心した様子だ。大方断られるのではないかと、思っていたのだろう。
だが、俺も漢字の漢と書いて漢。断る道理もない。
「何の映画を見るんだ?ラブコメ?SF?アクション?洋画?」
峠崎こみちが見たい映画が気になり、ついつい過多な質問をしてしまう。それにしても、峠崎が映画見るなんて意外だよな。普段、部室で本を読んでるから読書家なのはよく分かる。彼女の知らない部分が見えた気がして少しだけ嬉しい気分になる。
「洋画よ。『ストレンジャーハウス』という外国の小説が原作の映画になるわね。日本語訳の原作を見てつい気になってしまってね」
「あー、俺もYootubeの予告編を見て気になったやつだわ。原作も読んだぞ。それを選ぶとは、なかなかセンスあるのな」
素直に賛辞の言葉がでてくる。
「センスがあるというほどのことは、無いのだけれど…」
少し顔を朱に染め、横を向く。案外褒められるのには、耐性がないようだ。意外な一面が垣間見える。
「じゃ、とりあえず映画見に行こうぜ」
「ええ、そうしましょう」
そういう近くの大型ショッピングモールまで歩いていく。
横を歩く彼女と歩幅を合わせ、一歩一歩前進する
こうやって共に歩幅を合わせて歩いている様子を客観的に観ると、俺と彼女は恋仲に見えるのだろうか。
見えたらいいなとは思いつつも、恋仲になるにはまだ日が浅く、距離感がある。
隣にいる彼女も同じようなことを考えているのだろうか?
でも、確かに彼女と俺の距離感は近づいて来ている感じがする。
彼我の差は近い。しかしながら、心の距離までは分からない。どれくらい距離があるかは分からないが、楽観的に行くべきだろう。力を抜き、ポジティブに物事を考えるだけで、歯車と歯車は噛み合い順風満帆に行く。まずは、力を抜くところから始めよう。
千里の道も一歩から。
少しずつ道を物見遊山的に楽しみ、少しずつ進んで行こう。
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