第6話 線路は続くよ、どこまでも

 高知県の須崎市内に多ノ郷駅は存在する。


 無人駅でホームには、券売機と時刻表がある。


 駅から西に行けば大間駅、東に行けば吾桑駅がある。今日は、多ノ郷駅からおよそ東に何駅か行ったところにある高知駅まで行く予定だ。


 電車は、一時間に一本二本くらいと少ない。

 経費削減やJRの経営悪化の為に、本数を減らされたようだ。ローカル線ではよくあることだ。

 今からだと乗車するのは、十三時五分の電車であろう。


 多ノ郷駅まで着くと、峠崎はどこにいるのかと探す。


 すると、駅の右側のホームのベンチに端正な顔立ちをした横顔が見える。


 まるで映画のワンシーンを見ているかのようだ。


 それほどまでに彼女は、風景を圧倒し、存在感を主張していた。

 そんな彼女に目を据えながら歩いていると、彼女がこちらに気づく。綺麗に会釈をすると立ち上がり、こちらの方まで歩いてくる。


「早かったわね。もう少し時間がかかるかと思ってたわ」


 そう意外そうに彼女は、声をかけてくる。


「五分前行動は、社会人だけではなく、学生でも常識だろ?」

「今は、約束の十五分前なのだけれど」

「ちょっと早すぎたか?」

「いいえ。別にそうでもないわよ。それより、何か言うことがあるでしょ?」

 少し不機嫌そうな彼女。

「あっ、よくそのワンピース似合っているな。これでいいか?」


 白を基調とした純白のワンピース。

 ノースリーブで彼女の細過ぎず、太過ぎない健康的な色をした腕をのぞかせる。白に光が反射し、まるでダイヤモンドのようだ。

 そして、ワンピースは彼女の清楚さと相乗効果を生み、芸術的なまでに似合っている。

 また、茶色の帽子がアクセントとなり、白とブラウンのコントラストを生み出している。


「まぁ、いいでしょう。畝間君も普段のヒキオタ感が抜けて少しは、カッコよくみえるわよ」


 少し辛辣に且つ褒める。彼女なりの気遣いであろう。

 少しいたずらっ子めいた笑顔を覗かせる。


「ひっ、ヒキオタ言うな」

「まあ、とりあえず、座りましょう」


 そういうと数メートル先のベンチまで手招きされる。

 彼女が先に座り、その横に追随する形で座る。暫くの沈黙。

 おっ、おいなんか女の子の隣って緊張するな。

 なんかフローラルのいい匂いもしてくるし、心臓の鼓動が少し速くなる。

 動悸かな?いや、動悸だったら病院だな。

 とか、とりとめのないことを考えていると踏み切りの音が鳴り、数十メートル先の踏み切りが遮断される。

 カンカンカンと、少し五月蝿く耳に残る音が鳴ると暫くして電車の音が聞こえてくる。電車がやって来たようだ。

 見たところ三両編成の電車のようだ。

 フシュー、と鳴り電車が止まると扉が自動で開く。

 ホームのベンチから立ち上がり、二人とも電車に乗車する。

 車内は、ポツポツ人がいるくらいで満員電車というわけでもなかった。


「あそこに座りましょう」


 そう言って指差す方を見ると、席が開いていた。向かい合う形のBOX席で、日差しが燦々と降り注いでいた。

 向かい合う形でお互いが座る。

 すると、彼女は白のやや大きめのポーチから本を取り出す。タイトルを盗み見てみると、有川浩の「阪急電車」だった。

 あー、これいいよな。

 ローカル線で起こる数々の物語が交差し、数人の物語が描かれた有川浩の傑作長篇小説。

 宝塚駅から始まり、小林駅や西宮北口駅を経由し、折り返しで宝塚駅まで戻る構成となっている。

「図書館戦争」や「三匹のおっさん」、「シアター!」等もいいが、「阪急電車」も言わずと知れた名作だ。


 そんなローカル線に合わせたベストセレクトに納得しつつ、俺は一眠りしようかと睡魔に身を委ねる。

 昨日は、GW前の夜ということもあり、夜遅くまで起きていた。

 夜遅くまでゲームをしていたということもあり、眠たい。


 睡魔という魔王に吸い込まれていくイメージをしながら、目を瞑ると不思議と意識が遠のいていく。

 ゴトンゴトンという電車の音を子守唄に、どんどん意識が引かれていく。思っていたより、眠たかったようだ。


 席を照らす日光は気持ちよく、意識が完全になくなり夢をみるまでそう時間はかからなかった。

 恋に臆病な少年と、容姿端麗な少女を乗せ電車は、等速直線運動を続け片道一時間ほどの道程を走っていく。


 線路はどこまでも続かないが、確かな終着点まで電車は走る。


 彼女と彼の物語は、始発点を過ぎたばかりだ。

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