第27話 吸血鬼な俺と、決断の時その2


 リンは狭い歩幅でせかせか歩く。


 昔からそうで、風紀委員をやっていた頃なんかはリンの特徴的な足音を聞いて皆が服装を直していた。


 無数の足跡の中からリンの足跡を辿っていくと、砂浜を区切るように突き出た岩の向こう、人気の無い砂場にリンは立っていた。




「来ないで」




 リンは振り返らず、悲痛な声を発する。




「ごめん」


「何で謝るの? 私が悪者みたい」




 そう言われると返す言葉が見当たらず、行き場の無い気持ちを拳に込める。




「何で来たの? 私が勝手にキレただけじゃん」


「……」


「どうせ、櫻先輩に言われて来たんでしょ」


「違う」




 いや待て。正直に言わなきゃ。




「いや、ごめん。違くない。最初は確かにめんどくさいなって思った。でも、お前にちゃんと向き合って、ちゃんと話さないとって思ったんだ」


「そう」




 リンはまるで興味無さげに、水平線を遠くに見る。




「正也にとって、私って何?」


「それは」




 一瞬、リンが唇を噛み締めたように見えた。


 リンは再び俯くと、目元を拭って俺に向き直る。




「私は、あんたのこと好きなの!」




 その瞬間、リンの目から大粒の涙が流れ出す。




「最初は大嫌いだったけど!」




 リンは手の平で涙を拭いながら、一生懸命に息を吸う。




「挨拶もしないし、目付きも悪くて、すぐ嫌味言うし、何こいつほんとムカつくってずっと思ってて! あたしもこんなんだからずっとぶつかって、最悪だったけど、でも、段々居心地良くなってきてるのに気付いた」




 リンがしゃくり泣き始めると、熱い物が込み上げてくる。


 でも俺が泣いちゃダメだ。


 震えているのを自覚しながら、深呼吸をして涙を堪える。




「あんたは気付いてなかったかもしれないけど」


「うん?」


「こんな私と対等に接してくれるの、あんただけだった」




 規律正しく、融通が利かず、これと決めたら曲げない。見ようによっては我儘とも取れるリンの周りは、気付けばイエスマンで埋まっていた。


 そんなリンに本気でムカつき、言い争いをしていたのは確かに俺だけだ。




「こんな出来損ないの私でも、あんたは真っ直ぐ向き合ってくれた」


「当たり前だ。友達なんだから」


「うん、麗佳ちゃんもそう言ってくれた。友達、だって」




 最初はいがみ合っていたリンと妖崎。その二人が友達になれたのは、お互いのやり方で向き合ってきたからなのだろう。


 そして俺も、俺のやり方でリンと向き合わなければならない。




「私いつの間にか皆のことも好きになってた。馬鹿みたい」


「馬鹿なんかじゃねえよ」


「馬鹿だよ。辛くなるの、わかってるのに」




 リンは大きく深呼吸すると、目元を強く擦って呼吸を整える。




「これ以上辛いのは嫌だから、言うね?」




 リンはゆっくりと顔を上げる。俺と目が合うと一瞬たじろぐ。




「魅力的で、可愛い子ばっかりだけど」




 今にも泣きそうなのが手に取るようにわかる。




「私は、何の魅力も無い、ただの女の子だけど」




 涙声が鼓膜を震わせる。




「私だけの、恋人になってくれませんか」




 一瞬、時が止まったような感覚の後、浜風が頬を撫でる。




「ごめん」




 もう、大切な人に嘘をつきたくない。




「俺は先輩だけのものだ」


「……うん」




 リンは再び俯き、震えながら息を吸う。




「うん、知ってた。ごめん」


「付け加えると」


「……え?」




 顔を上げたリンを、俺は不敵な笑みで見下ろす。




「先輩も俺だけのものだ」




 そう言うと、リンは少し苦しそうに笑う。




「そんなこと言っても、櫻先輩は、皆のお手本にならなきゃいけない人だから」


「あんなドMの変人が? 無理だろ。皆きっと失望するぞ」




 すると、リンの目の奥にほんの少しの怒気が煌めく。




「そんなことない。皆きっと受け入れてくれる」


「いいや無理だね。あの人を受け入れられるのは俺だけだ」


「その自信はどこから来るのよ」


「どこからって、何となく、直感だけど」




 さも当然のようにそう言ってのけると、リンは小さく吹き出す。




「何それ、馬鹿みたい」




 肩を揺らして笑うリンを見て、次は何を言おうか考え、身構える。




「なあ、リン」


「ん?」


「これからも、友達でいてほしい」


「……良いよ」


「そか、良かった」




 やっぱり、気まずい。


 上手く整理出来ないけど、今までのこいつとの会話のリズムじゃないような、まるでキーが一つズレた歌みたいな気持ち悪さを感じる。




「気使ってくれてるでしょ」


「え?」


「今まで通りでいてほしい。じゃないとあんた、余計なこと言い出しそうだから」




 余計なこと。それは例えば、俺がリンに対して抱いているほんの少しの感情のことなのだろう。




「お願い。いつも通りで」




 そう言ってどこか痛々しく笑うリンを見ていると、俺の中の悪魔が蠢きだす。


 そうだ。いつも通りで良いんだ。




「じゃあ、一つ言いたいことあるんだけど」


「え?」


「自覚あるならその性格直した方が良いよな」




 俺がそう言い放つと、リンはたちまち顔を真っ赤にして唇を引き結ぶ。




「な、何よそれ! どういう意味⁉」


「どういう意味も何も、自分で言ってただろ、さっき」


「そ、そういえばそうだったけど! 普通今言う⁉ 私今さっきあんたにフラれたんだけど⁉」」


「俺はいつでも言うぞ? だってお前に詰められたくないし」




 リンは俺を睨んでわなわなと震える。しかし、少しするとふふっと笑いだした。




「絶対直さない」




 そしてリンのその目は、俺はいつも見ているものと同じだった。




「あんたが悪いことしないか監視しないといけないから」


「はっ、好きにしろ」


「何よ、嬉しいくせに」




 リンはニヤニヤと笑みを浮かべる。




「は? 嬉しくねーし」


「素直じゃないなぁ、少年?」


「い、良いから早く戻るぞ」




 これ以上表情を見られたくない俺は、素早くリンの腕を掴む。


 そのとき。




「きゃあああああ!」




 女性の悲鳴が響き渡る。


 いや、よく聞くとそれは。




「櫻先輩の、声?」




 そう、先輩の声だ。間違いなく。間違えるわけがない。




「行かないと」




 俺はリンの腕から手を離して踵を返す。




「待って」




 しかし、今度は逆にリンに腕を掴まれる。




「行かないで」




 リンの悲痛で鋭い声が、俺の背中に突き刺さった。




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