小学校入学に向けて(2)魔の20分


保育園年長の1年間

荷物や天気等が理由で車を使用して通園しないといけない日を除いて、基本的には保育園まで徒歩か自転車で通った。


通っていた保育園と小学校が近いため、通学路を使用する。


そして年度末の2月・3月になると

小学校入学が迫っているため、天気関係なく徒歩のみ。


当然次男も一緒だった。

巻き込まれた次男には申し訳ないが、次男も頑張って歩いていた。


卒園してから入学式の間も、次男の送迎は続くので息子を連れて徒歩で通い続けた。


次男を送り届けた後も息子は歩いて自宅へ帰り、次男を迎えに行く時も歩いて向かうので、保育園に通っていた頃と比べて2倍歩くことになる。


私は年長になって以来2倍歩いているので、歩くことが好きになった。





そうしていると私には少し油断が出てくる・・・。





息子が一人で歩いて帰れたら良いのにーーー

交通ルールを守って一人で目的地に行けたら良いのにーーー





油断に加えて、欲が出てしまっていた。





息子の入学式2日前、遂に私は過ちを犯した。


いつも通りの夕方。

次男を保育園に迎えに行く時のことだった。


通学路には、真っすぐ一本道になる場所がある。


その最中には曲がれる所が1ヶ所あるが、本当に真っすぐ一本道になっている。


そして自動車も通ることが出来ない、どちらかというと安全な道。





そこで私は一本道の先を指さし、息子に向かって口を開いた。


『息子は1人でこの通学路を真っすぐ歩いて、

   お母さんは一本隣の道を通ってくるからそこで会おう』


ーーーそう言ってしまった。





息子は大喜び。

「できる!できるよ!」と言いながら満面の笑みで大きく頷く。



スタート地点と落ち合う場所(ゴール)は、

目の悪い私でも普通に見渡せる所だったため

私が走ってゴールに向かい、隠れて待ち伏せして

息子が来たら「1人で来れたね」って物凄く褒めてあげようと考えた。


そう長くはない、ただの一本道だが

褒めることが息子への自信に繋がるとも考えたから。





息子に説明を繰り返したが、

スタート地点からゴールが見えるので、息子も理解しているようだった。





『よ~い、どん!』


私のかけ声で息子は走り出す。


息子は歩くと思っていたので

私は慌てて隣の道へ移動し、全速力で走りだす。


住宅の間から息子の姿が見えるので、最初の方は息子の姿を見ながら走っていた。


だが全速力で走る私はあっという間にゴール地点が目の前に。



ゴール地点の通学路には出ずに隠れて待つ予定。


でも先に息子の姿を見ようと思い通学路を覗いてみる・・・が、息子の姿が無い。





私は頭が真っ白になった。





見渡せる程度の一本道、

私が通ってきた隣の道からでも途中までは住宅の間から息子の姿が見えていた。

それはほんの10秒前くらいのこと。





まだ寒い時期なのに身体中が熱を帯びた。





ゴール地点より先に工事している人が3人くらいいたので、男の子が通らなかったか尋ねてみたが誰も通っていないと言う。

全速力で走って来た私より早く到着することはないので当然だろうが、念のための確認だった。





息子が途中で右に曲がったとしか考えられない。


しかし曲がった先は道路というよりは・・・大きな集合住宅だった。


何十棟も並ぶ集合住宅の中には公園や広場などもある。


近所の公園で遊ぶことは多いが、集合住宅の中にある公園では遊ばせたことが無かった(理由があって)ため勝手に入って行くことはない・・・そう思い込んでいた。


私は忘れていたのだった。

息子は私の想像を超えて行くことを。

予想通りに行かないことは分かっていたのに、最近の平穏さに私は油断していたのだ。






母親失格だ。


ずっとずっと探した。

涙が出てきたけど泣いている場合ではない。

自分を責めたいけど考えている場合ではない。



暫く周辺を探したが結局は見当たらず、再びゴール地点に戻ってみると

先程訊ねた工事の人が「今さっき通った、集合団地の方に入って行った」と教えてくれた。


集合住宅も探し回っていたが、入れ違いになっているようだ。

再び探さないといけない。


探す範囲はとても広い・・・





警察に連絡しようか迷った。


もう少し探して見つからなかったら連絡しよう、そう思って

私は一度自宅へ帰り自転車に乗ってくることにした。


自宅までは走って3分くらいの距離だったが、その3分すら長く感じたし惜しい時間だった。


全速力で帰ると、ちょうど旦那が帰って来ていた。


慌てて事情を話すと私は物凄く怒られた、当然だ。


しかしそんな場合ではない。


旦那も一緒に探しに出た。





そして、あっという間に旦那が息子を見つけた。





私は集合住宅を探していて、旦那は通学路の先を探していた。


息子はゴール地点より先にある信号の前でジッと立っていたそうだ。

そして父親を見るなり『僕は寄り道をしていない、ママを待っていた』と言っていたらしい。


当然、噓の極みであることは分かっている。


それでも私は息子をギュッと抱きしめた。


嘘でも何でも良い、悪いのは私だから。


息子が無事に見つかって本当に良かった。





ただ、不思議なのは

工事の人が”男の子が集合住宅の方に入って行った”と言っていたこと。


息子が寄り道をしていることは分かっている。


一本道で見失ったのだから、集合住宅の方に入ったとしか考えられない。


しかし、私が自転車を取りに帰って戻って来るまでに5分もかかってない。


息子の足では、ゴール地点から信号地点まで5分で行けるとは思えない。


工事の人が見た”男の子”は息子ではなく別の子だったのか?


辻褄が合わずにモヤモヤが残った。


息子は正直に話さないし、元々上手く話せない(説明できない)ので

真実は闇の中・・・。





でも無事だったからそれで良し!!!

本当にコレが一番。





ーーーと、当時は思っていたがそれから1ヶ月後

例の一本道を歩いている時、初めて息子が口を割ったのだった。


『集合団地の中がずっと気になってた。

 いつもママが一緒だから入れない。

 ママがいないうちに入ってみようと思ってグルグル回ってた。

 でも静かで面白くないからママの所に戻ろうと思った。

 そうしたらママに会えなくなってた。

 次男の迎えがあるから信号の所にいたらママが来ると思って向かったらパパが来た。』






知らない場所に興味を持つことは仕方が無い。


通学路だからと頑なにならず、事前に色々な寄り道をしてみたら良かったと後悔した。


とりあえず、素直に話してくれた息子を褒めて抱きしめた。









あのとき家を出たのが16時前。


息子発見の時間は16時23分。


息子は20分ほど行方不明になっていたのだ。



私にとっては何時間も探した感覚だったが、たったの20分。


いや、”たったの”では無かった・・・20分は決して短く無い。


未就学児が20分もいなくなったのだ。


冷静でいられる親はいないだろう。





入学式2日前の魔の20分。


私はこの恐怖の時間を今でも鮮明に覚えている。


一生忘れられないと思う。





それと同時に、息子の登下校時には私の支援が必要だということも事前に分かった(身をもって・・・)。


この事件がなければ、私は何も知らずに自宅で下校を待っていた可能性もある。


私達親子だけではない、少しでも心配があるなら

”帰ってくるだろう”と待つのは辞めた方が良い。


実際、最初の1ヶ月は登下校に付き添っている親を多く見かけた。





そのほかにも出来ることもある。


携帯電話を持たせるのは最終手段として、GPSをランドセルに忍ばせることにした(先生には許可を取った)。


リアルタイムで居場所は分からなかったが、少し前の時間の足取りがある程度分かった。





ポジティブに考えると

私の油断と失敗があったおかげで、入学に向けて新たな準備が出来た。


入学前に気付くことが出来たのは、息子が行方不明になったおかげだ。


事故などが起こらなかったからこそ、今では笑い話になっているが

問題が起こればそれをチャンスに変えて次の方法を探す。


息子が私を成長させてくれている。

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