マッスルパワーに愛を込めて

弥生

マッスルパワーに愛を込めて。

「思春期筋肉増強病ですね」

「……はい?」


 毎夜筋肉が軋む音に目が覚める日々が続き、これは何かがあるのではないかと病院に行った所、冒頭のように診断された。

「思春期……筋肉……つまり……?」

「まだ世界で数例しか観測されていないのですが、10代の中頃に筋肉が増強される病です。未だに解明はされていないですが、条件によってどんどんと筋肉がついていく病ですね」

「それって進行が進むとどうなるんですか?」

「マッスルボディーになります」

「は、はぁ」


 くらりと目眩がする。

 男にとって筋肉がついていくのは良いことだと思うけど、僕は涙目になる。

 いやだって、そんな。

「進行を防ぐ方法は……」

「特にまだありませんが、強いて言えば、そうですね。思春期に感じるトキメキなどがホルモンに影響するので、トゥクンってならなければ問題ないかと」

 トゥクンってなんだよ。いや確かに待合室にやたらと恋愛漫画が充実していたけれど、この医者の趣味か?


「と、とにかくドキドキとかときめくことがなければ、筋肉がこれ以上育つことはないんですね!?」

「理論上は、そうですね」

 これ以上むちむちのパツンパツンになる訳にはいかない。僕はこくんと頷いた。




「大丈夫か?」

 だいじょばない。全然大丈夫じゃない。

 放課後に飛んできたボールを壁ドンで助けられる。

 顔面偏差値が高い顔で爽やかに助けられた。

 心音が激しくなり真っ赤になった顔を覆うと、誤解したのか相手がますます顔を寄せて心配してくる。

 こいつだ。僕が筋肉がこれ以上増えたくないと思っている元凶。


 神風透は爽やかな好青年で、可愛い子が好きらしい。

 幼なじみの僕にも優しくしてくれる良い奴だ。

 そんな彼に不毛な片想いをし始めてかれこれ5年は立つ。


 一ミリの希望はないけれど、できれば彼の好きなタイプでありたい。そう願うのは恋をしていれば自然の事だろう。

 なのに、現状病状がそれを許さない。


「また、胸がパツンパツンに」

 この一週間ラッキースケベが続いたせいか、トキメキ続けて筋肉が育っている。何て事だ。

「大丈夫か? プロテイン飲む?」

 丁重にお断りした。なんで増やそうとするんだ神風よ。


 泣きそうになりながら胸筋を揉む。

 可愛いの概念から遠ざかっている。

「凄いな、この筋肉。揉んでいいかい?」

 爽やかに何言い出すんだ神風よ好き。

 おっと口が滑った。良くない良くない。

 僕は、せめて君に好かれるような可愛い男の子を目指したいのに。


 許可しないでも勝手に爽やかに揉みしごき始めた神風に、死んだ魚の目をして筋肉を恨んでいると。


「かーわいい♪」

 なんて小さな呟きがぼそりと聞こえたような気がした。

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マッスルパワーに愛を込めて 弥生 @chikira

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